束の間の逢瀬
ヴァルデマーが増幅術師の命を狙っている。それはつまり、自分が増幅術師だと世間に知られると、自分がヴァルデマーに狙われると言う事だ。
突然の事にイルナの頭が追い付かず、カタカタと震えだす。それを見てイエルハルドがそっとイルナの肩に手を置き、ポンポンと優しく頭を撫でた。
「大丈夫だ、イルナ。何があっても私達は君を殺させたりしない。ロドルフもカロレッタも、それに殿下も君の身を案じている。まだ国王に君が増幅術師だと知られていない今のうちに、今後の対策をしておこう」
「はい…」
自分はやはり皆に迷惑をかけていて、そして周りの皆に甘えている事に改めて気付かされた。
キルスティとの特訓で、誰かを傷つけたくないからなんて言って魔法が上手く使えないのも、ただの甘えだ。傷つけた相手に責任を取りたくないから、言い逃れのように「魔法が苦手」だと言っているだけだと、頭のどこかで分かっていた。
けれどイエルハルドやラルス、それにウィクトルも、相手を傷つける事になっても守る為に剣を振るっている。そういう覚悟がないから、自分は「できない」と甘えていたにすぎない。
「小父様、もう大丈夫です。あの、少し頭を冷やしてきます」
「出かけるのか?危ないから誰か…アミンかギュンターでも連れて行きなさい」
「フフフッ、大丈夫ですよ。ここのお庭でちょっと散歩してきますので」
「そうか…」
まだ何か言いたそうなイエルハルドにお辞儀をし、イルナは退室した。そしてその足で庭へ向かうと、ポケットから転移のオーブを取り出した。
「ウィル様のところへ」
オーブが光り、イルナの体を包みこむ。そして目を開けると驚いた顔をしたウィクトルが、何故かイルナの下敷きになっていた。
「ご、ごめんなさい!え、な、何で…!?」
「イ、イルナ…?」
どうやらウィクトルは王宮の庭園の一角で寝転がっていたようだ。イルナは見事にその上に現れたらしく、ウィクトルのお腹の上に座っていた。
「す、すぐに退きますので…って、わっ…」
「本物のイルナだ…」
イルナが動くよりも早く、ウィクトルの手がイルナの腰に回される。起き上がったウィクトルは、膝の上に座るような形のイルナをぐっと引き寄せ、後ろから抱きしめた。
「ウィル様っ…!」
「うん…久しぶり…」
「……はい」
「会いたかった…」
ウィクトルがイルナの肩に頭を乗せ、首筋に顔を埋めるようにくっつく。そのせいでイルナの顔は真っ赤になり、恥ずかしくて両手で顔を覆った。それを見てウィクトルはクスリと笑い、わざと耳元で囁くように声を出す。
「恥ずかしいのか?」
「と、当然です!も、もうよろしいでしょうか!?」
「ええ?もう少しこうしていたいけど」
「だっ、ダメです!誰か来たらどうするんですか!」
「別に構わない。俺と君は婚約してるんだから」
「…!?」
そう言ってウィクトルはイルナの耳にちゅっとキスをし、ようやくそっと放してくれた。イルナはまさかそんな事をされると思っていなかったようで、キスをされた耳を押さえて真っ赤になって後ずさっている。そんな様子が可愛くて、ウィクトルは満足そうに笑っていた。
「…ウィル様の意地悪」
「イルナ限定だ」
「う、嬉しくないです!」
「何だ、残念」
悪戯っぽく笑って言われると、イルナも怒る気が失せる。溜息を付きながらもウィクトルの隣に戻り、ストンとその場に座った。
「汚れるぞ」
「構いません」
芝生があるとは言え、侯爵令嬢が地べたに座るなんて事は普通しない。だが、ウィクトルもここで寝転がっていたのだし、人に言える事でもないだろう。
隣に座って黙っているイルナを見て、ウィクトルも笑うのをやめる。イルナの横顔がどことなく翳って見えて、思わず手を伸ばして頬に触れた。
触れた瞬間イルナはピクリと動揺したが、嫌がっているようではないらしく、されるがままだ。そう言えばまだエルフの村で修行中だったのではと思い、ウィクトルはイルナに尋ねた。
「エルフの村はもういいのか?」
「…いえ、まだですが、ウィル様に会いたくなって…」
突然何てことを言うのか。ウィクトルは思わずイルナを抱きしめたくなったが、そこはぐっと我慢した。
「ヴァルデマーが…」
「…ああ、聞いたのか」
「はい。増幅術師の命を狙っているんですよね…。そのせいで、無関係の人達に被害が…」
「それは違う」
ふいにぐっと肩を掴まれ、ウィクトルの方へと向かされる。少し怒りを孕んだ目に思わず怯むが、イルナはそれでも話を続けた。
「何が違うんですか?増幅術師の命を狙って攻撃してきたのなら、私が増幅術師になんてならなければ起こらなかったんでしょう?」
「イルナ、それ以上言ったら怒るぞ」
「でも!」
「イルナ!」
遮るように名を呼ばれ、次の瞬間ウィクトルの腕の中に閉じ込められていた。背中に回る手にぐっと力を込められ、思うように動けない。けれど反対にウィクトルの腕の中がこんなにも安心するのかと、イルナは驚きと戸惑いで言おうとした事がすっかり頭から抜けてしまった。
「悪いのはヴァルデマーだ。そこを履き違えるな」
「ウィル様…」
「君が責任を感じる必要もない。それと、誰も君が増幅術師だとは知らないんだ。だから不用意にこの事を口にしてはいけない。わかったか?」
「…それでいいんでしょうか?」
「いいに決まってる」
それは、責任を放棄している事にならないのか。自問自答するが明確な答えが思い浮かばない。
「君の事はルーメン侯爵夫妻と話をしている。今日ここに現れると思わなかったが、この後ルーメン侯爵に会いに行くなら一緒に行こう」
そっと体を離し、ウィクトルが優しく微笑む。けれど何が正しいのか分からないイルナは、少し迷ったように視線を彷徨わせてから、ウィクトルへ視線を戻した。
「ウィル様。今日は私、もう戻ります。小父様にも巫女の選定まで待ってほしいと言ってきましたので、私がここに来た事は秘密にしておいてほしいんです」
「だが…」
「二人だけの秘密です」
「イルナ…」
ようやくイルナがフワリとほほ笑む。その笑顔に、その台詞にウィクトルが少し動揺した隙に、イルナは転移のオーブを取り出し、そして小さく呟いた。
「コンラード邸の庭へ」
「イ、イルナ!?ま、待て…!」
「ウィル様、大好きです」
「…!!」
イルナの突然の告白にウィクトルが固まる。そしてイルナは恥ずかしそうに微笑みながら、ウィクトルの前から姿を消した。
残されたウィクトルは呆然としながらもイルナに言われた言葉を頭の中で繰り返す。
「くそ、あれはズルイだろ…」
顔に熱が集まるのを感じながらも、ウィクトルは悔しさと嬉しさが入り混じった感情を持て余していた。




