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イグナツィの目覚め

「あれがイグナツィ様…」



 ベルカリスが感動したように呟く。よく考えれば子爵令嬢が守護竜に会う事なんて殆ど無いに等しい。それをこんな間近で見られたのだから、感動するのも当然だろう。


 一方イオアンナは聖竜の巫女の選定で聖竜に会っている。なので竜を見る事自体には驚きはなさそうだ。



「イルナ、エリクサーを」

「うん」



 キルスティに促され、イルナがエリクサーを持ってイグナツィに近付く。ゴクリと喉を鳴らし、一呼吸して心を落ち着かせ、手にしたエリクサーをイグナツィに振りかけた。


 キラキラとエリクサーがイグナツィに降り注ぎ、イグナツィの体が赤く光る。そして閉じていた瞼がゆっくりと開くと、ギョロリとイルナに視線を向けた。



「っ!」



 思わず息を飲んで後ずさるが、イグナツィの動きは殆どない。ただ視線だけがこちらに向けられ、そして再び瞼が閉じようとしていた。



「イルナ様、もう一瓶お使いください!」



 シルヴァに言われてハッと気づき、イルナがカバンからもう一つエリクサーを取り出す。そして再びイグナツィに振りかけると、今度はゆっくりとイグナツィが立ち上がった。



『……気持ちいい…、何だコレは…』



 第一声は「気持ちいい」だった。

 立ち上がったイグナツィがイルナに視線を向ける。イグナツィの視線を受けたイルナは姿勢を正し、スっとお辞儀をした。



「お初にお目にかかります、イグナツィ様。私の名はイルナ・ルーメンと申します。お体の調子はどうでしょうか?」

『お前が俺を起こしたのか?』

「起こしたと言いますか・・・まあそうなりますね」

『何だ、ハッキリしない物言いだな。まあいい、それよりもさっき俺に振りかけたアレは何だ?』

「エリクサーです」



何というか、これまた横柄な態度の守護竜様だ。何となくビクトールを思い出さなくもない。

そんな事を思っていると、イグナツィがイルナに顔を近づけてきた。突然の行動に驚いて仰け反ると、少し楽しそうに目を細める。



『そんなに驚くことはないぞ。それよりエリクサーはまだ持っているのか?』

「は、はい。お望みであればお渡しします』

「よし!寄越せ!』



そう言われて渡さない訳にもいかず、イルナは恐る恐るエリクサーをイグナツィに差し出す。するとそれをカポっと瓶ごと咥え、ごくんと丸呑みした。



『うおおお、めちゃくちゃいい気分だ・・・!力が漲るぜ・・・!』



興奮するようにイグナツィが叫ぶ。その声の大きさにイルナ達が思わず耳を塞ぐが、イグナツィは興奮したように翼を広げて飛び上がった。



『火山の噴火の力よ!俺の力の源となれ!』



イグナツィが唸ると同時に地震が起こる。その揺れの激しさに立っていられなくなる程だった。



「きゃあっ!」

「エ、エスクレイド公爵令嬢!大丈夫ですか!」

「え、ええ、モーテンソン子爵令嬢こそ…!」

「私は大丈夫ですわ!ですがイルナ様は…」



そう言って2人がイルナへ視線を向けると、イルナは意外にもビクともせずに立っていた。





 ※※※





『…起きたようだな』

「え?」



 聖竜ガイウスがピクリと耳を動かし遠方の空を眺める。その呟きを拾ったカロレッタが不思議そうにガイウスを見た。



「起きたとは、何の事ですの?」

『ククク、我が同胞とでも呼べばよいのか…イグナツィが起きたようだ』

「まあ、本当ですの?」

『本当だ。少々忙しくなりそうだ』



 そう呟くとガイウスが楽しそうに目を細めた。




 ※※※




『……起きたようじゃの』

「ん?今何と」



 エミール王国の水竜の間で、アイアースがポツリと呟いた。それをたまたま居合わせたカーティスが不思議そうな顔をして尋ねる。するとアイアースは不本意とでも言いかねない表情で、吐き捨てるように呟く。



『聞こえんかったか?イグナツィの奴が目を覚ました』

「それは本当か、アイアース!」

『カーティスに嘘をついてどうなる?それよりも…』

「?」



 カーティスが歓喜の声を上げるが、アイアースはいまだ不満そうだ。が、不敵な笑みを浮かべてカーティスを眺め、そして泉から完全に姿を現したのだった。




 ※※※




『イグナツィ、目覚めたか』

『アートゥーア様!それ本当!?』

『イグナツィ様目覚めた!?』



 アートゥーアが呟くと周囲にいたピグミー達が一斉に喋りだす。それを微笑ましそうに眺めながら、アートゥーアが頷いた。

 そこへグノームが姿を現す。



『グノームか』

『アートゥーア様、やはりイルナが起こしたようじゃよ』

『そうか。あ奴のエリクサーは格別の効果があったからな。イグナツィが目覚めるのも頷ける』

『フォッフォッフォ、さすがはワシが契約した人間よのぉ!』

『お主がと言うよりも、さすがは増幅術師(アウキシリア)と言ったところだろう』



 そう言って揶揄うような視線をグノームに向ける。



『アートゥーア様は意地悪じゃ』



 少し不貞腐れたようにグノームが呟いたのを、ピグミー達やアートゥーアが笑った。





 ※※※





「イルナ、大丈夫?」

「うん、平気。キルスティこそ大丈夫?」

「私は問題ないよ。シルヴァもね」

「ですが後ろの二人は地べたに這いつくばってます」

「えっ」



 シルヴァの言葉にイルナが振り返ると、確かにそこには座り込むベルカリスとイオアンナの姿があった。

 思わず二人の方へと駆け寄ろうとしたが、それをイグナツィに遮られる。



『待て。イルナと言ったか、お前。お前から懐かしい魔力を感じるが…これは何だったか…』

「懐かしい…ですか?」

『ああ、そうだ。思い出したぜ。アイツだ、アルセニオだ。…ん?お前まさか…増幅術師(アウキシリア)か?』

「!」



 イグナツィの言葉に驚き、思わず後ろの二人を振り返る。するとベルカリスとイオアンナも目を見開いてこちらを見ていた。



「アウキシリアって…テオドール様が仰ってた、魔王が探している職業(ジョブ)の…」



 イオアンナがポツリと零す。実は王宮の庭園で聞いていたが、直接聞いたのは今だ。そしてベルカリスもそれに同意するように言葉を発した。



「確かに、魔王がしきりに探していると聞いてますわ。まさかそれがイルナ様ですの…?」



 まずい。二人を信用していない訳ではないが、重要機密事項なのだ。それに自分がアウキシリアだと隠している事で、被害を受けている街も沢山ある。それをどう思われるか考えると、イルナはこれ以上二人を見る事ができなくなった。

 けれどその時、シルヴァが二人の元へ近づき、座り込んでいた二人に手を差し伸べて立ち上がらせる。



「その話、人に喋ったら殺すわよ」

「「ひっ!?」」



 ニッコリと微笑みながらシルヴァが二人を脅し、二人が思わず悲鳴を上げそうになる。それを見てキルスティがやれやれと言った様子でシルヴァに窘めるように言い放つ。



「シルヴァ、冗談が過ぎるよ」

「冗談のつもりはありませんよ」

「そんな事イルナは望んでないでしょ」

「…失礼しました」



 チラリとイルナを見たシルヴァは無表情で二人に頭を下げる。が、ベルカリスもイオアンナもコクコクと頷き、なぜか二人手を取り合っていた。どうやらよほど怖かったらしい。



「あの…お二人とも…、今の話は……」

「大丈夫ですわ。誰にも言いませんので。ね、エスクレイド公爵令嬢?」

「も、もちろんです!でも…テ、テオドール様は…」

「多分知ってると思うわ」

「なら大丈夫です!」



 どこまでもテオドール優先のイオアンナにイルナが苦笑する。するとイグナツィが地上に着地し、じっとイルナ達を見つめた。



『いいねぇ、女だらけだ。それも全員極上の人間の女だぜ。なんだかいい匂いもするし、やっぱ女は最高だなぁ!』

「そ…そうですか…」



 何だか言ってる内容がオジサン臭い。だがイグナツィがご機嫌なのは助かる。



「あの、イグナツィ様。お目覚めの所申し訳ないですが、良ければお話を聞いていただきたいです」



 イルナが恐る恐る進言すると、イグナツィがピクリと表情を動かす。



『いいぜ、お前は特別だ。見目もいいし俺好みだしな。それに極上のエリクサーを貰ったんだ。言ってみろ』

「あの、それでは…」



 色々おかしな発言はあったが、イルナはかいつまんで今の状況を説明する。そして遠慮がちに願いを申し出た。



「…と言う訳で、ゲアトルースと魔王に対抗する為に手を貸していただきたいのですが」

『……』



 イルナの申し出を聞いてイグナツィが黙り込む。そして少し面倒臭そうな顔をしたイグナツィが、イルナに向かって返事をした。



『んー、正直気が乗らねぇんだがなぁ』

「…そう、ですか」

『何だ、意外にあっさり納得するんだな』

「それは…この事は人間の都合ですので。ゲアトルースは闇竜ですが元はイグナツィ様と仲間でしたし、難しい問題かもしれないと思ってました」

『他の奴等は何て言ってんだ?』

「ガイウス様は協力してくださるそうです。恐らくですがアートゥーア様も。残念ながらアイアース様にはまだお会いした事がないので分かりませんが、ツェツィリア様も協力してくださると仰ってました」

『へぇ、そうなのか』



 何だか掴めない竜だ。何が気が乗らないのか、原因が分かればいいのだが。そんな事を考えていると、急にイグナツィが不機嫌な顔をした。



『何だぁ?この部屋の外で騒いでる女がいるな。お前らの知り合いか?』

「違うよ。全然知らない人だけど、なんかついて来たんだよ」

『おっ?お前…ひょっとしてモコシュの娘か?』

「うん、そうだけど、会った事あったかなぁ?」

『モコシュそっくりじゃねぇか!娘のお前もいい女だなぁ!』

「それはどうも。それより外の人がどうかしたの?」



 安定のキルスティはイグナツィに対してもタメ口だ。そこはかとなく安心してしまうのは何故だろう。



『腹が真っ黒な女が騒いでやがる。女は好きだが腹が黒い奴は苦手だ』



 と、イグナツィが呟いた。どうやら彼女はイグナツィのお気に召さないタイプらしい。けれどいくら騒いでいても中に入れないのなら害はないだろう。あの扉は通常の魔力では開かない仕組みだったのだから。


 そう思っていると、突然空気がビリビリと振動し、辺りに緊張が走る。何事かと全員が警戒すると、イグナツィは逆に嬉しそうに口角を上げて笑みを浮かべた。



『来たな、アイアース』

「え?」

『イルナとその仲間達、俺と共に外へ出るぞ』

「え?え、でもどうやって…」

『簡単だ、こうするんだよ!』



 そう言ってイグナツィが咆哮する。すると部屋の中央の床が光りだし、イルナ達5人を光が包み込んだ。



「きゃあっ!なんですのっ!?」

「ルーメン子爵令嬢!イルナ様!」

「キルスティ様!」

「みんなっ!キルスティ!」

「大丈夫だよ~、コレ、転移の魔法だから」


「「「「え!?」」」」



 ベルカリス、イオアンナ、シルヴァ、イルナの順で声を発すると、呑気な調子でキルスティが呟く。それに他の4人が驚いたと同時に、周囲が一瞬にして真っ白になった。



「「「「「え」」」」」



 気づいたら迷宮の外に出ていたのだが、問題は場所だ。



『あ、しまった。お前ら飛べねーんだったな』



 火竜と共に現れた場所は、火山の上空だった。



「「「「「ええええええええ!?」」」」」



 見事に全員の声がハモる。と、次の瞬間5人全員が落下した。



「きゃあああああ!!」

「や、やだああああ!!!!」

「ベルカリス!イオアンナ!!キスルティ様!!!!」

「イルナ~!二人はシルヴァと何とかするから、イルナは自分で何とかしてね~!」

「え!?じ、自分でって…!!」



 そう言いながらも落下していく体に硬直しそうになる。キルスティとシルヴァは風の魔法を使って二人を助け、自らも浮かんでゆっくり落下をしていた。

 どうやら一人につき一人が限界らしい。そうでなければイルナにだけ「自分で何とかしろ」なんて言わないだろう。

 急降下する体に血の気が引き、咄嗟にイルナが叫んだ。



「イフリート!!!!」



 次の瞬間イフリートが現れ、イルナの体をしっかりと抱きとめたのだった。



『なかなか楽しそうな事をしているな』

「イフリート様!た、助かりました…!」



 しっかりとイフリートにしがみ付いて礼を言うと、バサリと大きな羽音を立ててイグナツィが近寄ってきた。



『よお、イフリートじゃねぇか。久しいな』

『イグナツィ様。人間をこのような上空に転移させるのはどうかと思いますが』

『悪い悪い、俺も一応助けようとは思ったが、俺が近づくと余計に遠くへ飛ばされちまうだろ。どうすっかなーと思ってたが、お前のおかげで助かったわ。あのエルフ二人も役に立ったし、かたい事言うなよ』

『イルナが死んでいたらどうするのです』

『最悪咥えて助けるつもりだったぜ』

「え」



 咥えるとは、あの大きな口でと言う事だろう。落ちる前に空中でキャッチするつもりだったらしい。考えただけでゾッとするが、イフリートが助けてくれたので良しとしよう。深く考えたら負けだ。

 するとその時、キルスティがイルナに向かって何かを叫んだ。聞こえ辛くてもう一度と叫び返すと、今度はキルスティの声がしっかり聞こえてきた。



「そろそろ限界だから、先に転移オルビスで地上に行ってるね~!」



 そう言うのと同時に4人は光りに包まれ、そしてあっという間に消えてしまった。どうやら力尽きて落ちる前に転移したようだ。

 イルナはイフリートに抱えられながら、イグナツィと共に地上へと降りて行ったのだった。





 

パソコンが壊れた…( ノД`)


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