薬草と魔石
コンラード邸に着いたイルナは、まずは執事のギュンターにイエルハルドとの面会を取り次いでもらう事にした。
いくら懇意にしてもらっていても、イエルハルドは忙しい人だ。執務や訓練等スケジュールは詰まっている。
「小父様にお会いしたいんですが、どうすればよろしいでしょうか?」
「そうですね…」
ギュンターは静かに考えるように目を細め、そしてニッコリと微笑んだ。
「それではイルナ様がご昼食を執務室まで運んでいただけますか?」
どうやら昼食は執務室で取るらしく、その準備中だったらしい。
イルナがイエルハルドに用事があるのなら、昼食を持って行きがてら話せばいいと、そう言われた。
「そんな気軽に…失礼ではありませんか?」
「大丈夫ですよ。イエルハルド様はイルナ嬢を目に入れても痛くない程可愛がっておりますので、多分喜びます」
「…そ、そうかな…?」
「そうです」
きっぱりと言い切られてイルナも若干引き攣るが、これはこれで話ができるチャンスだ。
「わかりました。ではお食事を届けてきます」
「よろしくお願いします」
そう言われてワゴンを手渡される。そのままワゴンを押し、イエルハルドの執務室へ向かった。
コンコンとノックをすると、「入れ」とだけ言われる。ドアを開けてワゴンを運ぶと、視線を上げたイエルハルドが驚いたようにこちらを見た。
「お食事をお持ちしました」
ニッコリと微笑んで告げると、イエルハルドの顔がだらしなく破顔する。
「イルナ!まさか今日君の愛らしい顔が見れるなんて!」
「…お、小父様…」
「何だいっ!?何か用があって来てくれたんだろう!?」
抱きつかんばかりの勢いで近寄ってくるイエルハルドから逃げるようにイルナが身を引く。
けれどイエルハルドに気にした様子もなく、近くにあった椅子を引いてイルナに座るよう促した。
「それで、どうしたんだい?」
「あの、実は…」
東の森に薬草を摘みに行きたい事と、魔石を探したい事を告げる。そして使い終わって廃棄する魔石を数個貰いたいと告げると、イエルハルドが少し難しい顔をした。
「廃棄する魔石はいくらでもあげるけど、東の森に薬草摘みか…。君が欲しい薬草は市場で売っていないのかい?」
「さあ…町に行った事がないので分からないです。ただ東の森に生えてるのを見たと聞いたので」
「誰に?」
「コンラード軍の兵士の方ですけど…」
その瞬間イエルハルドの眉間に皺が寄る。
「誰が可愛いイルナに妙な入れ知恵を…」
何かブツブツ呟いているがよく聞こえない。イルナが不思議そうに首を傾げると、イエルハルドが小さくため息をついた。
「森には魔物が出る。イルナ一人で行かすわけにはいかないが、3日後に魔物の定期討伐で第3部隊が東の森へ行くんだ。その時に採ってきてもらおう」
「一緒に行っては駄目ですか?薬草を見分けるのって難しいと思うので、できれば自分で行きたいんですが」
「危険だ。君は魔法はあまり得意ではないんだろう?」
「ですよね…」
我儘なのは重々わかっていたので、イエルハルドに言われてしゅんとする。
ここは無理を通して迷惑をかけるべきではない。イルナは仕方なく諦める事にした。
「わかりました。では薬草の特徴を描いて渡します」
「うん、物分かりがよくて助かるよ」
ようやく笑顔でイエルハルドが頷く。
この人には散々世話になっているのだから、困らせるような事はしたくない。
「では、廃棄する魔石だけいただいて戻ります」
「うん、気を付けてね」
「すぐそこですよ」
イルナがクスリと笑うと、イエルハルドも苦笑する。
そのまま執務室を退室し、ギュンターに頼んで廃棄用の魔石をいくつか譲ってもらった。
自分の家に帰り、さっそく工房へ籠る。
作業台の上に魔石を乗せてじっと眺めた。
魔石は魔道具を動かす原動力だ。灯りを付けたり水をくみ上げたり、生活する上で必要不可欠だ。
ただ、とても高価な魔石はそれ自体が希少で、そしてとても危険だとも聞いた事がある。
どう危険かと言うと、簡単に言えば扱いを間違うと高位魔法をぶつけられるくらいの衝撃で破裂するらしい。
そして、高価な魔石は聖竜様のエネルギーにもなる。
竜は魔石が持つエネルギーを体内に取り込み、それを食事の代わりにしている。
勿論何かを食べる事はできるが、基本的には何も食べなくても大丈夫らしい。
それよりも魔石の持つエネルギーを食らう方が、聖竜様の血肉になるそうだ。
そして魔石がない時は、聖竜の巫女が魔力を提供する。
(それをお母様が何年もされてるのよね…)
我が母ながらすごい人だと、改めて思う。
けれどその両親にいらないからと家を放り出されたのもまた事実で。
とにかく気を取り直して、魔石の一つを手に取った。
(まずは火属性…)
ぎゅっと握りしめ、火属性の魔力を魔石に注ぎ込む。石が熱を持ち、上手くいったかと思ったその時、石がパアンと破裂した。
「ったぁ…、びっくりした…」
火属性は失敗だ。もしかして魔力量が多すぎたのかもしれないが、とりあえず全属性を試すつもりなので次は水属性だ。同じように集中し、魔石に魔力を注ぎ込む。けれど今度も同じように石が破裂した。
「うーん…、水も失敗か。…地属性はどうかな」
再び魔石に魔力を注ぎ込む。地属性の魔力を先程より慎重に魔石に送り続けると石が淡く光り、シュウゥ…と音を立てて落ち着いた。
「で、できた…?」
興奮しそうな気持を押さえて石を見るが、残念ながら色が違う。
赤く透き通るような色ではなく、緑色をした石に変化していた。
「何で緑?どういう事?」
良く分からないが色が違うので、再び次の石に手を伸ばす。
今度は聖属性の魔力を注ぎ込んでみた。
するとキラキラと光り輝いたかと思うと、今度は石が水晶のように透明に変化した。
「えぇ…?一体どうなってるの…」
謎すぎる。二つの石の効果は後で検証するとして、最後に無属性の魔力を入れてみる。
すると石が今までにないほど熱を持ち、それと比例するようにイルナの魔力を吸い込み続ける。
あまりの吸引力に負けそうになりつつも必死で魔力を流し続けると、石が眩しいくらいに光り、そしてまたシュウゥゥ…と音を立てて落ち着いた。
「…できてる、よね…」
今度こそ、赤く透明度のあるれっきとした魔石だ。
試しに部屋を明るくする魔道具にセットしてみる。
スイッチを押すと、ポウッと灯りがともった。
「せ、成功…しちゃった……」
ヤバイ、どうしよう。
これは人に言っていい事なんだろうか?
イルナは事の重大さに今更気付いたが、けれど反対に同じような実験って今までしなかったのかと疑問を持つ。
そういえば魔石の廃棄は、鉱山の廃棄場所に捨てる事になっている。そうする事で何年か経てばまた魔石の魔力が復活する事もあるらしく、その場合は再利用していると弟が言ってた気がする。
それなら今回のように自分で魔力を注げば再利用できても不思議ではないが…
そう思いながら椅子から立ち上がろうとして、ぐらりと体が傾く。
驚いて自分の手のひらを見つめ、慌ててポケットから取り出した魔道具を握りしめた。
「やっぱり…魔力がほとんど残ってないわ…」
自分の魔力を測る魔道具を見て納得する。
イルナの魔力は人よりも多い。数値にして5倍程だ。宮廷魔術師と比べれば3倍程になる。
こればかりは両親の遺伝としか言いようがないが、実は両親の持つ魔力量をもはるかに上回る量を保持していた。
そのイルナの魔力が枯渇状態に陥っている。
そこから導き出した答えは、単純に人が持つ魔力では魔石を復活させるのに到底足らないという事だった。
だからこそ、試したであろう今の実験も不発に終わっているに違いない。
そして一つの魔石を復活させる度に倒れていては、全く割に合わない。
(だから捨てるのね…)
普通に納得だ。こんなしんどい思いをして魔石をリサイクルする人はいないだろう。イルナで一回で枯渇するのであれば、普通の人間であれば5回枯渇するまで注入してようやく一つ復活だ。
しんどすぎるしやりたくもないだろう。というか、何度入れても真っ黒なままなら心が折れる。多分成功させた人はいないに違いない。
それに、赤く光るのは無属性魔法だけだ。
無属性魔法を使える人は少ない。余計にない。絶対ない。
ふとそこで、緑の魔石と透明の魔石が目に入った。
この二つはどんな効果があるのだろうかと、普通に気になる。
試しに魔道具にセットしてみたが、全く使えなかった。
という事で、動けるほどに回復してから外に出てみた。
「よーし、じゃあ投げてみるか」
まずは緑色の魔石だ。
イルナは周りに障害物がない方向を狙って、思いっきり魔石を投げてみた。
ポテン、コロコロコロ…
何も起きない。
恐る恐る覗きに行こうとしたその時、ドオン!と大きな音を立てて地面から複数の岩が突き出した。
「え!?」
地属性魔法が放出したようで、地面がえらい事になっている。見た所地属性魔法の『岩の壁』のような気がする。
「ま、魔法が出た…」
意味がわからなかったが、ちょっと気を取り直して今度は透明の魔石を握る。
ふぅーっと息を吐いて落ち着かせ、同じように石を投げた。
すると今度は石が光り出し、聖属性魔法の『癒しの光』が出た。
「い、いやいやいやいや……」
イルナは混乱している。というか、慄いている。
これは人に言ってはいけない部類だ。そうだ、絶対言わないようにしよう。
気を取り直したイルナは、投げた魔石を一応探してみた。が、やはり魔法の放出と共に砕け散ったようだ。
(はぁ…、何かとんでもない実験しちゃったなぁ…)
とにかく自分はこんな物を作ろうと思った訳ではない。
魔石をリサイクルしてエーテルを作ろうとか軽く思っただけだったが、ある意味とんでもない結果になった。
「…小父様には報告した方がいい…のかな…?」
そこの所の判断が付かず、イルナはその日一日頭を悩ませたのだった。




