色々と対策中
更新遅くなってすみません
しばらく立て込んでますので、亀更新が続きそうです…
聖竜ガイウスが帰還した事により、王宮全体の雰囲気が和らいだ。
いくらルキウスがガイウスの代わりを務めていたと言っても、地方の教会には伏せていたのだ。
聖竜の加護を各教会に飛ばす作業も、最初のうちは慣れずに苦戦していたと聞く。
傍らにツェツィリアがいたからこそ乗り越えられたと言っても過言ではないだろう。
討伐軍達の帰還式も終わり、報奨を渡し終え、ようやくアレクサンデル達も一息付けるようになる。
だが、間髪入れずにテオドールがイオアンナを婚約者にと申し出た為、今度はエスクレイド侯爵家への婚約の打診と、イオアンナの王妃教育が始まったのだ。
王妃であるクラウディアはイオアンナとの婚約を大層喜び、王妃教育を張り切って始めていると言う。
イオアンナも厳しい教育に音を上げる事なく、歯を食いしばって精進しているらしい。
「マナーがいまいちだったからなぁ」
ユリウスがポツリと呟き、それにイルナとベルカリスが苦笑を漏らす。
「まあ、男爵家のご令嬢ですから。そこまで厳しい教育は受けていないでしょうね」
「だけどベルは子爵家なのに上位貴族と変わらないくらいマナーが完璧だろ?」
「私は商売上そうあるべきだと思ったからですわ」
「そういう上昇志向がある所、いいよね」
ユリウスがベルカリスを褒める。
ベルカリスは恥ずかしいのか、プイっとそっぽを向いて顔を赤らめていた。
そして話を逸らすようにイルナに問いかける。
「そ、それよりもイルナ様。本日はウィクトル殿下とお会いになられる予定だったのでは?」
「え?あ、そうなんだけど…」
そう、今イルナ達がいるのは王宮の庭園だ。
イルナがウィクトルと会う為に訪れたのだが、あいにくとまだ忙しくこの場に現れていないのだ。
それを伝えにユリウスがイルナの元へ来たのだが、偶然ベルカリスが仕事で王宮に来ていた為、三人で急遽お茶を楽しむ事にしたのだった。
「殿下がお忙しいのに、ユリウス様はこんな所で油を売っていてよろしいので?」
「ベルより優先する事なんてないよ」
「ですがイルナ様は殿下をお待ちしてますのよ?少しは殿下をお手伝いして差し上げた方が…」
「ああ、いいのいいの。ウィルは最近サボり気味だったから、言うなれば自業自得だよ」
「誰が自業自得だ」
ユリウスがベルカリスに調子よく説明していると、いつの間にか現れたウィクトルがユリウスの背後で疲れ切った表情で立っていた。
「ウィル様、お疲れ様です」
「イルナ、会いたかった」
フワリとイルナを抱き寄せて頬に唇を落とす。
それにはイルナも恥ずかしかったのか、顔を赤くしてウィクトルの胸をそっと押した。
「ウ、ウィル様、お二人の前ですよ…」
「別に気にしなくていい。ユリウスとベルカリス嬢も婚約しているのだし、このくらい普通だよ」
「ですが…私が恥ずかしいので…」
「…ああもう、今日もイルナが可愛くて辛い」
片手で目を覆いながらウィクトルが悶えている。
それをしれっとした表情でユリウスが眺め、わざとらしい溜息をついた。
「ハイハイ、ようやく終わったのか?」
「お前が手伝えばもっと早く終わってた」
「あれはウィルがやらなきゃダメな書類だろ」
「分類してくれるだけでも助かったんだが?」
「いやぁ、機密情報を僕が見ていいのかどうか」
「今更な事を言うな」
おどけながらごまかすユリウスにウィクトルは恨めし気な視線を向ける。
そんな二人のやりとりに、イルナとベルカリスは顔を見合わせてクスリと笑った。
「ウフフフ、相変わらず仲がよろしいんですのね」
「本当ね」
そう言われてしまっては、ウィクトルとユリウスも何も言えなくなってしまう。
こちらもお互いに顔を見合わせ、そして仕方ないとばかりに溜息をついた。
そしてウィクトルはイルナの隣に腰を下ろし、メイドが出したお茶に手を付ける。
一息ついた後、イルナを見て微笑んだ。
「変わりないか?」
「はい」
「なら良かった」
短い言葉だが、ウィクトルがイルナを心配している事が伺える。
実はイルナはキジェルモに狙われてから王宮の客室で滞在していたのだが、ロドルフの帰還で一度王都にあるルーメン侯爵邸に戻っていた。
色々と近況報告を兼ねてだったが、帰宅を許可したのはツェツィリアが一緒に行くと言い出したからだった。
守護竜が一緒であれば、さすがのドラウ族も手出ししてこないだろうと。
それとルーメン家は魔術師団長の家だ。
ロドルフが帰宅した事と、イルナの弟のラルスも帰宅していると言う事で、ウィクトルが渋々了承したのだった。
「ルーメン侯爵の様子はどうだ?」
「はい。かなりお疲れの様ですが、体調に問題はないようです。ですが…」
「何か気がかりな事でも?」
「ええと、私が王都でドラウ族に狙われていた事を酷く気にしています。キルスティが出産で閉じこもっている事も重なって、かなり警備に気を使ってくれていて」
「それは仕方ない。君に何かあればみんなが悲しむ」
実際にみんなが悲しむのは事実だろう。
増幅術師に何かあれば、豊穣の精霊から見放されるのだ。
「みんな…ですか」
ポツリとイルナが呟く。
その表情が陰っているのに気付き、ウィクトルがイルナの顔を覗き込んだ。
「何か気になる事があるのか?」
「いえ、私のせいで皆さんに余計な負担をかけているなと思って」
「余計な負担なんかじゃない。君は俺の婚約者だ。それだけでも君を守る理由になるだろう」
「ですが豊穣の精霊達の加護を盾に取っているような気がしてしまって」
実際イルナの過剰なまでの警護は、豊穣の精霊ヴェレスの発言のせいだ。
あの言葉がなければイルナをここまで守ろうとは思わなかっただろうが、ウィクトルにすれば逆に助かっているのだ。
「イルナ、君の職業の希少性は理解しているね?」
「…はい」
「では今の状況は当然だと思うべきだ。謙虚な気持ちで言っているようではないから責める事はしない。けど今はドラウ族を警戒している状況だ。闇竜ゲアトルースと魔王ヴァルデマーの関係性も微妙だし、協力者だったドラウ族達は姿を潜めてしまっている。そんな状況で君がドラウ族に攫われでもしたら…」
「分かってます。分かってはいるんですが、ただ何もしないで過ごすのが落ち着かないんです」
それこそポーションを作ったりしていれば少しは気がまぎれるが、今はコンラード領へ行く事も禁止されている。
エルフの村に転移オーブで行く事も考えたが、あの場所もドラウ族には知られている。
そう考えると安全とは言い難いのだ。
「不便だとは思うけど、今は仕方ないよ」
「ユリウス様…」
「退屈でしたらベルーカの工房に来ていただければ、エサイアスも喜びますわよ」
「なんでエサイアスなんだ」
「まあ殿下、まさかあの子のに嫉妬なんてしてませんわよね?」
「う…」
していないと言い切れない所が痛い。
ウィクトルの余裕のなさは今に始まった事ではないが、見ている分には非常に面白い事も否めない。
けれどイルナだけは少し違い、微妙な表情でウィクトルを見つめていた。
その視線に気付いたウィクトルが不思議そうにイルナを見る。
「イルナ?どうかしたのか?」
「…ウィル様、私に何か言う事はありませんか?」
「え、何かあったかな…」
ウィクトルの様子を伺うが、本当に心当たりがないらしい。
けれどユリウスの表情が若干強張るのを、ベルカリスは見逃さなかった。
「ユリウス様、何かご存じなのですか?」
「あー…多分アレの事だと思う」
「アレ?」
「うん、ウィルは気付いてないけど」
ばつの悪そうな顔でユリウスが呟き、そして二人へと視線を向ける。
すると珍しく怒ったような顔をしたイルナが、ウィクトルに向かって愚痴を零した。
「…近々、カリオン国から使節団が来ると聞きました」
「カリオン…、あぁ…!え、イルナに言ってなかったか?」
「聞いてません。ウィル様がカリオン国の第一王女殿下から婚約の打診を受けていて、今回の訪問での案内役をするんですよね」
「え!?いや、それはちゃんと断ったはず…!」
「ですが王妃様はそうは言ってませんでした。外交問題になるから、婚約は断れても案内役は断れないって。だからしばらく私に嫌な思いをさせると思うって…」
「はあ!?おいユリウス!お前知ってたのか!?」
「いや、むしろ何でウィルは知らないんだよ?そっちの方が驚きだけど」
アレクサンデルが不在の間に訪問の打診をして来ていたが、外交関係については王妃であるクラウディアが一任していた事もあり、ウィクトルはそこまで手が回らなかったのだ。
何しろ国王と第一王子の仕事を兼任していたので、ウィクトル自身は寝る暇もないと言ってもおかしくなかった。
外交関係は王妃の管轄だが、他国の王族の訪問ともなれば事前に連携を取る事が当たり前だ。
だが、使節団の中に王女がいて、その王女が自分に求婚している事を知った時も、ウィクトルはきっぱりと断りを入れていたのだ。
「母上…あの人は…!」
「王妃陛下にすれば他国の王族の婚姻の打診を断ったのだから、せめて案内役だけでもとの申し出を受ける事で納得してもらったみたいだし、落としどころとしては妥当だと思うけど」
ユリウスの言う事も尤もだ。
だが疑問が残るベルカリスはポツリと不穏な事を呟いた。
「ですがウィクトル殿下を指名していると言う事は、この訪問中に落とすつもりで来られるのでしょうね。最悪既成事実でも作ろうと動くかもしれませんわ」
「怖い事を言うなよ、モーテンソン子爵令嬢殿」
「あら、そういう事も視野に入れるべきだと思いますわ。それと、イルナ様に害が及ぶ事もありえます」
「え、私?」
思ってもみなかった事を言われ、イルナが目を丸くする。
だがそう言われれば可能性はなくもない。
「…これは至急対策を練らないといけないな」
「ああ」
「あの、使節団はいつ到着予定なんですの?」
「明日だ」
「え」
ベルカリスの質問にウィクトルが苦い表情でつぶやく。
「ユリウス、すぐに準備するぞ」
「わかった」
「イルナ、君も来るんだ。ベルカリス嬢も来るか?」
「勿論ですわ」
「では俺の執務室へ」
そう言うが早いか、4人はウィクトルの執務室へと向かった。
※※※
執務室に着いた4人は、早速明日の対策を考える事にした。
最初に口を開いたのはベルカリスだった。
「殿下、媚薬の類は対処できまして?」
「媚薬?いや、毒は多少なら慣らされてるが、媚薬はあまり…」
媚薬と聞いてイルナがぎょっとする。
「まさか、他国の王族に薬を盛るなんて事をしたら大変な事になるけど…」
「国際問題に発展しますわね。ですが、既成事実を作られた場合、婚姻すれば収まります」
「向こうが悪くても?」
「そこは問題ではないんです。あくまでも閨を共にしたかどうかが肝心ですので。それでウィクトル殿下、媚薬に対しての対抗策はお持ちで?」
「…そこまで聞くと言う事は、君には何か策があるのか?」
「ええ、勿論です」
ニッコリと笑うベルカリスは、どこから出したのかコトリと小さな音を立てて、テーブルの上にシンプルな装飾が施されたブレスレットを置いた。
「ベル、これは魔道具?」
「はい。こちらはあらゆる毒物、つまり媚薬の類も体内に入った瞬間に分解する魔道具ですわ」
「何でそんな物を持ち歩いてるんだ」
用意周到なベルカリスにウィクトルが呆れたような目を向ける。
が、ベルカリスはフフッと笑みを浮かべ、ウィクトルの問いに答えた。
「元よりウィクトル殿下とテオドール王太子殿下にお渡しするつもりで持ってきていたのです。ユリウス様にも相談されていましたし、今回の他国の王族の訪問で一波乱ありそうでしたので」
「ユリウスが?」
驚いてウィクトルがユリウスに視線を向けると、ユリウスは肩をすくめて苦笑した。
「あくまでも予防のつもりだよ。何もなければいいけど、こればかりは分からないからね」
「一応、イルナ様とイオアンナ様の分もご用意しています」
「…一応聞くけど、これの金額は?」
「まあ、ウフフフ…安心してくださいませ。すでに国王陛下からお代は頂戴しておりますので」
「ウィル、聞かない方がいいと思うよ」
楽しそうに笑うベルカリスを見て、これは確実に高値で売りつけたなとウィクトルは思う。
だが、実際にこういう物を用意してもらえるのは助かる。
自分もそうだが女性であるイルナやイオアンナが、誰とも分からない男に手籠めにされてはたまったものじゃない。
「何にしても恩に着る、モーテンソン子爵令嬢」
「とんでもございませんわ。では早速ウィクトル殿下、イルナ様につけていただいてくださいませ」
「え?あ、ああ、わかった。イルナ、頼めるか?」
「はい」
ベルカリスに渡されたブレスレットをウィクトルの腕にはめる。
するとふいにベルカリスがイルナにポソリと呟いた。
「イルナ様、そちらの装飾に使っている魔石に触れてください」
「え?えっと、こう、ですか?」
「ええ、それで大丈夫です」
「…えっ!?」
イルナが魔石に触れると、ブレスレットが一瞬ピカッと光った。そして、ウィクトルの腕にピッタリと合わせたようにサイズが変わり、ウィクトルが驚いてブレスレットに触れた。
「な、何だ今のは?と言うか…なんでこんなピッタリになったんだ?」
「どうでしょう?それ、外せますか?」
「え?」
ベルカリスが意味深に微笑む。
それを少々不気味に思いながらも、ウィクトルがブレスレットを外そうと手をかけた。
が、全く微動だにしない。
「は、外れない!?どういう事だ!?」
「装着の不快感はございませんか?」
「それはないが…何で外れないんだ!?」
「そこがエサイアス特性ブレスレットの特徴ですわ」
「はあ?」
ベルカリスの説明によると、ブレスレットをはめた状態で最初に魔石に触れた人物以外、このブレスレットは外せない仕組みになっているらしい。
何でそんな仕様にしたのかと言うと、万が一誘拐された場合に簡単に外されてしまうと、結局の所薬物に対抗できなくなるからだそうだ。
「と、言う事ですので、イルナ様にはウィクトル殿下がつけて差し上げてくださいませ」
「…わ、わかった」
何とも言えない微妙な気分だが、確かに簡単に外せてしまえば意味がない。
それにピッタリのサイズにはなったが締め付け間や不快感もなく、まるで何もつけていないような感じだ。
これであれば確かに邪魔にもならないだろう。
「イルナ様、明日からしばらくはウィルとあまり時間が取れないけど、自分の周辺には十分注意してくださいね」
「わかりました。ありがとうございます、ユリウス様」
「私もなるべくイルナ様とご一緒に行動するようにしますわ」
「それがいい。イルナ、とにかく一人に絶対にならないように」
「はい、ウィル様」
ドラウ族の事も魔王の事も解決していないのだ。
こんな時期に無理やりに訪問してくると言う、カリオン国の王女に不安を抱かないはずもない。
そして、その予感が的中するのを実感するのは、それほど先の事ではなかった。
いつも読んでくださってありがとうございます
 




