バーベキュー
「お、おいユリウス!お前もう少し他に言い方があるだろう!」
「他ってどう言えばいいんだよ。迷子になってたのは事実じゃないか」
「迷子って言うな!!」
余程恥ずかしいのかウィクトルがユリウスを睨みつけるが、どうやらユリウスは慣れているらしく、平然としている。
二人で口論をしだしたのをポカンと見ていたイエルハルドだが、オホンと一つ咳ばらいをした。
それを聞いて二人はハッと気付いたのか静かになる。そんな青年二人を見てイエルハルドは苦笑を漏らした。
「とにかくはぐれた仲間を見つけないといけませんね。どの辺り…は分からないにしても、いつ頃いなくなったのか覚えてますか?」
そう言われて二人はうーんと考え込む。
「とりあえず、今朝までは一緒だった。多分その時はもうコンラード領に入っていたと思うが…」
「他の二人が見当たらなくなったので、森の中を探していたんです」
「成程…なら、ひょっとしてコンラード領の町まで出てきているかもしれませんね」
イエルハルドはギュンターを呼び、さっそく捜索の手配をした。
「東の森の付近で二名の兵士が迷っている可能性がある。彼等はここにいらっしゃるお二人の連れだそうだ。特徴を聞いてすぐに探すよう手配してくれ」
「かしこまりました。ではお二人は仲間の方達の特徴を教えていただけますか?」
「ああ、わかった」
「はい」
二人が頷くと、すぐにギュンターに名前や特徴を伝えだす。そしてイエルハルドは侍女に頼んで部下を呼び、事の次第を説明した。
「いいか。ひょっとしたら町に出ているかもしれない。宿や食堂もくまなく探してくれ」
「はっ!」
ビシッと敬礼し、部下がその場から下がる。
するとその時、部下と入れ替わるようにドロテアがひょっこりと顔を覗かせた。
「あの、お父様」
「ドロテア、お客様がいらっしゃるんだ。失礼だぞ」
驚いたイエルハルドが部屋から顔を出す。すると申し訳なさそうにドロテアが視線を下げた。
「ご、ごめんなさい。あの、少しお願いがありまして…来客中とは知りませんでした」
「お願い?」
かしこまってお願いするなんて珍しいなとイエルハルドが娘の顔を見ると、ドロテアも少し視線をそらしながら言いにくそうに呟いた。
「あ、あの、今日はその、イルナが夕食をご馳走してくれるそうなんです。ですから、イルナの家に行ってもかまいませんか?」
「何、イルナの?」
「ええ。ちゃんと侍女のベルタも一緒に行きますわ!それにイルナの家はすぐ目の前ですし…」
「…私も行きたい」
「え?」
つい本音が出てしまった。王子がここにいるのに自分がそれを放ってイルナの家に行く訳にはいかない。
(くっそぉー、タイミングの悪い…!)
仕方ないのだが、何とも間が悪い。イエルハルドは盛大に溜息をつき、ドロテアの頭にポンと手を乗せた。
「わかった。ただしあまり遅くなるなよ」
「ありがとうお父様!」
「あのー…」
ふいに背後からユリウスに声をかけられ、イエルハルドが驚いて振り返る。
そうだ、客人がいるのだからドロテアにもきちんと挨拶させないといけない。
いけないが…いけない…
観念したようにイエルハルドはぐっと堪え、平静を装ってクルリと振り返った。
「ドロテア、こちらは私のお客様のユリウス殿と…」
「ウィルと申します」
「そ、そう!ウィル殿だ。ご挨拶を」
「はい。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私はコンラード辺境伯が娘、ドロテアと申します」
ゆっくりと淑女らしい礼をし、顔を上げる。
それを見てユリウスがニッコリと微笑んだ。
「成程、コンラード閣下がお隠しになりたいのがよくわかります。とても美しいお嬢さんですね」
「まあ…」
ユリウスに褒められてドロテアの頬がバラ色に染まる。社交辞令と分かっていても、こういった誉め言葉を男性から言われると嬉しいものだ。
けれどイエルハルドはドロテアを隠すように前に出て、険しい顔をしてユリウスに顔を近付けた。
「当然ドロテアは美しいが、嫁にはやりませんよ」
「お、お父様!やめてください!」
「はははは、そんな事仰ってたらドロテア嬢が婚期を逃すんじゃないですか?」
「ご心配には及びませんよ。そのうち私の覚悟が決まれば嫁に出しますんで」
「お父様!何で私の結婚にお父様の覚悟が関係あるんですの!?」
怒りと恥ずかしさのせいか、ドロテアがプルプルと震えている。そしてどうやら見えない位置で父親を蹴ってるらしい。イエルハルドが小さな声で「痛い!」と抗議していたが、ドロテアはフンとそっぽを向いていた。
「とにかく!私は今からイルナの所へ行きますわ。何でもお肉がいっぱい手に入ったからバーベキューをするそうなので」
「…何!?」
バーベキューと聞いてイエルハルドが驚く。肉が沢山手に入ったとはどういう事か。イルナは町へ一人で行く事はしないし、ましてや沢山の肉を買う事もない。
「で…ウィル殿…予定変更です。我が家の晩餐は後日と言う事で、今日はバーベキューに参加させてもらいましょう」
「え、ど、どういう事ですの?お父様もいらっしゃるんですか?」
「お二人ともよろしいですね?」
「あ、ああ…構わないが…」
「わかりました」
急にイエルハルドが態度を変えたのを不思議そうに見ていた3人だったが、急遽予定を変更してイルナの家に行く事になった。それを聞いた侍従は慌てて料理人に伝えに行ったが、イエルハルドは「皆で食べるように」とだけ伝えて急ぎイルナの家に向かった。
「ああ、そうだった。これを持って行かないと」
イエルハルドが森から持って帰って来た薬草の束だ。
それを肩に担ぎ、そのまま運び出した。
「…何だかけたたましい男だな、彼は」
「うん…、聞いてた話と随分印象が違うと言うか、子煩悩すぎると言うか…」
イエルハルドとドロテアを眺めながら、二人の青年が呟く。
二人について行く事数分、コンラード邸のすぐ目と鼻の先にある邸に到着した。
「すごく近いですね。どうりで殿下がいるのに歩いて行くと言っていた訳だ」
「おい、殿下っていうなよ」
「ああ、はいはい」
「お前な…」
ウィクトルが呆れたように呟くが、ユリウスは全く気にした様子もない。
そして邸の前まで来ると、ドロテアが先に説明してくると言って中に入っていった。
「「「…」」」
少し待つと、中からドロテアが顔を出す。
「あの、大丈夫みたいですわ。バーベキューなのでこちらから庭に回ってくださいとの事です」
そう言ってドロテアが裏庭に案内する。
するとバーベキューのいい匂いと共に、何やらにぎやかな声が聞こえて来た。
「あ、小父様いらっしゃい!ドロテアも案内ありがとう。今ちょっと手が離せなくてお出迎えもせずにごめんなさい」
「大丈夫ですわ。それよりその方達は…」
何故かそこには見知らぬ男性が二人、イルナと楽しそうにバーベキューの用意をしていた。