宮廷魔術師長と聖竜の巫女
「イルナがポーションを?」
「ええ、そうみたい」
王宮の魔術師団の執務室で、イルナの父と母であるロドルフとカロレッタが表情を硬くしていた。
カロレッタの手にはイエルハルドから送られてきた手紙が握られている。
「あの子ったら、何もせずに暮らしているのはコンラード辺境伯に悪いと思ったらしくて、性懲りもなくポーション作って兵士達に売って小遣い稼ぎしてたみたい」
「あのバカ娘が…」
頭が痛いとばかりに額を抑えるロドルフだったが、カロレッタはさらに眉間に皺を寄せる。
そんな表情をしても美しさは損なわれないカロレッタを、ロドルフは訝し気に眺めた。
「まだ何かあるのか?」
「…それが、イルナがあの魔法を使ってポーションの性能を上げてるらしいの」
「何!?」
「幸い市場に出ないように、コンラード辺境伯が軍用に買い占める方向に持っていってくれたみたいなんだけど」
イルナの魔法と聞いてロドルフが愕然とした。
彼女の使う増幅の魔法は、実は希少なものだった。
過去にそれを使えた者はほとんどおらず、そしてその力は使い方によれば恐ろしく危険なものだ。
それを分かっていないイルナが、王宮の図書館で偶然見つけた無属性魔法の使い方の本を読み、自ら研究して使えるようになったのだ。
イルナが初めてあの増幅の魔法を自分達に見せた時は戦慄した。
この子が狙われるのではないかと。
だからこそ、事の重大さを隠してイルナを辺境の地へと送り出した。
ロドルフの親友であるイエルハルドにはきちんと説明をして。
王都に戻りたくないと思わせるように、身を切る思いで冷たい親を演じた。
それなのに。
「やはりイルナにはきちんと説明しておくべきだったか…」
「あの子の魔力も普通ではないものね…。それだけに悪意ある者に利用されないかと思ったのも事実だし…」
増幅の魔法は、何もポーションの性能を上げるだけではない。
簡単に言えばどんなものに対しても有効なのだ。
例えば魔物相手に攻撃魔法を撃つとする。その時イルナが攻撃魔法に増幅の魔法をかければ、威力は何倍にもなる。
他にも、武器を持って戦っている兵士に増幅魔法をかければ、身体能力が格段に上がるのだ。
勿論回復魔法の威力もあがる。
つまり、支援系魔法の最高峰と言っても過言ではない。
そんな力があると知られれば、色んな国から狙われてしまう。
「増幅術師か…」
「やはり陛下に相談しましょう」
「いや…陛下とて利用しようとするかもしれん」
「そんな…」
カロレッタの表情が失意に染まる。
しばらく沈黙が続いたが、ふいにロドルフが思いついたようにカロレッタに呟いた。
「聖竜ガイウス様に相談してみてはどうだろう」
「え…」
ロドルフの意見にカロレッタは目を見開く。
聖竜とはこの国の守護神だ。
軽々しく相談等できるはずもないのが普通だが、カロレッタは聖竜の巫女だ。
「そう…ね。一度…機会があれば…」
「ああ…。私はイエルハルドに手紙を書こう」
「ええ、お願いします」
そう言うとカロレッタは執務室を後にしたのだった。