出撃
晴れ渡る青空の下、王宮の一角に集まった兵士達の前に王と王太子が姿を現した。
が、皆一斉に驚いた表情を浮かべる。
それもそのはず、王であるアレクサンデルの容貌がすっかりと変わってしまっていたからだ。
「父上、皆驚いているようですよ」
「そのようだな。フフ、見ろあの騎士団達の顔。人がイメチェンしたのがそんなに驚くような事か」
「イメチェンって…変わりすぎだからですよ。ご自分でも分かってやってるでしょ」
「まぁいいではないか。クラウディアは素敵だと言ってくれたぞ」
「そりゃあそうでしょうよ」
呆れたように父親であるアレクサンデルをジト目で見るテオドールに、アレクサンデルは茶目っ気を出したように笑顔を向ける。その一歩後ろに控えていた宰相であるアラヌス・マオーラ公爵と、魔術師団長ロドルフ・ルーメン侯爵、第一騎士団長アンセム・オールコット公爵、その他騎士団長達が微妙な表情でこの親子のやり取りを聞いていた。
イメチェンと言ったアレクサンデルは伸ばしていた髭を剃り、髪を短く切りそろえていたのだ。それだけでも随分と若返ったように見えるのだが、何より国王の言動や行動が以前の国王からすっかりかけ離れていたのだ。
「これより魔王軍討伐の為グットルム渓谷へと向かう!!それに伴い討伐軍の責任者であった我が息子、テオドールに王位を譲る事をここに宣言する!!!!」
「は!?」
「「「「「おおおおおおお!!!!!!」」」」」
突然の宣言にテオドールがぎょっとする。が、背後に控えていたマオーラ公爵は平然としていた。その様子からすでにこの話は宰相であるマオーラ公爵には通している事が理解できた。
だが、理解できるのと納得するのはまた別の話だ。テオドールはギロリとアレクサンデルを睨むが、アレクサンデルはテオドールを無視して話し続けた。
「静まれ!!よってこれより魔王討伐軍の指揮は次期国王であるテオドールからこの儂…じゃないな、この私が引き継ぐ!!次期国王が死ぬような事があってはならんからな!異議がある者は今ここで申せ!なければ今後一切の苦情は受け付けんぞ!!!!」
「異議あり!!!!」
「…何でお前が異議を申すのだ、テオドール」
「急に王位を譲ると言われてはいそうですか、なんて言えるはずないでしょう!何をお考えですか!?」
「いやぁ、お前も立派に育ったしもう俺も好き勝手していいんじゃないかと思ってな」
「キャラ変わりすぎですから!何ですかその俺呼びは!そんな軽い感じはおかしいでしょうが!」
「恐れながら王太子殿下、アレクは昔っからそんな感じでしたよ」
「ルーメン侯爵…!?」
ボソッと背後から声をかけられ、テオドールが驚いて振り返る。するとロドルフどころかアラヌスやアンセムまで諦めたように遠い目をしていた。
「こうなってしまっては誰もアレク…いえ、国王陛下をお止めする事はできません」
「オールコット公爵まで…!」
「王太子殿下、少し落ち着いてください。とにかくこのような場での王位継承はできません。とりあえず魔王軍討伐が終われば正式に宣誓し、継承の儀を改めて行う予定になっております」
「本人を入れて進める気はないのか!?」
「国王の意向ですので何とも」
「おい!!」
珍しく慌てふためくテオドールだったが、ハッと気づいて周囲を見渡す。
するとポカンとこちらを眺めている兵士達の姿が視界に入り、ようやく頭が冷静になってきた。
それを見て満足そうにアレクサンデルが笑みを浮かべる。
「そうだ、それでいい。お前はどちらにしても次の王だ。前線には俺が出るからお前は後方でどっしりと大将らしく構えてろ」
「…父上、口調がもうどっかの傭兵みたいになってますよ」
「いいだろう、別に。元々40歳を過ぎたら引退するつもりだったんだ。クラウディアまで戦場に行くと言っていたのを説得した事をほめてもらいたいくらいだぞ」
「母上は王妃ですよ!?全く、何をお考えなんですか…」
ブツブツと文句を言うテオドールに苦笑しながらも、アレクサンデルはテオドールの頭をぐしゃりと撫でた。それに驚いたテオドールは飛びのくように一歩下がる。
「ちょ、皆の前ですよ!何するんですか!」
「まあまあ、かわいい息子を愛でるくらいいいだろう!それよりもお前達!!魔王軍と戦って命を落とすような事をするな!!必ず全員で無事に戻るぞ!!!!」
「「「「「おおおおーーーーっ!!!!」」」」」
士気はこれでもかと言う程に高まっているようで、兵士達からの熱気がすごい。頭痛がしそうな空気にテオドールはこめかみを押さえながらも怒りを抑え、気を取り直して前を見据えた。
「いざ、出撃!!!!」
第一騎士団長のアンセム・オールコット公爵の合図で全員が出発する。大軍の出撃に街もお祭り騒ぎだ。それもそのはず、国王自らが指揮を執るともなると民衆が沸かないはずもない。しかも王太子までもが出撃するのだ。
兵士達は一糸乱れぬ隊列で進軍し、まるで何かのセレモニーのようだった。
「何だこの騒ぎは…」
「仕方ないですよ。ここの所平和でしたし、こんな物々しいのは珍しいですからね」
呆れたようにつぶやくテオドールにキーンが苦笑する。そんなキーンの様子に不満気な顔をしたテオドールだったが、背後の集団に見知った顔がチラリと見えた事に驚いて目を瞠った。
「イオアンナ」
「え?」
「いや、イオアンナ嬢がいたように見えた」
「エスクレイド公爵令嬢ですか。まあいてもおかしくないでしょうね」
「は?」
キーンの言葉にテオドールが首を傾げると、キーンは事も無げに話を続けた。
「彼女は今回の討伐軍の回復隊のメンバーですから」
「はあ!?な、何故…!」
「そりゃあ彼女は聖属性魔法が使えますからね。聖竜ガイウス様の神殿の女官ですし、一応登録は神官になってますから」
「聞いてない」
「聞かないからでしょ」
イオアンナが以前レオンシオに鑑定された時は魔法使いと鑑定されていたが、聖女と言って街の人々を回復していた事もあり、聖属性魔法が得意と言う事もあって、所属そのものは神殿預かりとなっている。なので登録は神官と魔法使いの両方になっている。
それだけ聞くとまるで賢者のようだが、イオアンナは聖属性魔法以外の魔法がめっぽう弱い。なので神官と登録されていた。
「神官であれば今回の討伐軍に従軍するのは普通だし、回復役はいくらいても邪魔にならないからね」
「そうだが、彼女は女性だ。ましてや今は公爵令嬢だぞ」
「ですが…」
キーンが言いかけて口ごもる。それを訝し気に見ていたテオドールに、視線でイオアンナを指した。結構不敬な態度にはなるが、周囲の兵士達にあまり聞かれるような内容でもない。それにイオアンナに気付かれるとそれはそれで厄介だ。そう思って視線をイオアンナへと促した。
「何だ?」
「いいから、彼女をよく見てくださいよ」
「は?」
言われてイオアンナの様子を伺う。
「え」
思わず零れた声にキーンも無言でコクリと頷いた。
「何だ、あの格好は…」
「ですよねぇ」
まさに回復役とは言い難い、殺る気満々の気合の入った冒険者のようなスタイルだ。表情も鬼気迫るモノがあるようにも見える。
回復隊の一員だと言うのになぜか馬車ではなく馬上にいる。
「な、何なんだ」
「ま、彼女にも思うところが色々とあるんでしょうね」
「いや、そうれはそうだが」
「どっかの誰かさんの気を引く為に頑張るみたいですよ」
「え」
「涙ぐましいですよねぇ。騎士団や魔術師団の訓練所で随分と訓練してたみたいですし」
「回復役だろう!?何の訓練だ!?」
「さあ?」
「おい!」
腑に落ちないとキーンにまくしたてていると、ふいにイオアンナと目が合った。
途端にふにゃりと可愛らしく微笑まれ、らしくもなくテオドールの頬が赤く染まる。
「殿下?」
「な、何でもない。行くぞ」
不思議そうにキーンに見つめられ、慌てて顔を逸らした。
あのお茶会の日から自分がおかしい。好きだと告白されたのは初めてではないのに、今でもイオアンナのあの目を思い出す。
あれほど真っ直ぐ見られたのは初めてだった。他の令嬢は皆恥ずかしそうに俯き、そして上目遣いで見てくる。自分がどんな表情をすれば可愛く見えるのか知り尽くした表情だ。
だがイオアンナは真っ直ぐ睨むようにテオドールを見据え、何の飾り気もない言葉で好意を示した。
そんな彼女に惹かれている自分がいるのも多少なりとも自覚しているが、それでもまだ踏み切れない何かがあった。
いくらエスクレイド家に養子として入ったとしても、元は男爵家だ。他の貴族達を納得させるだけの決め手に欠ける。
「彼女は自分の立場を全てわかった上で今回の討伐隊に参加しているみたいですよ」
テオドールの心の声を読んだかのようにキーンが呟く。驚いてキーンを見ると、「妻から聞きました」と言って苦笑していた。
「お前の妻は有能な情報屋だな」
「まあ噂話の範疇を超えてますけどね。単に知りたがりなんですよ」
「聞いた話によると独自に諜報員を何人も抱えてるらしいじゃないか」
「そんな大げさなものではないですよ。皆友達だと言ってましたからね」
友達が情報収集に長けている方が恐ろしい。しかしその有能な妻を持つのが自分の側近なのだから、これはこれで頼もしい事に変わりはない。
「とにかく、エスクレイド家のご令嬢に怪我をさせる訳にはいかない。時々注意して見守るよう指示しておけ」
「わかりました」
ニコリと微笑むキーンにちょっと気まずそうな表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して前方に視線を向ける。
そして前を行く父の背中を眺めながら、魔王軍討伐へと進軍するのだった。
主役より周りのキャラが濃いよね(;'∀')




