第1話 「新手の嫌がらせはご遠慮願います」
シルヴィアに会い、転生して生を受けてから20年が経った。俺は今「ルーベルト・フォン・バルタザール」として、エインリス共和国で平和に過ごしている。俺の姓になっているバルタザール家は貴族であり、階位は伯爵。貴族の中では珍しく、身分差の結婚や将来のことは基本的に(時々家族間で話し合いをする時もあるが)自由という家柄だった。
豪華な生活が質に合わず、庶民的センスで、貴族とはかけ離れた鍛錬が趣味の俺にすらお咎めがないほど。
「ルート、まーた鍛錬か?」
「兄上」
俺より三つ年上の兄・ディーリントが、何かの資料片手にひょっこりと鍛錬場に顔を出した。ちなみに「ルート」と言うのは俺のあだ名だ。
兄上はバルタザール家の嫡男であるため、次期当主としてあちこちのパーティーや晩餐会で外出することことが多く、家にいるのは週に二日ぐらいだ。最近は以前から付き合っていた町娘と婚約するまでに至り、幸せ真っ只中だった。
「ずっと鍛錬ばっかしてると、そのうち筋肉ダルマになるぞ〜」
「兄上こそ、書類整理ばかりで身体が硬くなっているでしょう?少し身体を動かしてはどうですか?」
「ん…まぁ、考えとく。……ところで、ルート」
兄上が珍しく公の場以外で真面目な顔をした。それにつられて、俺は姿勢を正した。
「お前に見合いの話が来たそうだ。相手は王族の第一王女らしい」
その名前を聞いた瞬間、俺は思わず木剣を折りそうになった。これが弱い木で作られた代物だったらとっくの昔に壊れていただろう。その証拠に、先ほどから柄の部分が「痛い」と言うようにミシミシと悲鳴をあげている。
「ルート、顔、顔。あと木剣折れる」
「……はっ!?」
よっぽど変な顔をしていたらしい。兄上の顔が引きつっていた。
エインリス共和国の第一王女・ジェルメーヌ姫は、幼い頃から気に入らないことがあればすぐに癇癪を起こして使用人たちや物に強く当たり、手に入れるためならどんな手段を使ってでも手に入れたりしようとするため、王族の中で唯一「わがまま王女」と大変不名誉なあだ名で貴族から影で呼ばれていた。今回の見合いの話が、その「どんな手段を使ってでも」の最たる例だ。
実を言うと、俺がしっかり王女と顔を合わせた(つまり顔を見た)のは、王族主催の晩餐会かつ子供のお披露目会の一回だけだった。
俺の左頬には生まれつき唐草模様のような痣があり、それを王女は珍しがってずっとくっ付いて離れなかった。それが当時の俺にはトラウマになって、次の晩餐会以降からは特殊メイクで痣を隠し、伊達メガネをかけて目立たないようにしてきた。
目立たないということはつまり姿すら見ていなかったので、王女が今どうなっているのかは噂以外全く知らない。実際周りから凄く面倒がられていたし、その噂では次期国王で王女の兄・ユリウス皇太子も、彼女を可愛がっていた国王陛下も、王女にはとても手を焼いているようだとかなんとか。
……正直に言って大変失礼だが、覚えてられてほしくない人物だ。
「……どうしても見合いをしなければいけないのですか?」
多分、今の俺の顔はすごく不機嫌そうな表情をしているだろう。一度植え付けられた恐怖心とトラウマはそう簡単に克服できないものである。
「父上が聞いてみたらしいが、王女はすっかりお前と見合いをして結婚する気でいるらしい。国王陛下が『もし嫌ならどんな方法でも良いので、諦めるように王女を諭してほしい』と仰ったそうだ」
「ああ……国王陛下、心遣い感謝いたします。ちなみに、予定日はいつで?」
「お前の誕生日が来週だから……その翌日、だな」
思わず目頭を抑えた俺は悪くないと思う。ちなみに言い忘れていたが、今の俺は十九歳。先ほど兄上が言ったとおり、来週には二十歳になる。つまり成人するのだ。
この国の男児は日本と同じ二十歳で成人になる。女児は十七歳で成人。結婚もその年齢から可能だ。
王女がお見合いを言い出したのなら、彼女はとっくに成人を迎えているのだろう。王女が諦めの悪い人なのは小さい頃にこれでもかと思い知らされたので、おかわりはいらないほどだ。しかし、「はいそうですか」と折れる訳にもいかない。
……というかお見合いの予定日が来週って近くないか?誕生日の翌日にお見合いとか新手の嫌がらせか?前世の俺が一体何をしたらこうなるんだシルヴィア!!
……いや、この世界に転生すると言ったのは俺自身なんだ。この場にいない創造神に文句を言っても何の意味もない。ので、大人しく思考をフル回転させる。
「(考えろ、考えるんだ……!)」
その時、俺の頭に一つの「方法」がポンっと思い浮かんだ。
「……兄上、国王陛下は『どんな方法でも』と、そう仰っていたんですよね?」
「ん?ああ、そうだな」
思わず口元がつり上がった。兄上がドン引きして「うわ、久々に見たよお前のその悪い顔!」と言った。俺には、悪いこと(例えば「悪戯」)を思いついた時はどうしても口元がつり上がってしまう癖が前世からある。まあ「ルーベルト」のイメージが悪くなるので兄上以外にはあまり見せないが、直す気はさらさらない。
「おっと失礼。ですが、俺のこの癖は昔からですし、直す気がないのは兄上も知っているでしょう?」
「そりゃあそうだけどさ。それ、絶対卒倒するから父上たちの前でやるなよ。……で、悪戯に関しては策士な我が弟殿がそんな顔をするってことは、何かしら思いついたんだな?」
「ええ、もちろん。それは――」
俺が思いついた「方法」に、兄上は目を見開いた直後、門兵の耳に届くほど大笑いした。