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第二王女は暴走する


 夕刻、イルナは一人で西のオアシスへ赴いた。

 とは言っても徒歩ではなく、エミューに乗ってだが。



「来たわね」



 イルナの姿を見て口元を歪めるようにディルラバが嗤う。

 当初の予定ではウィクトルと共に向かうはずだったが、相手を油断させる為にまずは一人でディルラバの前に現れる事にした。

 できれば誘拐されるまでは助けに入らないと言う事になったので、キルスティから貰った転移オーブは置いていく事になった。

 そんな物を持っていたら確実に取り上げられるに決まっているからだ。


 その作戦にウィクトルは難色を示したが、ユリウスの提案でイルナの持っている転移オーブをウィクトルが持ち、いつでもすぐさま駆け付けられるようにした事で納得させた。

 イルナの様子についてはアーロンとコンチャが逐一報告する事になっている。

 諸々の準備を見ていたカーティスが非常に興味深そうだったが、そこは敢えてスルーさせてもらった。



「イグレシアス第二王女殿下。エミール王国の水源を汚してまで私を呼び出すとは、一体どのようなご用件でしょうか?」

「しらばっくれる気?」

「え?…あっ!」



 憎々し気に睨みながらも、ディルラバは自分の背後にいた護衛兵達に合図を送る。するといつの間には背後に回っていたカークとマルクに両腕を押さえられ、両手を後ろで縛られた。



「大人しくしてもらおうか」

「言う事を聞いていれば悪いようにはしないから」



 少しの罪悪感からか、カークとマルクは小声でイルナに話しかける。暴れられると思っていたがすんなりと手を縛る事ができたのを不思議に思い、イルナの顔を見た。が、その顔を見て二人の表情が固まる。



「あの、何で縛るんですか?」



 きょとんとした顔でイルナがカークに問いかける。まさかの無抵抗に二人は驚いていたが、その上この質問だ。思っていたよりも頭の悪い令嬢のようだと二人は考えた。

 イルナが縛られるのを見てディルラバがフンと鼻で笑い飛ばす。



「貴女が悪いのよ。きちんとわたくしを立てていればこんな事にはならなかったのだから」

「ちょっと意味が分かりませんが」

「貴女が!不相応にもイグナツィ様を目覚めさせ、あまつさえアイアース様に認められるなんて!そんな事許せるはずがないでしょう!?」

「はあ…」



 怒りをあらわにするディルラバに対し、どこか危機感のない様子のイルナに護衛兵達は戸惑う。普通は突然縛られたら泣き叫ぶはずなのに、この令嬢は何故平気な顔をしているのか。



「とにかくカーティス様の妃になるのはこのわたくしでなくてはいけないの!それなのに…ネストーレの侯爵令嬢の貴女がその地位におさまるなんて、わたくしは許さないわ!」

「私にはすでに婚約者がいますけど」

「そんな事関係ないわよ!アイアース様が貴女を妃にと言ったのよ!?覆されるに決まってるわ!そうなったら…わたくしの野望はどうなるのよ!!エミール王国の王妃になってお姉様を見返すつもりだったのに!!」

「そんな理由だったんですか。がっかりです」

「はあ!?貴女に何がわかるのよ!?」



 はあーっと盛大にため息をつくイルナを忌々し気にディルラバが睨み、ツカツカと歩み寄る。そして拘束されていて抵抗できないイルナの頬をパアン!と平手で殴ったのだった。



「…っ」

「貴女がいるだけでわたくしは王妃にはなれないの。悪いけど貴女には消えてもらうわ」

「消える…」



 ぽつりとイルナが呟く。それをディルラバはフンと嗤って周囲にひかえていた護衛達に視線を向けた。



「貴方達、この女を辱めてから殺して砂漠に埋めなさい」

「ディルラバ様、それはやりすぎでは…」

「うるさいわよ。死ねば誰も気付かないわ。わたくしの命令がきけないと言うの?」

「…しかし…」



 腐っても国に雇われている正規の兵士達だ。ディルラバのこの命令にはさすがにお互いの顔を見合わせて困惑している。

 そこへマルクが一歩前に出て、ディルラバに進言した。



「ディルラバ様。ここはエミール王国です。ただでさえご令嬢を呼び出す為に大噴水へ魔物の死体を放り込んで注意を引いているんですよ?今ここでそんな事をしている場合ではないんじゃないですかね」



 マルクの意見に賛成なのか、他の兵士達も無言だが頷いている。それを見てディルラバがイライラとしながらもマルクをキッと睨みつけた。



「ならどうしろってのよ!今更この女を呼び出した事を無かった事にはできないわ!」

「いやぁ、ですから一緒に連れて行けばいいんですよ」

「は!?」

「エミール王国を出てから始末すれば問題ないんじゃないですか?こんな場所で、しかもご令嬢を辱める時間もないですって。ただでさえ生活用水を使えなくしてしまったんだし、すぐに追手がつきますって」

「マルクの言う通りです。ここは彼女を連れてまずはエミール王国を出て、火竜山の麓付近で捨て置けばいいのでは」



 カークがマルクに付け足すように進言する。火竜山の麓は溶岩が固まった地面で覆われていて、かなりの地熱を持っている。人が住むような場所ではなく、水も植物も何もない。



「…確かにあの場所に捨てれば生きて行けないわね。最悪野盗にでも襲われるかもしれないわ」



 ニヤリと悪い笑みを浮かべるディルラバは完全に悪役だ。それを見て護衛兵達は気付かれないようにため息をついているようだ。

 そんな仲間達の様子を困ったように見ていたマルクだったが、気を取り直してディルラバを見る。



「とにかく彼女を馬車に乗せ、人目につかないようにしましょう。我々もエミール王国の衛兵達に不審に思われないよう、迅速にこの国を出るべきです」

「わかったわ。なら早くその女を荷馬車に放り込んでちょうだい」

「はっ」



 ぐいっと腕を引っ張られ、そのまま荷馬車へ放り込まれる。両手を後ろで縛られているのでバランスが取れず、思わず倒れこんでしまった。それを見て一緒に乗り込んだマルクが小声でイルナに呟く。



「ごめんね、お嬢さん。うちのお姫様、言い出したら聞かないんだ」

「…私はどうなるの?」

「一応辱めて殺すって命令は取り下げられたけど、火竜山に捨てろって言われてるから、申し訳ないけどそこで降りてもらう事になるね」

「そう」



 イルナがすんなりと受け入れた事にマルクが驚く。そしてじっとイルナを見つめ、不思議そうに尋ねた。



「怖くないの?」



 その質問に今度はイルナが目を丸くする。そしてクスクスと笑うと、マルクを見て微笑んだ。



「怖くないわ。だって私には頼りになる王子様がついているから」

「ネストーレ王国の第二王子の事?でも彼は今ここにいない。僕達は今から馬車でこの国を出るから、気付いていなければ君の行方は分からないだろ?」

「追いかけて来てもらえないのなら、自分で彼の元へ帰ればいいもの。でも残念だわ」

「…何が?」

「イグレシアス王女がもっと違っていたら、カーティス国王陛下と上手く行くように手伝えたのに」



 あれじゃあね、と言葉を続けるとマルクが驚いて目を瞠った。



「君、怒ってないの?」

「怒ってないと言うか、何も思わないだけ。この状況も自分で何とかできるから」

「どうやって?こうして縛られて馬車の中に転がされて、外には兵士達が何人もいる。君はどう考えても逃げる事はできないよ」

「そうかもしれないわ」



 イルナの物言いにマルクが眉を顰める。含むような、それでいて慌てる様子もないイルナが不気味に見えたのだ。



「…とにかく、変な気は起こさない方がいい。僕達もできるだけ君に手荒な事はしたくないから」

「そう、ありがとう」



 そう言ってイルナはようやく起き上がり、馬車の端へと座り直す。そして閉ざされた窓の方へと視線を向け、そのまま何も喋らなくなった。





 ※※※





 一方、アーロンとコンチャの通信でイルナの様子を伺っていたウィクトル達は、馬車に乗せられて国境へ向かった事を知るとすぐに追いかける準備をした。

 王宮の外へ出るとそこにはキルスティがビクトールと共にエミューに乗って待っていた。



「ウィル~!遅いよ!」

「キルスティ!ロウエル殿!」

「王子さん、軍馬ならともかく砂漠を走り慣れてねぇ馬はダメだ。相手は馬車だが砂漠に慣れた馬を引いている。追いかけるならエミューか、もしくはドレイクに乗る方がいい」

「ドレイクか。かえって目立たないか?」

「上空を飛んでりゃあ案外気付かないさ。それより…カーティス国王、おめぇも行くのかよ?」

「ああ、当然だろう」



 あきれたような目を向けられるが、カーティスは平然としている。それに対してウィクトルは少々嫌そうな顔をしてカーティスを見た。



「カーティス陛下。危険ですので王宮でお待ちいただいていいんですが」

「やめろウィクトル、気持ち悪いぞ。それに水源を汚した犯人を野放しにはできん。私は騎士団を率いて正規に追跡する。お前はどうせ勝手に動くんだろう?」

「当たり前だ。悪いがエミール王国の都合に俺の婚約者が巻き込まれたんだ。エミール王国側の意見は聞かない」

「お前に何か要求するつもりはない。それよりも無事に救出したらイルナ嬢には何かお詫びしよう」

「いらん」

「お前…心が狭いぞ」



 ジトっと半目で見られ、ウィクトルはバツが悪そうに視線を逸らす。これは勝手な嫉妬と子供っぽい独占欲だとは分かっているが、やはり守護竜であるアイアースにあんな事を言われれば、気にするなと言う方がおかしい。現にエミール王国の元老会ではアイアースの意見を尊重するよう進言している者も出てきているらしい。相手が友好国の第二王子の婚約者と言う事から、多少は慎重にするべきだとも言っているようだが。



「とにかく!イルナはお前に渡すつもりはない!彼女は俺が見つけた、俺だけの女だ。先の件を知った父上や兄上がカーティスにイルナを嫁がそうとするんなら、俺は彼女と共に国を出る」

「…お前、そんなに熱い男だったのだな」

「何とでも言え。お前にも唯一が現れればわかる」

「なら一生分からんだろうな」



 ヤレヤレと言った様子でカーティスが呟く。それを横目で見たウィクトルは、ビクトールが連れて来たドレイクに跨った。それにユリウスとシルヴァ、そしてアルフとボリスも続くようにドレイクに乗る。

 そこへキルスティ達が近付いてきた。



「ウィル!イルナをちゃんと連れて帰ってくるんだよ!」

「当然だ。お前も妊婦なんだからじっとしてろよ。ロウエル殿が気の毒だ」

「大丈夫だって!ね、ビクトール?」

「いや…じっとしててくれる方が俺は嬉しいが」

「えー」



 困ったように呟くビクトールにキルスティが首を傾げる。エルフと人間では体の丈夫さも違うらしいので、この辺は過保護になっても仕方がない。



「ユリウス様、お気をつけてくださいまし」

「ああ、ベルもここで大人しくしてるんだよ?間違っても昨日みたいに迷宮に入るような危険な事をしたらダメだからね」

「あれは…」

「ベル。君は僕の大切な人だ。それだけはわかってほしい」

「ユリウス様…」



 ユリウスの言葉にベルカリスの目が僅かに見開かれる。ほんのりと頬が赤くなっているのを見逃さなかったユリウスは、満足げに微笑んだ。



「じゃあね。エスクレイド公爵令嬢、ベルの事よろしく頼みます」

「えっ?わ、わかりました!」



 急に話を振られてイオアンナが慌てて返事をする。ユリウスの会話が終わったのを見計らったウィクトルは、上空を見据えて声を上げた。



「行くぞ!」



 その声を合図に全員が空へと飛びあがった。

 それを無言で見つめていたカーティスは、気を取り直すようにザックを見る。



「ザック、状況はどうだ?」

「はい。一先ずは落ち着いたと思われます。汚染された水も水の精霊達のお陰であと一刻程で浄化が終わるそうです」

「そうか」

「それと放り込まれた魔物ですが、ホーンラビットが数匹でした。いずれも死後数刻程で、まだ瘴気が色濃く残っている状態でした」

「ホーンラビットか。大した事のない魔物だな」

「ええ、ですので浄化も難しくはないでしょう。それと周辺の住民に聞き込みした所、異国の兵士が数人現れ、何かを泉に投げ入れる所を目撃していました。驚いて声をかけたそうですが、相手は馬に乗っていた事もあって、すぐに姿を消したそうです」

「それについてはイルナ嬢に送り付けられた手紙で分かっている。それにしてもイグレシアス王女は一体何を考えているんだ…」



 頭が痛いとばかりに額を押さえると、ザックもあきれたように溜息をつく。



「気に入られるどころか嫌われる事しかしませんね、あの王女は」

「だが振る舞いは気位の高い我儘な貴族女性そのものだ。イグレシアスは何を思ってあの王女を我が国へと派遣したのか…意味が分からん」

「色っぽい人でしたから、陛下にハニートラップを仕掛けるつもりだったんでしょうね」

「ぶっ」



 ザックの遠慮のない物言いにカーティスが思わず吹き出す。ハニートラップはカーティスには一番効かない方法だ。自国の王女を輿入れさせたいのであれば、もう少しカーティスの事を調べてからにするべきだろう。



「とにかく、我々も奴らを追うぞ。連れ戻して正式な処罰を与えてやろう」




 そう言ってニヤリと笑ったカーティスの顔がとても悪い顔だった事は、目撃したザックは誰にも言うまいと心に誓ったのだった。


 




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