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完成した魔剣

 エミール王国を出て二日後、イルナ達はようやく王都へと戻ってきた。途中コンラード領で一泊したので、全員がイエルハルドの屋敷でもてなされた。

 イルナは久しぶりのドロテアとの再会に、夜遅くまで色々と話をさせられたようで、時折眠そうに欠伸をしていた。

 すぐに帰ると聞いてイエルハルドが随分と駄々をこねたが、ドロテアに一蹴され(本当に蹴られ)泣く泣く諦めていた。


 イルナはイエルハルドが討伐に参加しない事を知り、意外だと驚いていた。が、国境を守る辺境伯軍が出払ってしまうと、別の意味で危ない。

 そういう理由でイエルハルドは留守番だ。


 とにもかくにも無事に王都に戻ってきたイルナ達は渋る護衛達を先に王宮へ戻した後、ベルカリスに言われた通り真っ先にエサイアスの元へ向かう事にした。



「イルナ様!あ、殿下もお疲れ様ッス!」

「お疲れ様。久しぶりね」

「俺はついでか」

「僕もいるんだけど」



 名前すら呼ばれなかったユリウスは不満そうだ。

 主人の婚約者の立ち位置が1番下と言うのもどうかと思うが、ウィクトルは第二王子でイルナはその婚約者だ。仕方ないが序列は最後尾だろう。



「あ、若旦那もお疲れ様ッス」

「ハイハイ、お疲れ様。で、わざわざ呼び出した理由は?ウィルも忙しいんだけど」

「そんな怖い顔しないでくださいよ」

「怖そうに見えるのは疚しいからだね」

「うわー、若旦那今日は機嫌悪い?」



引きつったような顔をしてエサイアスが後ずさる。機嫌が悪いかと聞かれたユリウスは、不気味なほどニッコリと笑顔を浮かべてエサイアスの頬をつねった。



「いだだだだだ!な、何するんスか若旦那!!」

「その呼び方なんとかならない?」

「だ、だってお嬢様の婚約者だから若旦那なんだけど…」

「お前ってホントそういう所庶民っぽいよな」

「いやぁ、それほどでも…」



 確実に褒めていないが、何故かエサイアスがテレている。喜ぶポイントが良く分からないが、このままだと話が一向に進む気配がないので、仕方なくイルナが口をはさんだ。



「あの、エサイアスさん。廃棄用の魔石にまた魔力入れましょうか?」

「え!?いいんですか!助かりますよ~、俺もお嬢様も魔力あんま無いんで結局あの中に放り込んでるんです」



 そう言ってエサイアスが視線を向けた先には、廃棄用の魔石がゴロゴロと入った大きな箱が置かれていた。

 それも5箱も。

 それを見たウィクトルが呆れたような目をしてエサイアスを見る。



「まさかエサイアス、イルナが来たら魔力を入れてもらうつもりで廃棄せずに置いてたのか?」



 ジトっと睨まれエサイアスが慌てだす。



「ま、まさか違いますよ!そりゃあ魔力入れてもらえたら助かりますけど、前にイルナ様が魔石を買い取りたいって言ってたんで、とりあえず捨てずに置いてただけですって!」

「怪しい」

「本当ですって!」



 ウィクトルが呟くとエサイアスが半泣きの顔で必死に叫ぶ。さすがにそろそろ面倒になってきたのか、ウィクトルはエサイアスの叫びを丸ごと無視し、工房の中を見渡して呟いた。



「それは置いておいて、今日はモーテンソン子爵令嬢はいないのか?」

「信じてくださいよ…。お嬢様はもうすぐ来ますけど」

「ベル、どっか行ったの?」

「さっきまでいたんですけど、若旦那が一緒なのを見て慌てて着替えに…」

「え?」


「エサイアス、お黙りなさい」

「あだっ!!」



 バシンと子気味いい音を立ててエサイアスの頭を背後からベルカリスが扇子で殴った。

 ユリウスが顔を上げると一瞬ベルカリスと視線が合う。けれどすぐにフイッとそっぽを向かれ、ベルカリスは扇子で顔を隠してしまった。

 そんな彼女の様子を見てユリウスが目を見開く。目元がほんのりと赤くなっているベルカリスを、信じられない物を見たような顔をして凝視していた。

 ユリウスの視線に気付いていたベルカリスは、わざとらしくコホンと咳払いをして視線だけユリウスに向ける。

 そして気まずそうではあるが少々不満気な顔をしてユリウスを見た。



「べ、別にユリウス様が来られるから着替えたのではありませんわ。王子殿下とご婚約者のイルナ様が来られたのに、粗末な服装でお出迎えするのはどうかと思ったから…」

「うん、ただいまベル」

「…おかえりなさいませ、ユリウス様」



 バツが悪そうにしているベルカリスをユリウスが嬉しそうにニコニコと見つめる。政略とか言っていたが、どうやら相思相愛のようでイルナ達も何となく暖かい目で二人を見ていた。

 けれど全く空気を読まないエサイアスがうずうずした様子で二人の間に割って入って来た。



「それよりもお嬢様、例の物を見せていいよな?」

「エサイアス」

「おう!」

「減給しますわよ」

「は!?何だよ急に!」

「仕方ないだろ、今のは」

「王子殿下まで酷くないっスか!?」

「僕とベルの会話に割って入るなんて、教育がなってないな」

「え、若旦那?目が怖いんスけど!?」



 自分が二人の邪魔をした自覚が全くないエサイアスがぶーぶーと文句を言い続ける。

 集中攻撃されているエサイアスが可哀そうになり、イルナが助け舟を出した。



「まあまあみんな、時間もあまりないんだしエサイアスさんのお話をそろそろ聞きませんか?」

「それもそうだな」

「そうですわね」

「うん、イルナ様の言う通りだね。ウィルも暇じゃないんだし、早く説明してくれるかな?」


「イルナ様だけしか優しくない…」



 がっくりと項垂れたエサイアスだったが、気を取り直して表情を引き締めた。

 そして工房の一角から長細い木箱を持って来てテーブルの上に置く。その箱のふたを取ると、見事な装飾が施された一振りの剣が姿を現した。



「これは…」

「はい。俺が作った『聖剣エース』です!」

「まだその名前にこだわってたの?」

「こだわるに決まってるだろ!魔剣第一号なんだから!」



 呆れた目をしてベルカリスが呟くが、エサイアスはふんぞり返って威張っている。完全に自分の名前から取ってつけているのが丸わかりだ。

 そんな二人を他所に、ウィクトルがその剣を手に取ってみた。



「これは…」

「あ、気付きました?」



 剣を握りしめたウィクトルは驚いたように目を瞠った。それを得意気な顔でエサイアスが眺める。そしてポケットから何かの腕輪を出し、テーブルの上にコトリと置いた。

 それを見てユリウスがエサイアスに尋ねる。



「これは?」

「これは以前に作った『武器に属性を付与する腕輪』ですよ」

「属性を付与…それってウィルが持ってる魔剣と同じって事?」

「似てますが違いますね。この腕輪は持ち主が自ら武器に魔力を流し、自分が扱える属性を武器に纏わせる物です。つまり属性を付与し続けるには常に魔法を発した状態でないといけません」

「それは…随分と実践向きではないね」

「そうなんっスよ」



 そこまで説明してエサイアスが疲れたように溜息をついた。けれどすぐに目を輝かせ、ウィクトルが握る剣を指さし説明を続ける。



「で・も!その聖剣エースは()()()()()()()()()()()()()()()なんです!つまり使い手が意識して魔力を流す必要がなく、常に聖属性が付与された状態になってるんですよ!」



 ビシッ!と指をさしたままエサイアスが嬉しそうにそう告げる。イルナとユリウスも思わずウィクトルの手元に視線を向け、マジマジと魔剣を眺めた。



「聖属性が付与された剣か。何だか敵を斬ってもすぐに回復しそうな代物だな」



 ウィクトルがポツリと呟くが、エサイアスが人差し指を左右に振りながら「チッチッ」とワザとらしく舌を鳴らす。どうでもいいが王子に向かってかなり失礼な態度に、堪忍袋の緒が切れたらしいベルカリスがスパーン!とエサイアスの後頭部を殴った。勿論扇子で。



「いってぇ!!何すんだよお嬢様!!」

「おだまりなさい。王子殿下に向かってさっきから…不敬にも程がありますわ」

「なっ、それならその都度注意してくれよ!」

「そんな事も自分で判断できないで何が男爵家子息ですか。貴族のご令息が聞いて呆れますわ」

「うっ…だ、男爵家なんて貴族の底辺だろ!どっちかってーと平民寄りなんだよ!」

「全く自慢できませんわね。男爵家も立派な貴族ですわ。領地を持ち領民を持つ身分でそんな馬鹿な事を言っているから勘当されたと言う事を分かっていませんわね」



 ベルカリスに呆れた目を向けられ、エサイアスがバツの悪そうな表情をする。が、気を取り直して魔剣の説明を続けた。



「あー、ゴホン。そんな事は置いておいて!」

「置いとくんだな」

「若旦那、話が先に進まないから口を挟まないでください!」

「わかったわかった」



 ユリウスに突っ込まれ、段々エサイアスの機嫌が悪くなる。これ以上横やりを入れてもいい事がないだろうとユリウスとベルカリスは口を噤む事にした。

 そんな二人の様子を確認したエサイアスは、ようやく話が続けられるとウィクトルに向き直る。そしてウィクトルから魔剣を預かると、それを掲げる様に持ち直した。



「この美しいフォルム!そして漲る聖属性の魔力!いいですか?王子殿下は闇竜ゲアトルースと戦うんでしょう?なら闇には聖!それに王子殿下は聖竜の守護者!もう運命のような剣だと思いません!?」

「…まあ、そうだな」

「この剣は聖属性が付与されてるので、簡単に言えばアンデッド系の魔物に強いです。それとブラッド系の魔物にもね」

「何だって?」



 エサイアスの言葉にウィクトルが反応する。



「ブラッド系の魔物は普通の魔物が狂化もしくは進化したモノだと言われてますよね。『魔』が強まった魔物なんですよ。だからめちゃくちゃ強い」

「ああ、その通りだ」

「けど弱点はある。それが聖属性なんです」

「それは初耳だが…」

「知らないと思いますよ。そういう情報は出回ってないっスからね」

「じゃあ何でお前が知ってるんだ?」

「ふっふっふっ、そこは色んな人達からブラッド系の魔物と戦った時の状況を詳しく教えてもらったからっスよ!」



 エサイアスの話によれば、冒険者を中心に魔物について聞いて回っていたらしい。どんな魔物がいてどんな攻撃に弱いか、属性はどうなのか、特徴から弱点までそれはもう細かくだ。



「何の為にそんな面倒な事をしたんだ?」

「それについては私が説明しますわ」



 ウィクトルの疑問にベルカリスがスッと前に出る。そして扇子で口元を隠しながらも不敵な笑みを浮かべた。



「何も調べたのはエサイアス一人じゃありませんわ。うちの従業員に手分けしてさせてますの。勿論戦える者は自ら魔物と対峙し、特性を記録しておりますわ」

「それはどういった理由なんだ?」

「簡単ですわ。商売の為です」

「商売?」



 いまいち要点を掴めないウィクトルが困ったように首を傾げる。見かねたユリウスがベルカリスに話の続きを促した。



「ベル、結果から言ってもらえないかな」

「そうですわね。簡単に言えば魔物図鑑を作ってますの」

「魔物図鑑って、そういうのはすでに図書館に行けばあるだろう?」

「そういう一般的な物ではなく、もっとマニアックな内容の本を作ってますのよ」

「マニアック…?」



 要は魔物の名前と見た目は勿論の事、出会った時の逃げ方や特徴、魔物がどんな風に攻撃してくるか等は図書館に置かれている魔物図鑑で事足りる。

 だがベルカリスは冒険者ギルドに提供する為の、もっと詳しい図鑑を制作しているのだそうだ。



「魔物から採取できる素材もそうですし、魔物からの攻撃に対する対処法や弱点、有効な武器や魔法。その他諸々の冒険者達が知りたい情報が満載の魔物図鑑ですわ。各属性毎に分けてますので、すでに5巻まで作り終わっていて、今はブラッド系の魔物についての図鑑を制作しているんですのよ」

「なるほど。初心者の冒険者が勉強する為に必要って事か」

「そのようですわね。今までもそう言った物は無い事はなかったらしいですけど、結構雑な内容だったようですわ」

「図書館の魔物図鑑を写したくらいの中身だったみたいっスよ」



 聞いているとモーテ商会と言うか、ベルカリスが仕切っているのならベルーカ商会だろうか。本当に幅広く色んな物を作っているようだった。



「魔物図鑑は置いておくとして、とにかくこの剣は常に聖属性が付与された状態と言う事か」

「そうっス。聖属性に強い相手でなければ問題なくダメージを与えられるんで、魔物に関しては殆どが効果あるんじゃないっスかね」

「そうだな…」



 改めてマジマジと眺める。そしてチラリとベルカリスに視線を向けた。



「で、いくらだ?」



 値段が気になるのは仕方ないだろう。何しろさっきからベルカリスの様子がおかしいのだ。ウキウキしていると言うか、楽しそうで仕方ない様子でこちらを伺っている。

 けれどベルカリスはニッコリと微笑むと、意外な事を口にした。



「無料で構いませんわ」

「「「「え!?」」」」



 ベルカリス以外の4人の声がハモる。まさかの無料との事に全員が目を丸くした。



「お、お嬢様本気か!?」

「ベル、ウィルは王子だからいくらでもぶんどっていいんだよ?」

「おいユリウス!余計な事を言うな!だが、無料と言われると何だか怖いんだが」

「ベルカリスさん、本当にお金いらないんですか?」



 全員が口々に騒ぎ出すが、ベルカリスは優雅に扇子で口元を覆い、ホホホと笑いながらも頷いた。



「勿論本当ですわ」

「それは有り難いが…」

「ですが、お金以外の物でいただきたいと思います」

「あ、やっぱり」

「だよなー」

「お金以外…」



 ユリウスとエサイアスが納得したように頷き、ウィクトルは嫌な予感がするかのように表情を歪める。

 そんな三人の反応は予想通りだったのだろう。ベルカリスは優雅な仕草でイルナに向かってニッコリと微笑んだ。



「イルナ様。魔剣の代金としてこちらにある廃棄用の魔石に魔力を入れてくださいませんか?」

「え」



 そう言って差し出されたのは別の箱に入れられた魔石の山だった。





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