狭間の世界で
ちょっと短いです
ゲアトルースとガイウスが魔力を放出した瞬間、周囲の魔物達や兵士達に緊張が走った。
圧倒的な魔力の波に魔物は興奮状態になり、人間達は立ち竦む。
その状況を良しとしなかったガイウスは、とっさにゲアトルースを巻き込みグッドルム渓谷から姿を消した。
「なっ、聖竜ガイウス様が!!」
即座に気付いたアンセムが慌てて声を上げる。が、同時に二体の竜がいなくなった事に気付いたロドルフが静かに呟いた。
「聖竜ガイウス様なら大丈夫だ。我々は目の前の敵に集中するぞ」
「しかし…!」
「気配が完全に消えた。多分だが、『狭間の世界』へと転移されたのだろう」
「は、狭間の世界…?」
聞いた事がない訳ではないが、まさか今そんな言葉を聞くとは思ってもみなかったらしく、明らかにアンセムが狼狽える。けれどそれを聞いていたアレクサンデルが豪快に笑い出し、アンセムの肩をポンと叩いた。
「精霊や守護竜が行ける場所だな。大方我々に被害が及ばぬよう、ガイウス様が気を配ってくださったのだろう」
「は…」
「さて、そんな事よりもアンセム。まだまだ敵は多いぞ!ガイウス様が安心して戻られるよう、目の前の敵を殲滅するぞ!」
「…っ、はい!!」
ようやくケルベロスを一体倒したネストーレ軍だったが、まだまだ敵は多い。それにケルベロスはもう一体いるのだ。チラリとエミール王国軍側を見ると、サイクロプス相手に手間取ってるようだ。
「魔王はどうなっている?」
「は、あそこで高みの見物のようです」
ロドルフが視線を向けた先を見ると、ワイバーンに乗ったヴァルデマーが悠然とこちらを見下ろしているのが確認できた。
が、その表情は余裕の笑みを浮かべている訳でもなく、どちらかと言えばどこか不安そうだ。
「何だ、余裕の表情って訳ではないのだな」
「おそらくゲアトルースが消えたからでしょう。さ、陛下。余裕ぶっこいてる暇はないですよ。とっとと片付けてテオドール殿下と合流しましょう」
「テオドールに合流したらアイツうるさいから嫌なんだが…」
「仕方ないでしょう、諦めてください」
ロドルフに冷たく言い放たれ、アレクサンデルが肩を竦める。こんな時でも緊張感のない二人のやり取りに、騎士団長であるアンセムは呆れ果てつつも苦笑を漏らす。
そんな時、後方で戦闘しているネストーレ軍で大きな歓声が起こった。
「はああああっ!!!!」
ダン!と踏み込んで飛び上がったのは救護隊の服装に身を包んだイオアンナだった。
グシャッ!と回転蹴りが炸裂し、オークのこめかみを粉砕したかと思うと、そのままオークの頭を踏み台にし、次の一体の脳天に踵落としの一撃を浴びせる。グラリと体を傾けたオークの背後に着地したかと思うと、そのまま後ろ回し蹴りでオークを吹き飛ばした。
「ああもうっ!気持ち悪いーっ!!」
次々に襲い来るゴブリンやオークに向かってイオアンナが拳を繰り出す。妙な悲鳴を上げて吹き飛ばされたゴブリンを、近くにいた兵士達が斬りつけてとどめを刺していた。
「イオアンナ嬢!!」
「…っ、テオドール殿下!!」
イオアンナが振り返るとそこにはテオドールが馬上から魔物を斬り付けている所だった。慌ててテオドールに近付くと、後ろから襲い掛かってきたオークにテオドールが剣を繰り出した。
「無事かっ!?」
「は、はいっ…!」
ぐしゃっと嫌な音がし、血しぶきが飛び散る。が、イオアンナは戦場に全く不似合いな笑顔でふにゃりと微笑んだ。
「助けてくださってありがとうございます」
「いや、それよりもお前は救護係だろう?何故こんな…」
「え?だってテオドール殿下のお役に立ちたいので」
「は?」
「大丈夫ですよ!この日の為にかなり鍛えて来ましたから!」
ぐっと拳を握りしめていい笑顔でイオアンナが言い放つ。そして次の瞬間もうギラリと獲物を見る目で走り出し、再び魔物に向かって行った。
「お、おいっ!くそっ、キーン!誰かイオアンナ嬢を守るよう指示しろ!!」
「畏まりました。ククッ、全く面白いご令嬢ですね…!」
「笑ってる場合か!確かに面白いが…、クッ…わ、笑ってる場合じゃないだろ!」
「殿下も笑ってますよね?あー最高じゃないですか、彼女。どうです?殿下のお相手にピッタリだと思いますが」
「そ、い、今はそんな場合じゃない!さっさと片付けるぞ!!」
「はいはい」
チラリとイオアンナに視線を向けると、今度は魔法を使っているようだ。魔法の光がイオアンナの周囲の兵士達を包み、傷を癒している。
そして皆に何か声をかけ、傷の治った兵士達は立ち上がって声を上げていた。
「…確かに、いいかもしれんが」
ポツリと呟いた自分の言葉にテオドール自身が驚く。
そして気を取り直すように首を振り、目の前の敵に向かって行った。
一方、ガイウスとゲアトルースは。
狭間の世界に転移した事がわかったゲアトルースが不機嫌そうにガイウスを睨みつけていた。
「何のつもりだ、ガイウス。こんな場所に連れて来よって」
「ここでなら存分に戦えるだろう?あの場で我らが本気を出せばどうなるか分からぬお主でもあるまい」
「フン、人間達等どうなろうと関係ないわ」
「…お前の大切な魔王まで危険にさらす気か?」
「は?」
一瞬言われた意味が分からなかった。
「誰が何を大切だと?」
訝し気にガイウスを睨みつけ、疑問をぶつける。すると気付いてなかったのかとガイウスが呆れたように溜息をついた。
「お前が魔王を大切に想っている事くらい、見ていればわかる」
「なっ…そんな訳がなかろう!アレはそういう存在ではない!」
「ではどういう存在なのだ?」
「ヴァルデマーは…私の僕だ!」
「ほう?」
明らかに慌てるゲアトルースに今度はガイウスが訝し気な視線を向けた。
「では奴が死んでもお前は気にしないと言うのだな?」
「…当然だ。私の復活の為に利用したが、それ以上でもそれ以下でもない」
そう言って口を噤むゲアトルースは、どこか不安そうな表情をしていた。
これで大切ではないとは笑ってしまう。そう思ったガイウスだったが、ゲアトルースが自覚していないのだからどうしようもない。
「まあいいだろう。それでゲアトルースよ。ここなら存分に戦えるが、どうする?」
「どうするとはどういう事だ?」
「私とお主が戦う意味があるのかと聞いているのだ」
「……」
確かにガイウスの言う通りだ。
実際ゲアトルースは封印さえされないのであれば、態々他の守護竜達と事を構える必要はない。
大陸の制圧だの世界を征服するだのは、魔王であるヴァルデマーの夢であって自分の希望ではないのだ。
「…再び私を封印さえしないのであれば、お前と戦う必要はない」
「なら魔王に味方するのはやめればよい」
「それはできん。奴には封印を解いてもらった。それに…」
「増幅術師か」
増幅術師と聞いてゲアトルースがピクリと反応する。そして憎々し気に表情を歪めたかと思うと、ギリギリと歯を鳴らしてガイウスを睨みつけた。
「増幅術師さえいなければ、私は封印などされる事はなかった!あの忌々しいネストーレ王国の王子の力如き、簡単に跳ね除けられたわ!!」
「そうであろうな」
「ミンストレル国を滅ぼした事、私は後悔等しておらぬ!かの国は私の守護を乞いながらも、私の欲する者を奪ったのだ!!」
「だがそれが国を滅ぼす理由にはならぬ。お主も分かっておるだろう?我々は守護するもの。神に準ずる存在だ。守護を放棄し他の地へ行く事はあっても、恐怖の対象になる事は許されぬ」
「うるさい!!!!」
ブワッ!!と、ゲアトルースの魔力が放出される。そして二体の竜のいる空間が徐々に暗闇に支配されていく。
「私は…愛していた…、彼を、彼のいるあの国を…!だが私に愛を囁いたあの男は!私を簡単に裏切り、地位に目が眩んで王家と絆を結んだ!!そして詠ったのだ…!邪悪な竜に引き裂かれた運命の二人が、再び手を取り合う日が来る歌をな!!!!」
ゲアトルースが愛した人間の男は、良くも悪くも普通の人間だった。人並みに欲望や打算がある男だったのだ。
人間の姿のゲアトルースと出会った男は、その美しさに目が眩み愛を乞うた。
毎日毎日ゲアトルースの元に訪れ、愛を囁き続けた。
そうしているうちにゲアトルースも絆されたのだろう。吟遊詩人の男を愛するようになった。
けれどある日、男は見てしまったのだ。
ゲアトルースが竜の姿になり、ミンストレル国の王家に跪かれている所を。
自分が愛を囁いていた女の、恐ろしい竜の姿を。
そして、見目の良かったその男はその時初めてミンストレル国の王女を間近で見た。
ゲアトルース程ではないが人並み以上に美しい王女を見て、あっさりとゲアトルースを捨てたのだ。
自分は闇竜に気に入られている。
自分は闇竜にとって特別な存在だと王家に訴え、実際にゲアトルースと仲睦まじくしている所を態と見せた。
王家は誇り高き守護竜の側に行く事を許されている男を特別扱いしたのだ。
かの吟遊詩人を大事にすれば、さらに守護竜の恩恵にあずかれる。そう勘違いし、男の口車に乗り、王女の夫として迎え入れた。
そうとも知らないゲアトルースは、突然自分に会いに来なくなった男を心配し、けれど待ち続けた。
そして男が次にゲアトルースの元に来たのは、王女と婚姻をした後だった。
「なぜ…お前は私を愛していると言っていたではないか…」
「愛していましたよ。ですが僕は貴女の他に運命の人に出会えたんです」
「…なぜ…どうして…」
「竜だと知っていたら、愛しているなんて言わなかった」
だって人間じゃないでしょう?そう言って笑った男に、その男に寄り添っていた王女に。
「…滅びろ」
自分に平伏し、この国を守るよう乞うていた王家に。
自分の男を奪っていった、勝ち誇った顔をしたこの女に。
愛していると毎日のように囁いていた癖に、簡単に自分を捨てたこの男に。
平気で裏切る人間に。
失望したゲアトルースは己の力を開放するかのように、ミンストレル国を暗闇で覆った。
「…全員死ね。そして私を裏切った事をあの世で後悔するがいい」
こうしてミンストレル国は、たった一人の吟遊詩人の行いが原因で滅んでしまったのだ。




