カリオン国の使節団
遅くなってすみません!
「…」
「ウィル、顔」
「うるさい」
ユリウスに指摘されたウィクトルは、あからさまに不機嫌を隠さない表情でじっと前を見据えている。
その視線の先には国王であるアレクサンデルと王妃クラウディアが満面に笑みで座っていた。
「ウィクトル、そんな顔をするとせっかくの男前が台無しだぞ」
「兄上は黙っていてください」
隣に立つテオドールが困ったような、おかしいのをこらえて居るような微妙な顔をしている。
そしてテオドールの後ろにはキーンが気の毒そうな顔をして控えていた。
「母上、何故俺がカリオン国の使節団の相手をしないといけないんですか。第一王女が来るのは知ってるでしょう?俺は婚約の打診を断ったんですよ?」
「婚約を断るのならせめて案内役をウィクトルにと言われたと言ったでしょう?別にそのくらいいいじゃないの」
「イルナが不安がります!」
「まあ。貴方は他国の王族のエスコートをするくらいでイルナが離れると思っているの?それはそれは、信頼関係が築けていないのねぇ」
「なっ…!」
目を細めてウィクトルを見つめるクラウディアは、どこか楽しそうにも見える。
その様子を見ていたユリウスとキーンは、思わずテオドールに視線を向けてしまう。
(間違いなく親子だな)
そう思わざるを得ない。
テオドールの悪戯好きで変わり者好きは、間違いなく王妃に似たのだろう。
玉座に座っているアレクサンデル国王も、何か問題でもあるのかと不思議そうな顔をしていた。
「ウィクトル、お前イルナ嬢の気持ちを疑っているのか?それとも自分に自信がないのか?」
「ほ、ほっといてくださいよ!そういう事じゃないんです!」
「ではどういう事です?大切な同盟国の使節団をおもてなしするのも、立派な勤めでしょう?」
「それはそうですが…」
そう言われてしまっては返す言葉もない。
腹立たしい気持ちはあるが、ウィクトルも渋々納得せざるを得なかった。
「…分かりましたよ。ですが、問題が起こるのは勘弁したいので、何かあれば協力してくださいよ」
「使節団の対応くらいで大げさだな。ウィクトルならそつなくこなせるだろう?」
「俺がどうこうじゃないんですよ。兄上も分かってるでしょうが、イルナの事ですよ」
「イルナ嬢は気にしないと思うが」
「…」
しっかり釘を刺されたのだ。気にしていないはずはない。
いや、むしろ気にしてもらわないと困る。
そこまで自分に無関心だと悲しくなる上に虚しいにもほどがある。
「イルナには何故俺が対応するのかと聞かれました。彼女をあまり不安にさせたくない」
ウィクトルの言葉にアレクサンデルもうーんと唸る。
「イルナ嬢の機嫌を取るつもりはないが、かの国がイルナ嬢自身を害しないとも限らんな」
「そうねぇ、あちらはウィクトルとの婚姻を強く望んでいましたし、障害は取り除けば問題なくなりますものね」
「つまり、カリオン国の使節団が来国している間は、イルナ嬢の護衛を増やすべきだと言う事ですね」
「イルナ嬢に何かあれば、豊穣の精霊の怒りに触れる。まあ、多少の事は大丈夫だろうが、命にかかわれば別問題だな」
「イルナはエミール王国でイグレシアス国の第二王女に命を狙われました。用心に越したことはないでしょう」
ウィクトルの言葉に三人もハッとする。
実際にディルラバには誘拐され、凌辱される所だったのだ。
イルナの実力を知らない王女の暴走だが、イルナもか弱い女性だ。
数人の男に囲まれればどうなるか分からない。
「暗部の者を付けましょう。交代で見張らせます」
「いえ、母上。それだけでは足りない」
「でも目に見える護衛もいるのよ?」
「そうではなく、カリオン国の王女にも暗部を付けてください」
「それは…あちらにもそういった護衛はいるのでは?」
「暗殺をする訳ではないので大丈夫でしょう。とにかく万が一があってはいけない」
こちらが婚姻の申し出を断ったのにも関わらず、こうして使節団として来国する際の案内役として指名してくるくらいだ。
ひょっとすれば一服盛るくらいの事をしでかすかもしれない。まあ、それもあってのエサイアスの腕輪なのだが。
「とにかく、使節団は明日にでも到着する。ウィクトルだけじゃなくテオドールも、気を抜くんじゃないぞ」
「分かってますよ」
「はい…」
テオドールはどこか楽しそうな空気を醸し出しているが、ウィクトルは不本意だとばかりに嫌そうだ。
それを黙って眺めていた側近の二人は、やれやれとばかりに気付かれないよう小さく息を吐いた。
そして翌日。
当初の予定通り、カリオン国の使節団が昼前に到着した。
謁見の間に通されたカリオン国の一行は、王女を筆頭にアレクサンデル王とクラウディア王妃に向かい頭を下げた。
「お初にお目にかかります。わたくしカリオン国が第一王女、メルセデス・マデリン・カリオンでございます」
「遠い所よく来られた。まずは頭を上げてくれ」
「はい、ネストーレ国王陛下」
ゆっくりとした動作で姿勢を正すその姿は、堂々たるものだ。
王と王妃の横に立つテオドールとウィクトルも、じっと様子を伺うように王女を眺める。
するとふとメルセデスがウィクトルに視線を向け、妖艶に微笑みかけた。
それを不快に思ったウィクトルが一瞬表情を歪めるが、テオドールが小さく咳ばらいをした為表情を取り繕った。
そんなウィクトルの様子を気にする素振りもなく、メルセデスは背後に控えた人物を呼ぶ。
「ジャイス、こちらへ」
「はっ」
ジャイスと呼ばれた男は部下に指示し、謁見の間に次々と豪華な品物を並べだす。
それを満足そうに眺めたメルセデスは、ニッコリと笑みを浮かべて国王に告げた。
「こちらは両国のお近付きの印にお納めくださいませ」
「気遣い感謝するが、過分な手土産は必要ない。今後はこのような事は不要だ」
「出過ぎた真似をいたしました。ですがお渡しした物を持って帰る訳にはいきませんので、こちらはどうぞお受け取りいただけませんか?」
「…仕方ない。後でお持ちいただいた品を検めさせていただこう」
「ありがとうございます」
「宰相、後は頼むぞ」
「はっ」
マオーラ公爵が侍従達にテキパキと指示し、運ばれた物品をカリオン国の使者と共に別室へと運び出す。
そしてその様子を満足そうに眺めるメルセデスをロドルフは訝し気な目でじっと眺めていた。
その様子に気付いた王妃はメルセデスに視線を戻し、優し気に微笑んで声をかける。
「カリオン王女もお疲れでしょう。すぐに部屋に案内させますわね」
「ありがとうございます。でしたら是非ウィクトル殿下にお願いしたいですわ」
「は?」
「おい」
まさかの指名にウィクトルが思わず声を上げる。
それを制止するようにテオドールがウィクトルに小さく声をかけ、肘で突いた。
それにしても堂々と王子を案内役に指名するとは、さすが他国の王女だと思わざるを得ない。
そんなメルセデスに対し、クラウディアは困ったように微笑んで見せた。
「まあ、それは無理だわ」
「何故でございますか?この滞在期間中は、ウィクトル殿下が私のホスト役だと聞いてますのに」
「それはあくまで公務での事です。お伝えしている通り、ウィクトルには婚約者がおりますのよ?」
「ええ、ですがそれが何か問題でもございますか?」
堂々と言い返す度胸に周囲の者達は半ば呆れる。
いくら第一王女とは言え、ここは自国ではないのだ。
そして相手はこの国の王妃。
明らかに度を越した物言いだ。
けれどクラウディアは出来の悪い子供を相手にするかのように、ていねいに説明しだした。
「本来ならば外交官が使節団の方のお相手をするのが正当でしょう。ですが、カリオン王女は我が息子を指名されましたわ。息子には婚約者がいる事もお伝えしていましたよね?婚約者のいる王子が未婚の女性のお相手をする事は普通あり得ませんが、貴女はそれを押し通した」
「…それの何がいけないのです?」
「フフフ、権力を使う場を間違えないようにお気を付けなさい。さあ、王女をお部屋にご案内して」
「…!」
有無を言わさずクラウディアは侍女にメルセデスを案内させるよう指示をする。
ここでごねても不利だと感じたメルセデスは、一瞬悔しそうにしながらも、すぐに表情を取り繕ってウィクトルに視線を向けた。
「それではせめてご挨拶だけでもよろしいでしょうか?」
挨拶と言われれば拒否する事はできない。
アレクサンデルとクラウディアは二人の息子に視線を向けて頷く。
それを見てテオドールとウィクトルはメルセデスの方へと一歩近づきお辞儀をした。
「テオドール・カーン・ネストーレです、カリオン王女」
「ウィクトル・カーン・ネストーレです、カリオン王女」
「メルセデス・マデリン・カリオンでございます。ウィクトル殿下には是非ともこの機会にお近付きになりたいと思っておりますわ」
「…第二王子で構いませんよ、カリオン王女」
「まあ、これからしばらくご一緒しますのによろしいではないですか。わたくしの事もメルセデスとお呼びください」
「ネストーレ第二王子とお呼びください、カリオン王女」
「…っ」
ヒヤリと、冷たい視線を向けられる。
ここまで拒否されるとは思わず、メルセデスが焦ったように表情を引きつらせる。
そんな子供っぽいやり取りを隣で見ていたテオドールは、仕方ないといった様子でメルセデスに謝罪した。
「カリオン王女、弟が申し訳ない」
「い、いえ、わたくしも性急すぎましたわ。もう少し交流してから…」
「いや、弟は婚約者にぞっこんでね。ほんの少しでも勘違いされるような事をしたくないようだ。ここはご理解いただきたい」
「…わ、分かりましたわ」
悔しそうに歯噛みし、今度こそメルセデスは侍女に連れられて退室する。
メルセデスの侍従や他の使節団達も、それぞれの部屋に案内され、謁見室からカリオン使節団はいなくなった。
そうして、ようやく一息つけた時。
「何をそんなに警戒しているのかしら?ねえ、ルーメン侯爵」
王妃がロドルフに問いかけた。
その声に全員がロドルフに注目する。
しばらく考え込んでいたロドルフは、ポツリととんでもない事を呟いた。
「カリオン第一王女は、この謁見の間に入ってからずっと魅了魔法を使っていた」
自分が無効化していたが、と。