第一王子と遭遇
家に帰ろうかと思っていたイルナだったが、そう言えば王宮の図書館へ行きたかった事を思い出し、ロドルフ達と一緒に王宮へ向かう事にした。
王宮についてからは別行動になり、イルナは記憶を頼りに図書館への道を歩く。許可証をしっかり握りしめ、数分歩くと目的地に到着した。
司書の男性に許可証を見せ、中に入る。生命の木に関する記述がここになければ、もうネストーレ王国で見つける事は不可能だろうな、なんて考えながら本を探した。
(うーん…。そもそも「生命の木」なんて名前聞いた事ないし、キルスティも「人間は違う言い方をしてたかも」と言っていたから、名前そのものが違う呼び方の可能性が高いのよね…)
そう思いながらも樹木の本をめくる。その後は薬草の本や各地の植物の生態が記載された本等、様々な本を手に取って見たが、やはりどこにも見つからない。
「ないなぁ…」
思わず声に出してしまうと、ふと背後に人の気配がした。またルキウスかと思いうんざりしながら振り返ると、そこには思いもよらない人物が笑顔でこちらを見ていた。
「何が無いのかな?美しいレディ」
「…」
まさかの。本当にまさかの。
「テオドール王太子殿下…」
そう、王太子がそこに立っていた。
一瞬ぼうっとしてしまったが、イルナは慌てて頭を下げる。するとカラカラと笑う声が聞こえてきて、思わず顔を上げそうになった。
「ああ、そんなかしこまらなくていい。そもそも非公式の場だ」
「…勿体ないお言葉でございます」
「いや、だから普通にしてくれて構わない」
そうは言っても王太子だ。不敬になったらどうするんだ。と考えていたイルナだったが、チラリとテオドールに視線を向けると驚くほど無害な笑顔でこちらをじーっと見ている。
「あ、あの…」
「ん?ああ、悪い悪い。君があまりに美しいから、思わず見とれていた」
「お、お戯れを…」
「本当にそう思ったから言ったんだが、まあいい。それより、貴女の名前を聞いても?」
「あ、その、イルナ・ルーメンと申します」
「え?」
イルナの名前を聞いて何故だか驚いている。そして何やら考えるように自分の顎をなぞり、ニヤリと不敵に笑った。
「成程、貴女が弟の想い人か」
「…え!?」
想い人と言われてイルナが慌てる。そういえば婚約の打診があったな、なんて事を考えていると、今度は悪戯を思いついた子供のような顔をしたテオドールが、イルナに詰め寄って来た。
「イルナ嬢。弟に興味がなければ、私と婚約するか?」
「え」
「貴女なら大歓迎だ」
「…!」
そう言って手を握られ、口づけを落とされる。その瞬間ボンと音が聞こえそうなくらいに顔が真っ赤になり、思わずいっきに後ずさった。が、ドスンと本棚に背中がぶち当たる。それを見ていたテオドールはケラケラと笑い出し、その様子を見てイルナは揶揄われたと思い、さらに恥ずかしくなった。
「お、お戯れはおやめください!そのような冗談、質が悪いですわ!」
「クククッ、そうだな。貴女に手を出したりすれば、ウィクトルに絞殺されるだろうな」
「そ、そんな事にはならないと思いますけど、そういう揶揄い方をされていては、勘違いするご令嬢が続出しますわよ!」
「ははははっ、誰にでも言っていればそうなるかもな」
「知りません」
何だか誰にでも言ったりしないような物言いだ。これ以上突っ込んで墓穴を掘りたくないイルナは、それ以上何も言わない事にした。
急に黙り出したイルナにテオドールは少々不満そうだったが、イルナが真剣に本探しを再開しだしたので、思い出したようにイルナに問い掛けた。
「スマン、笑うつもりはなかったのだが、イルナ嬢があまりに…いや、よそう。それよりも先程『ない』と言っていたが、探している本が見つからないのか?」
「…そうですけど」
第一印象で警戒してしまっているイルナは、ポソリとテオドールの質問に答える。
「何の本を探しているんだ?」
イルナの態度が気にならないらしいテオドールは、さらに突っ込んだ質問をしてきた。それについて答えるかどうしようか一瞬悩む。けれどどうせ知らないだろうし、言っても問題ないだろうと考えたイルナは素直に答える事にした。
「生命の木がどこに生えているのか知りたいのです」
「生命の木…?」
テオドールの目が一瞬見開かれ、そして今度は興味深そうにイルナを眺める。不躾な視線にイルナの表情が若干歪むと、テオドールはそれを楽しそうに眺めながらも驚くような言葉をイルナに発した。
「生命の木とは、セフィロトの樹の事だろう。神話に出てくる神が作られた樹だと言われてるが、あれは確かエミール王国の砂漠の果てにあると言われている」
「…え?ご、ご存知なんですか!?」
「ああ、知っているが…あの樹の場所を知ってもどうする事もできんぞ?」
「え?」
テオドールが知っているのには驚きだが、どうする事もできないとはどういう事だろうか?
そう思って首を傾げると、テオドールはあっさりと答えを教えてくれた。
「砂漠の果てにある乾燥した大地の真ん中に、大地が枯渇しても枯れる事のない樹が立っている。それがセフィロトの樹だ。だが、セフィロトの樹の周りには燃え盛る炎が途切れる事なく立ち昇っているらしい」
「炎…?木の周りにですか?」
「そうだ。だから人が近づく事ができない。魔法を使っても火は消えないらしい」
「消えない火…」
そんな物にどうやって近づくのか。ちょっと考えがまとまらない。ただ、知りたかった情報を意外にも目の前の王太子が教えてくれたのは運が良かった。
「あの、ありがとうございます、殿下。助かりました」
「ああ、構わない」
イルナはペコリとお辞儀をし、お礼を言う。
その後は少しの間テオドールと会話をし、テオドールを呼びに来た従者のお陰で彼から解放される事ができた。
誰もいなくなったのを確認し、イルナはポケットからオーブを取り出す。
「キルスティのところへ」
迷う事なくキルスティのハーブ園へと転移した。




