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コンラード辺境伯


 その日、イルナはイエルハルドのお邸に招待されていた。

 この辺境の地に移り住んでから決められている、週に一度の晩餐会だ。

 晩餐会と言っても、コンラード伯のお邸で彼等と共に夕食をご馳走になるだけなのだが、これはイルナがどんなに遠慮してもイエルハルドが譲らなかった為、毎週必ず行われている。



「イルナ!いらっしゃい!」

「お招きありがとうございます、ドロテア様」



 満面の笑顔で迎えてくれたドロテアに、イルナもニッコリと微笑む。淑女らしくお辞儀をすると、ドロテアもクスリと笑ってお辞儀をした。



「ようこそおいでくださいましたわ、ルーメン侯爵令嬢イルナ様」

「…やめて、私が悪かったわ」

「フフッ、早く行きましょう!お父様がお待ちですのよ」

「ええ」



 ドロテアに急かされてイルナが晩餐の場に現れると、待ってましたと言わんばかりにイエルハルドが両手を広げて立っていた。



「お帰りイルナ!さあ、私の胸に飛び込んでおいで!」

「…コンラード閣下……何をしてらっしゃるんですか…」

「何って、親愛のハグを…」

「ハイハイ、さあイルナ、座りましょう」

「ドロテア…やきもちだね…」



 ドロテアがイエルハルドを無視してイルナを席に案内すると、イエルハルドがしょんぼりしている。

 この人こう見えても国防の要であるコンラードの地を治めている辺境伯なのだ。このお邸もコンラードの要塞を兼ねている為、中々の重圧感のある構えだ。

 時々兵士達の姿も見かけるし、邸の庭には立派な訓練場もある。


 けれど残念なくらいに子煩悩なのがこのイエルハルドだ。



「お父様、早く食事をしましょうよ」

「あ、ああ、そうだな。イルナがせっかく来てくれてるんだ、まずは食事だ。ギュンター、頼む」

「かしこまりました」



 そう言って執事であるギュンターに視線を寄越せば、すぐさま晩餐が運ばれてくる。

 ギュンターはまだ若い執事だ。年齢は多分30代前半程だろう。未だ独身だとドロテアが言っていたのを覚えている。


 イエルハルドはとても美丈夫で体躯のいい40代前半の男性だ。若い頃はさぞもてていただろうと、イルナは初めて見た時そう思った。その娘であるドロテアも父親に似て美人だが、やや釣り目気味な瞳が勝気な女性に見られるらしく、夜会では苦労していると言っていた。

 けれど燃えるような赤毛にブラウンの瞳は大変魅力的だ。そんなところも父親であるイエルハルドによく似ている。ドロテアの母親は数年前に病で他界したと聞いているが、肖像画から見ても美しい人だったようだ。



「そういえば、イルナのポーションが我が軍の兵達にとても好評のようだね」

「え?」



 唐突に話を振られ、イルナがきょとんとする。するとイエルハルドはニッコリと微笑んでイルナを見つめた。



「店を構えている訳ではないからどうしようか迷ったが、イルナさえよければ正式に我が軍に卸してもらえないかな。勿論それに見合った報酬をきちんと払うよ」

「えッ…!い、いいんですか!?」

「ああ。品質も良く効果も高いのであれば、こちらからお願いしたいくらいだからね」

「あ、ありがとうございます!」



 願ってもない話だ。親の仕送りとイエルハルドの援助があって今の生活が成り立っているが、それもいつまでも続けられると思っていない。

 独り立ちする為にもポーションの販路は確保したかったので、この申し出は正直有難かった。



「いや、こちらこそよろしく頼むよ。それにしてもイルナは王都にいる時からポーションを作ってたのかい?」

「あ、はい。色々と研究したくて試す為に」

「研究?試す?何を?」

「あ…えっと…」



 聞き返されて言葉を詰まらせる。無属性魔法の研究をしていて、その効果を試す為に始めたポーションづくりだったが、思いの外楽しくなって今は趣味の範囲を超えているのだが。

 増幅の魔法については人に喋るなと母から言われている。うっかりドロテアには見せてしまったが、イエルハルドに話していいものか思案した。

 するとそんな空気を察したのか、イエルハルドが困ったようにイルナに笑いかけた。



「ああ、言えないのなら言わなくてもいいよ。だけど君の研究のお陰で我が軍の兵達の怪我が治るんだ。決して無駄ではないし、とても助かるよ」

「コンラード閣下…」



 そう言って頭にポンと手を乗せる。イルナは何だか胸が熱くなり、思わずジワリと涙が出そうになった。



「ありがとうございます…」



 両親には無駄な研究だと言われ、そんな事に時間を使うなと否定されたのに。

 父の友人であるイエルハルドはイルナの研究に感謝を示してくれた。

 それがこんなに嬉しいなんて思わなかった。



「それにしても、一体いつになったら小父様と呼んでくれるんだい?」

「え!?そ、それとこれとは…!」

「…呼んであげてくださいまし、イルナ。お父様ったらイルナに閣下と呼ばれる度に落ち込んでおりますのよ」



 そうなんだ。知らなかった。

 何だかしゅんとしているイエルハルドを見るのは不思議な気分だ。何しろコンラード領の辺境伯なのだし、それに兵達の前では強面の戦士だと聞いている。



「あ、あの…いつもありがとうございます、コンラードか…お、小父様…」

「イルナ…!!!!」



 小父様と言った途端に目をキラキラと輝かせるイエルハルドが何だか犬のように見える。それが何だかおかしくて、ドロテアと二人で声を出して笑ってしまった。

 






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