ポーション作り
翌朝、イルナは早速ポーション作りに取り掛かった。
軍で使ってもらえると言う事は、沢山のポーションが必要だ。今までのようにちまちまと作っていたら、有事の際に間に合わない。
イルナは庭に出ると真っ直ぐ薬草園に向かい、大きく深呼吸をした。
「さあ、忙しくなるわ」
薬草園をぐるりと見渡し、神経を集中させる。両手を地面にかざすように広げ、魔力を集めた。
フワリと風が起きたようにイルナの髪がなびき、スカートの裾が広がる。イルナの体全体が銀色に光り出したその時、イルナが呪文を口にした。
『成長せよ《インクレメント》』
その瞬間、パアッと辺りが光り輝く。イルナの手から放出された魔力が薬草園に広がり、みるみるうちに薬草が育って行く。
昨日収穫した後の畑からもあっという間に芽が出て、さらに成長していく。
イルナが魔力を放出するのをやめると、薬草園は成長した薬草で埋め尽くされていた。
「ふぅ…、さすがに薬草園全体だと疲れるわ」
集中を解いたイルナは少し溜息をつく。けれどすぐさま気を取り直し、薬草を収穫していった。
「イルナ様!お手伝いします!」
黙々と作業をしていると後ろから声を掛けられる。
振り返るとそこにいたのは、王都からイルナについて来てくれた侍女のアミンだった。
「アミン、びっくりしたわ」
「びっくりはこちらの方ですよ!また御一人で土いじりですか?」
「土いじりって…。昨日正式にコンラード閣下から軍にポーションを卸してほしいと依頼を受けたのよ。だから沢山作らないと駄目でしょう?」
「そうなのですか?」
どうやらアミンも驚いているようだ。卸すと言っても安値で買うのではなく、専属で売ってほしいとの事だ。何でも高効果のポーションが他に流れるのを防ぎたいらしい。
「そういう事でしたら私ができる事なんてしれてますけど、しっかりお手伝いしますね!この薬草は工房に運べばよろしいですか?」
「ええ、お願い。私は種を撒いてから工房に行くわ」
「わかりました」
アミンはペコリとお辞儀をし、収穫したての薬草達をひょいっと担いで工房へ運び出した。
結構重いと思うのだけど、このくらいどうってことはないらしい。
気付けば庭師のおじさんも荷物運びを手伝ってくれた。
工房へ大量の薬草が運び込まれ、イルナは腕まくりをする。ここからが大変だからだ。
「じゃあアミンはこの薬草をすり潰すのを手伝ってくれる?」
「わかりました!」
イルナが使っているすり鉢の3倍ほどあるすり鉢をどこからか持っていたアミンは、意気揚々と薬草をすり潰していく。この侍女、相当腕力があるらしく、平気そうに鼻歌を歌いながらすごいスピードで薬草を潰していった。
それを横目で見ながらもイルナは魔法水の作成を始める。大きな鍋にいっぱいの水を火にかけ、手をかざし魔力を注いでいく。沸騰するまで魔力を注ぎ、沸騰したら火を止めていったん冷まし、今度はすり潰した薬草の汁を別の鍋に入れて行く。
「こんなものでいいですか?」
「ええ、上出来よ」
アミンが物凄い力で大量の薬草を搾っている。自分がするよりだいぶ早いな、なんて感心していると、あっという間に終わったようだ。
「全部搾りましたよ!それにしてもすごい量になりましたねぇ」
「ふふっ、ありがとう。じゃあここからは私の仕事だから、アミンは自分の仕事に戻ってくれていいわよ」
「わかりました。ではいつでもお手伝いしますので、遠慮なくお申し付けくださいね」
「わかったわ」
ペコリとお辞儀をし、アミンが退室する。それを見届けてからイルナが適量を図りながら薬草汁と魔法水を混ぜていった。
蜂蜜は入れても入れなくてもいいのだが、少しでも美味しくしようと入れたのがきっかけで、兵士の方達にも好評だ。なので今回は大量になるけれど惜しみなく鍋に入れ、沸騰させた。
そしていつものように最後の仕上げをする。
『増幅せよ《アンピリフィカティオ》』
イルナの魔法で目の前のポーション液がフワッと光り輝く。キラキラと輝き、そして治まっていった。
ポーションの瓶に入れながら、イルナができたてのポーションを眺める。
「これ、普通のポーションだもんね…」
ポーションを眺めながらイルナが唸る。
通常のポーションはこの方法で作れるが、それよりも上の効果があるハイポーションを作る場合、別の薬草が必要になる。
それともう一つ作りたかったものがイルナにはあった。それは…
「エーテルを作りたい」
エーテルとは簡単に言うと魔力を回復するポーションだ。
けれどエーテルを作る場合、また違った材料が必要になる。
レッドハーブと魔石と魔法水。この3つが揃ってエーテルができる。
ハイポーションの材料になる薬草であれば、一株だけでも手に入れば後は自分で増やすことができる。
確か、コンラード領の東の森に生えていると、イエルハルドの軍の兵士から聞いた事があった。
レッドハーブは空気の綺麗な森の奥の、澄んだ泉の側に生えていると本に書いてあった。それなら東の森の中にもあるかもしれない。
ただ、栽培するとなると水の問題が出てくるので、それはまた追々考える事にしようとイルナは思った。
後は魔石だが、これも森を探索すれば稀に見つけることができると、コンラード軍の兵士が言っていた。
ただし、やはり見つけるとなると相当気を付けて見ていないと見過ごすらしい。一番発見しやすいポイントは川だとか。
「実際に市場に出てるような魔石なら、鉱山から採掘してるみたいだけど…エーテルだったらクズ石でも大丈夫な訳だし、そういうの売ってもらえたらなぁ」
魔石はその名の通り、魔力を帯びた石だ。石に含まれる魔力を使い果たすと、透明度のある赤い石から黒い石に変色する。
「ふむ…」
魔力が無くなったら黒い石になるのなら、また魔力を入れる事はできないのだろうかと考える。
ただ、魔石に魔力を入れるなんて聞いたことがないし、そもそも試した事もないが、一度考えてしまうと気になる性分らしく、イルナが顎に手を当てながら唸り続ける。
「レッドハーブと魔石を魔法水に入れて熱した後、ろ過して冷ませばエーテルは出来上がるけど、魔石にもう一度魔力を注入するのって、水に魔力を入れるのと同じ原理になるのかな?それだとポーション作るのに魔石いらなくない?」
これはあくまで魔石を再利用できたと仮定しての事だが、とイルナは考える。
それよりも魔石の属性って何だろうか。魔法水はただの魔力を流し込めば出来上がるが、赤い色って事は火…?でもそれだと何だか回復するイメージが湧かない。
「考えても分からないなら、行動あるのみ!」
イルナは一人頷くと、目と鼻の先にあるコンラード邸へと向かう事にした。