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迷宮の外は修羅場でした

イフリートに抱えられながら地上へと降り立つと、そこにはあからさまに不機嫌な顔をしたウィクトルが立っていた。



「ウ、ウィル様…」

「イルナ、これはどういう事だ?」



助けを求めるようにビクトールを見たが、サッと視線を逸らされる。どうやら先に随分と怒られたようだ。

それもそのはず、前にエリクサーの制作依頼をして来た時は、イルナにはイグナツィを起こしに行く必要はないと、ビクトールがハッキリと言っていたからだ。人には役割があると。けれど度重なる攻略の失敗から一気に人手不足になり、結局キルスティに頼んだせいでイルナが迷宮に向かう事になったのだ。



「全く、ビクトールがあんな尤もらしい事を言っていたのを信頼した俺が馬鹿だった」

「いや、面目無ぇ」



呆れた目を向けて呟かれ、ビクトールが申し訳なさそうに頭をかく。そんなビクトールを憐みの目で見ていたイルナだったが、キルスティ達がいない事に気付く。それをビクトールに尋ねると、どうやら後方にあるギルドの休憩所で4人共休んでいるそうだ。ウィクトルに付き従っていたユリウスも、ベルカリスの姿を見て一緒に中にいるらしい。

 それを聞いて安心したその時、頭上から大きな羽音と共に竜が降り立ち、周囲に控えていた冒険者達や騎士達が驚いて目を見開いた。



『騒がしいじゃねーか。何だ一体』

「イグナツィ様…!」



 イルナがその名を叫ぶと、その場にいた全員が驚いたように目を見開いた。そして一斉に跪く。その光景にイルナが驚き慌てて自分も跪こうとするが、それをイグナツィが遮った。



『イルナ、お前は跪かなくていいぜ。何しろ()()()()()()()()()()女だからな』



 そう言いながら地上に降り立ち、ニイッと口の端を上げて笑みを浮かべた。その言葉にイルナが驚いて何かを言おうとしたその時、塞がれていた入り口がようやく掘り起こされたらしく、中から数人の女冒険者達が出てきた。

 それを見てイグナツィがフンと鼻を鳴らす。



『ようやく目覚めたと思ったら迷宮の外は男だらけでがっかりしたが、俺の中にこれだけ沢山の女が入ってたのかよ。ならまぁ、この状況も許してやるか』



 何とも言えない内容を言い放つイグナツィに周囲の人達は呆気に取られる。何というか、とても俗っぽい守護竜だ。半ば呆れたように見ていたウィクトルだったが、突然空がフッと陰った。それと同時にイグナツィの顔が驚いたように目が見開かれる。



『やはりお前のようなアホは永遠に眠っておるのが良かったのじゃ。目覚めさせるのは反対だと言ったであろう?カーティスよ』

「言ってはいたが…なかなか楽しそうな守護竜様じゃないか」

『フン、わらわは好かん』


『アイアースじゃねぇか!久しぶりだなぁ!』



 背にカーティスを乗せて飛んできたアイアースを見て、イグナツィが嬉しそうに声を上げた。その前にアイアースが言っていた「アホ」発言は完全にスルーだ。

 地上に降り立ったアイアースからカーティスは降り、それを見計らってイグナツィとアイアースが淡く光りだす。まさかと思ったイルナとウィクトルは、慌てて兵士達が身に着けていたマントを借りて二人の元へ向かった。



「アイアース様、こちらを羽織ってください!」

「イグナツィ様はこちらを」



 イルナとウィクトルが二人にマントを渡す。その姿は素っ裸の人間の姿だった。



「うむ、すまぬな」

「いえ」

「おい、俺はイルナからもらいたかったが」

「申し訳ありません。アイアース様のお姿を男の俺が見る訳にいきませんので」

「…まぁ、しゃーねぇか」



 マントで肌を隠したが、どうにも落ち着かない。そう思っていたがいつの間にかビクトールがギルド職員に指示を出し、二人に合う服を用意させた。迷宮からボロボロの姿で出てくる冒険者が多い為、衣服の用意が休憩所にされてるらしい。


 二人が服を着たらしく、ようやく視線を向けられるようになる。と、今度はその姿の美しさに目を奪われるようで、その場にいた全員が呆然と守護竜達を眺めていた。



「アイアース、相変わらずいい女だな。まだ俺のモノになる気はねぇのか?」

「あるわけなかろう。お前のような軽い男など願い下げじゃ」

「お前程の女を手に入れられる男は、世界広しと言えども俺くらいだろう?」

「同じセリフをゲアトルースにも言っておったのを、わらわが知らんと思うておるのか?」

「げ、あ、あれは…まぁ、挨拶みてーなモンだろ。俺の本命は今も昔もお前だけだぜ」

「ならこのふざけた迷宮は何じゃ!男が入ると噴火が起こる等、趣味が悪いにもほどがある!」

「それくらい大目に見てくれてもいいだろ。どうせ俺の中に入れるんなら男より女がいいに決まってるし」

「そういう所が好かんのじゃ!!」



 何だろう。突然痴話げんかのような事をはじめた二匹の(?)竜に、一同ポカンとしてしまう。困ってしまったイルナがイフリートに視線を向けると、イフリートは平然と二人の事を見ていた。



「イフリート様、あのお二人って…」

『うむ、昔からああなのだ』

「え」

『しばらく待っていれば終わる。それよりも私も一度消えるとする』

「あ、そうですね。ありがとうございました」

『ああ、ではな』



 コクリと頷いたイフリートが姿を消した。そしてそれを驚いたようにカーティスが見ていた事に気付き、思わずウィクトルの後ろにそっと逃げる。ウィクトルもカーティスに視線を向け、そっと頭を下げて挨拶をした。



「エミール王国カーティス国王陛下、このような場でお会いできるとは思ってもみませんでした」

「やめろ、ウィクトル。というか、そちらの女性は?さっきの…アレは何だ?」



 嫌な相手にイルナを見られたと、ウィクトルは舌打ちしそうになる。けれど表面上は平静を装い、イルナの肩に手をまわしてカーティスに紹介した。



「俺の婚約者のイルナ・ルーメン侯爵令嬢です。絶対譲りませんので気に入らないでください」

「ちょ、ウィル様!」

「お前…どういう紹介の仕方だ。というか、何故ネストーレ王国の侯爵令嬢がこんな場所に?」

「それは…」



 正直に言ってしまっていいのか言いよどむ。ビクトールの依頼でエリクサーを作り、キルスティに届けに来たのはいいが、人手不足でどうにもこうにもいかない状態だったのを見ていたキルスティに半ば強引に連れられ迷宮に入ったのだ。ベルカリスとイオアンナは完全に不可抗力だが。

 何と答えるべきか困っていると、ビクトールがこちらに向かって近付いて来た。そしてカーティスを見て困ったように眉を顰める。



「カーティス国王、こんな所にまで来るたぁどういう事だ?見た所付き添いの騎士もいねぇようだが」

「ん?ああ、まあな。急にアイアース様に連れて来られたのだ。それよりここにザックはいないか?」

「ザック?あの宰相の息子か?」


「カーティス陛下!!何故ここに!?」

「ザックか、丁度良いな」



 カーティスの姿を見つけたザックが、慌ててカーティスの元へ駆け寄ってきた。そしてスッと頭を下げる。



「こちらも丁度良かったです。実は…」


「まあっ!カーティス国王陛下ではございませんか!もしかしてわたくしが迷宮に入った事を聞いて迎えに来てくださったのですか!?」

「…イグレシアス王女殿下。なぜここに…」



 まさに今その事を伝えようとしたところだとザックに耳打ちされ、うんざりする。よく見ると彼女が連れて来ていた護衛達の姿も確認でき、すぐに彼女の考えが読めた。



「イグレシアス王女、貴女が何故迷宮から出て来られた?」

「まあ!うふふふ、それはわたくしの価値をアイアース様に認めてもらう為ですわ!こうして護衛の兵士も入り口に待機させ、女性だけのパーティーに入れてもらいましたのよ」

「……なるほど。あまり言いたくはないが、他国の王女殿下にあまり危険な真似はしていただきたくない。護衛の者達も王女の行動をしっかり見張ってもらわないと困るな」

「あら。彼らはわたくしの言う事を聞いて今こうしていますのよ?それに腕の確かな冒険者達に守ってもらいましたので、怪我もありませんわ」



 うっとりと妖艶な笑みを浮かべてカーティスの腕に触ろうとするのを、ザックが寸前で遮る。その行動にディルラバがサッと顔色を変え、目を吊り上げて怒りをあらわにした。



「無礼者っ!従者の分際で…!」

「申し訳ございませんが、気安く我が主に触れないでいただきたい」

「何ですって!?わたくしがイグレシアス国の第二王女だと知っての行動なの!?」

「それは存じませんでした。が、イグレシアス国の王女殿下だとしても、我がエミール王国の国王に婚約者でもない身の上で触れる事は許させません。以後お気をつけください」

「はあぁ!?」



 しれっと言ってのけるザックは表情を崩すことなく頭を下げる。それを聞いていたイルナは、彼女がイグレシアス国の第二王女だという事実に少なからず驚いていた。まあ、態度からどこかの王族だとは思っていたがそれがイグレシアス国だとは。

 イグレシアス国の国王は、今回の魔王討伐にも難色を示し、結局同盟に入らなかったのだ。自分の国は関係ないと言いはったとウィクトルから聞いている。その時のカーティスとテオドールの呆れ具合と怒り具合は微妙だったとか。

 そのイグレシアスの王女が見て分かるくらいにカーティスに媚びようとしているのだ。何ともみっともない。

 とまあそんな様子をウィクトルの隣でぼんやり眺めていると、ディルラバがとんでもない事を言い出した。



「そもそも、火竜イグナツィ様を起こしたのはわたくしですわ。ですので、わたくしこそエミール王国の王妃にふさわしいのではなくて?」

「…は?」



 さすがにこの言葉にカーティスは元よりビクトールやウィクトルも訝し気な視線を向け、嫌悪感を露わにする。そんな周囲の様子にも全く気付く事なく、ディルラバはペラペラとしゃべり続ける。



「そこの…名前は知りませんけど、その男性の隣で間抜けな顔をしている女性は、わたくしの協力者ですの。彼女にはわたくしが命令してイグナツィ様を起こす役目を与えましたのよ。ねえ、そうでしょう?」

「はあ…?」



 ギロリとにらまれ、とんでもない事を言い出す。そもそも迷宮で会ったのが初対面だ。そんな命令された覚えはない。イルナがポカンとしていると、不快そうなウィクトルがイルナの前にスッと立ち、ビクトールに視線を向けた。その視線を受けたビクトールは小さく頷くと、後ろにいたギルド職員に何か指示をする。



「イグレシアス国の第二王女殿下と聞きましたが、何故イルナが貴女の命令をきく必要が?」

「…何ですの、貴方は?無礼な…」

「失礼、俺はネストーレ王国の第二王子、ウィクトル・カーン・ネストーレだ。彼女はネストーレ王国の侯爵令嬢で俺の婚約者だ。何故ネストーレ王国の第二王子妃になるイルナがイグレシアス国の王女の命令を聞く必要がある?」

「え…」



 ウィクトルの言葉にディルラバが目を見開く。まさかそんな人物だとは思ってもみなかったらしく、思わずイルナを凝視した。



「あ、貴女!侯爵令嬢でしたの!?」

「あ、はい。一応そうですが」

「なっ、なら何でそんな冒険者のような恰好をしてるのよっ!」

「それは…迷宮に入るので動きやすい服装にしただけですが」

「はあ!?それでも王子妃なの!?わきまえなさいよ!!」

「は、はあ…」



 ディルラバがイルナに食って掛かってくる。が、イルナは彼女の勢いに押されながらのけぞるように後ずさった。それを遮るようにウィクトルが再びイルナの前に出る。



「わきまえるのは貴女の方では?イルナがイグナツィ様を起こした事実はイグナツィ様に聞けばわかるでしょう。実際先ほどイグナツィ様ご自身でその事を口にしていたんだ。それなのに人の手柄をとるような真似をする等、王女にあるまじき行為だと思わないのか?」

「なっ、わ、わたくしを愚弄する気!?わたくしは…わたくしはエミール王国の王妃になるのよ!?」



 えらい剣幕で言い切るディルラバに驚き、ウィクトルがカーティスへと振り返る。



「…そうなのか?」

「そんな予定はない」



 カーティスは疲れたような、どこか遠い目をしながら全力で否定した。それを見てディルラバが青い顔をしてカーティスに縋るような視線を向ける。



「…な、何故、わたくしでは駄目なのですか?身分も、わたくし以上の者はいませんわ…!」



 ウルウルと目を潤ませてディルラバが問いかける。そのまま抱き着こうとしたディルラバを、ザックが間に入り込んで阻止した。ここまで邪険にされるとさすがに同情しそうになるが、イルナが口をはさむような事でもないので黙って見ている事にする。

 カーティスはと言えばたじろぐような顔で後ずさりながらも、仕方がないとばかりに溜息をついた。



「…正直に言おう。貴女のような女はタイプではない」

「……!!!!!!」

「特にそのギラギラした目や底知れぬ野心が嫌いだな。例えアイアース様が認めても、私は貴女を娶らない」

「そ、そんな…」



 ガックリと膝をつくディルラバに、護衛の一人であるカークが駆け寄ってきた。



「ディルラバ様…!」

「カーク…」

「さあ、お立ちください」

「え、ええ…」



 そっと手を取りヨロヨロと立ち上がるディルラバを、どこか冷めた目でカーティスが眺める。するとようやく痴話げんかが終わったらしいアイアースが、カーティスの隣にスッと立った。



「わらわもそなたを認めぬぞ。そもそも最初にそう申したであろう」

「だ、誰よあなた…」

「む?わらわが変化する所を見ておらなんだのか?」

「イグレシアス第二王女、この方は水竜アイアース様だ」

「え…!?」



 カーティスの言葉にディルラバが息をのむ。自分こそが絶世の美女だと思っていたディルラバだが、アイアースの美しさの前には霞んでしまうと思ってしまった。

 美しい水面を現すかのような水色の髪に、透き通るような白い肌。深海の藍色の瞳に、サンゴ色の唇。まさに水の妖精かのような姿だ。



「あ、貴女がアイアース様…」

「そうじゃ。さっきからそう申しておるじゃろう。それより、イグナツィの阿呆を目覚めさせたのはそこにいるお前じゃな?」

「え」



 唐突にアイアースに話を振られ、イルナが驚いて声を上げる。するとアイアースは品定めするようにイルナをじっと見つめ、そしてニッと口の端を持ち上げて笑みを浮かべた。



「そなた、よい魂と魔力の色をしておるな。カーティス、この者を妃とするがよい。お主の相手に申し分ない女子じゃ」


「「「え!?」」」



 アイアースのとんでもない言葉に、イルナとウィクトル、それにカーティスの声が見事にはもったのだった。




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