エルフの村
真っ暗な空間の中、キルスティがイルナの手をしっかりと掴む。不安そうな顔に気付いていたらしく、安心させるようにニッコリと笑った。
「イルナ、安心して。ここは空間魔法の中で、まだエルフの村じゃない。エルフの村は転移オルビスで行くから」
どうやら追いかけられないと思わす為に、違う空間に入ったように見せかけただけらしい。本当は転移の魔法で普通に移動できるそうだ。
「あの王子様、転移だとわかれば無理やりイルナに掴まってついてきそうだったしねぇ」
実際それでついて来られました。と言う代わりにははは…と乾いた笑みを浮かべる。ウィクトルがあそこまでイルナを心配するのは理解できないが、何かしら役目を担っている王子様をおいそれとつれ回す事なんてできない。
「ありがとう、キルスティ」
「いいよ。じゃあ行くね」
大して気にしている様子もなく、キルスティはイルナに笑顔を向ける。イルナが頷くと、キルスティは転移のオルビスを取り出し、ハッキリとした声で行き先を告げた。
「エルフの村へ」
カッと輝きを放ち、思わず目を閉じる。何度転移してもこの光は相変わらず慣れない。眩しすぎて目が開けられないのだ。そしてうっすらと目を開けると、そこには見たこともない景色が広がっていた。
「ここがエルフの村…」
色とりどりの花に豊かな緑。澄んだ泉と綺麗な空気。キルスティのハーブ園を何倍にもしたような、美しい景色が広がっていた。
「さあ、行くよ」
キルスティがズンズンと歩きだし、イルナも慌ててそれを追いかける。もう夕方だった空がすっかり暗くなっていたにも関わらず、エルフの村はどこかキラキラと輝いていた。
「キルスティ様!おかえりなさい~!」
「ただいまぁ」
道すがらエルフ達に声をかけられるキルスティを不思議そうに眺める。何となく予想はしてたけど、どうやらキルスティは身分が高いようだ。
「人間じゃん。何で人間連れて来たの?」
「わぁ~、かわいい女の子だねぇ」
「この子、何でキルスティ様と一緒にいるの?」
口々に質問するエルフ達に、キルスティは何も答えずただ微笑んでいる。そして気付けば目的の建物に着いたらしく、キルスティは迷うことなくドアを開けた。
「入って、イルナ」
キルスティに促され、屋敷の中に入る。どうやらエルフの長の家らしく、そのまま応接間のような部屋に案内された。
「キルスティ…」
「大丈夫」
不安を察したキルスティがいつものように微笑む。それを見てイルナも気を取り直し、表情を引き締めた。
するとそこへ一人のエルフが現れる。壮年の男性エルフらしいが、見た目は年齢が予想できない程若々しく、そしてキルスティに良く似た顔をしていた。
「パパ、ただいま!」
「おかえりキルスティ」
男性を見るなり飛び付くキルスティにちょっとびっくりする。パパ、と呼んでいるのだから、男性はキルスティの父親のようだ。よしよしと背中をさすると、キルスティをべりっと剥がす。終始笑顔だが何となく違う気がするのは何故だろう。そんな事を考えていると、男性はイルナを見てニッコリと微笑んだ。
「ようこそおいでくださいました。増幅術師様。私はキルスティの父親であり、この村の長を勤めております、カジミールと申します」
「は、初めまして、イルナ・ルーメンと申します」
声をかけられて背筋が伸びる。というかこの人声も凄い美声だ。キルスティの父親らしき男性は、イルナに対して恭しく頭を下げた。それにはイルナも慌てる。
「な、頭を上げてくださいっ。そんな風にされるような立場ではありません!」
するとゆっくりと頭を上げたカジミールは、ゆるりと首を横に振った。
「増幅術師殿は稀少な御方。何卒ご自身の価値をご理解ください」
「う…」
さすがに散々皆に言われてきたのだから、増幅術師が稀少な職業だと言うのは理解できている。が、それが自分だと認識するには、イルナ自身あまりに未熟だ。だからこそ、キルスティに特訓してもらっていた。けれどまだまだ始めたばかりで、何もマスターしていないのだ。
「イルナ様。魔法はともかく、薬師としてポーションが作れるのは、我々としては大きい。増幅術師が作るものは、他と違い優れた効果をもたらせてくれます。キルスティから聞いているとは思いますが、私達が望むのは、高性能なエリクサーを作っていただく事ですので」
まあ、確かに聞いているが。そもそも材料がないのでは?と思っていたが、カジミールは驚くことを口にした。
「実は生命の木の樹液が少しだけおいてあります」
「え」
それならすぐにでも作れるって事になるのだろうか。思わずカジミールを凝視すると、彼は困ったように苦笑している。
「イルナ様にはまず、エリクサーを作る為の特訓をしてもらいます」
そう言って笑顔を見せるカジミールは、どこか楽しそうな様子だった。




