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久しぶりの小父さん達

 ベルカリスとエサイアスに魔道具の作成を依頼してから数日後、ルーメン家に珍しいお客様が訪問してきた。

 珍しいと言っても事前にきちんと訪問するとの連絡があったようで、ロドルフとカロレッタはすんなりと応接室に通して対応をしていた。

 そこへイルナが呼ばれる。両親のお客様が自分に一体何の用かと思いながらも、言われるがまま応接室に足を運ぶと、そこにいたのは意外にも懐かしい人だった。



「よお、お嬢ちゃん。久しぶりだな!」

「イルナァァァ!会いたかったよぉぉぉ!!」


「えっ、ビクトールさんとイエルハルド小父様…?」



 軽く手を挙げて挨拶するビクトールとは対照的にイエルハルドはイルナに抱き着こうと飛んでくる。が、寸前でロドルフがイエルハルドを叩き落し、グリグリと足で踏みしめていた。



「ぐっ…、ズルイぞロドルフ…!ちょっとくらいスリスリしてもいいじゃないか…!」

「お前のは知り合いのおっさんの域を超えているからダメだ」

「そんな!半年もイルナの面倒を見たのは俺だぞ!」

「それは感謝してるし礼も渡しただろ」



 冷めた目で見られてイエルハルドが言葉を詰まらせ、ロドルフの足を乱暴にどけてソファに座りなおした。それをクックッと喉の奥で笑いながらビクトールが眺めている。



「相変わらずだなぁ、おめぇら。ロドルフも聞いていた以上に娘を溺愛してるようで何よりだぜ」

「溺愛ではない。普通に愛情を持っているだけだ」

「まあ、ロドルフ様ったら。イルナに聞かれて照れてらっしゃるんですね」

「カロレッタ、余計なことを言うんじゃない」



 そう言えばビクトールは元ネストーレ王国の騎兵隊の兵士だったと言っていた事を思い出す。イエルハルドとも知り合いだったのだから、ロドルフと面識があってもおかしくない。というか何でエミール王国のギルドマスターなのか謎だ。


 そんな大人達のやり取りにイルナがきょとんとしていると、ビクトールがそれに気づく。そしてニカッと屈託ない笑顔を向け、そして本題に入った。



「イルナお嬢ちゃん。実はお前にお願いがあって来たんだ」

「えっ、お願いですか?」

「ああ。ちっとばかしポーションを作って欲しいんだよ」

「ポーション…ですか」



 ポーションと言われも色々種類がある。エミール王国のギルドに卸したポーションはスプリームポーションだったが、同じものが欲しいのだろうか。そう思って首を傾げると、ビクトールが苦笑しながらも溜息をついた。



「スプリームポーションはまだあるぜ。俺が欲しいのはエリクサーだ」

「え」



 エリクサーと言われて目を見開く。そして思わずロドルフに視線を移すと、ロドルフは難しい顔をしながら腕を組んで黙っていた。



「あの、エリクサーを何に使うんですか?」

「ん?ああ、火竜イグナツィを起こす為だ」

「え!」



 イグナツィを起こす旅はそろそろ行かないといけないと思っていた所だ。だが、何故ビクトールが態々ルーメン家に来たのだろうか。そんな頼みならキルスティに言えばパパっと転移して来るのに。

 そんなイルナの疑問に気付いたのか、ビクトールが面倒そうに頭を掻く。そしてポツリと吐き捨てるように呟いた。



「エミール王国のカーティス国王からの直々の依頼だ。キルスティには頼めねぇだろ」

「え、国王様から…ですか?」

「ああ。地竜アートゥーアに風竜ツェツィリアをお前とネストーレ王国の第二王子が起こしたと聞いてな。火竜は我が国の領土のすぐ近くにいるのだから、我が国の者が起こしに行くのが道理だとか言いやがって。お陰でエミール王国の王国騎士団が炎の迷宮へ向かったんだが、まぁ簡単に言えば失敗したんだよ」

「下調べもせずに行くからだ」

「ロドルフ様ったら」



 ロドルフがボソリと毒を吐くと、カロレッタが困ったように窘める。だが、ビクトールもイエルハルドも同意見らしく、うんうんと頷いていた。



「イルナが作ったエリクサーで守護竜達が起きた事は、エミール国王は知らないんだよ。ビクトールもあの時護衛で雇った冒険者達も、そこは絶対に言わないと約束しているからな」

「ああ。だが二度成功している上に俺達が同行しているのはバレてる。どうやって起こしたのかと執拗に問われてるんだ」



 つまりこういう事だ。

 顧客との信用問題に関わるので、詳細は教える事ができない。が、起こす為の手段は用意して手伝うとカーティス国王と約束したらしい。ギルドの決め事に王家とは言え無暗に踏み込む事はできない。そこを押し通されると今後の冒険者達の仕事に支障をきたすからだ。

 だがその時イルナはふとある事を思い出し、ビクトールに疑問を投げかけてみた。



「あの、ネストーレ王国のテオドール王太子殿下にエリクサーをお届けして、水竜アイアース様の呪いを解消したのではないのですか?あの時地竜アートゥーア様が仰っていたように、アイアース様に協力してもらったらどうでしょうか」

「あー…まぁ、それも国王に伝えたんだがなぁ…」



 何だか歯切れが悪い。意味が分からずに首を傾げると、ビクトールが困ったように眉根を寄せた。



「水竜アイアースが言うには、火竜イグナツィは男嫌いなんだと」

「は?」

「だから、男が炎の迷宮に入ると攻略は失敗するらしいぜ」

「え、でもイグナツィ様は眠ってらっしゃるんですよね?だったら男性が来たかどうかなんて分からないんじゃないですか?」

「あの迷宮自体がイグナツィの意思を反映されたモノだそうだ。最奥にイグナツィがいるにはいるが、アレはイグナツィの体内と同じだと思った方がいいと、アイアースが言ってたそうだ」

「え…」



 火竜イグナツィが男性を嫌うので、騎士達が向かうと炎の量が格段に増えるらしい。侵入を阻むように炎の壁が現れ、とても奥に進むことができない。逆に女性騎士や女性の冒険者なら炎の大きさが格段に小さくなるらしく、女性だけで攻略するしかないとの結果が出た。

 だが、それで最奥の火竜が眠る場所まで辿り着いたとして、起こす手段がないと意味がない。エリクサーが必要な事は分かっていたので予めキルスティから分けてもらっていたが、不測の事態で急遽使ってしまったそうだ。



「不測の事態だと?」



 ロドルフが訝し気にイエルハルドを見ると、イエルハルドも静かに頷く。ビクトールは急に神妙な顔をし、他言無用だと言いながら話してくれた。



「実はな、炎の迷宮に向かった騎士団の団長がエミール王国の大公殿下だったんだが、こっちの言う事を聞かずに怪しげな宝箱を拾ってきてよ、中に入ってた装備品を身に着けちまったんだ」

「まさか…」

「ああ、お察しの通り呪われた装備だった。当然呪われてのた打ち回りだしたもんだから、仕方なくエリクサーをぶっかけたんだよ。お陰で呪われた装備は解けてなくり、大公殿下も一命をとりとめた」

「エミール王国の大公はバカなのか」

「そう言ってやるな。お前も会った事あるだろう?ホラ、カロレッタに執拗に付きまとってたあいつだ」



 ロドルフが吐き捨てるように言うと、イエルハルドが付け足すように説明をする。それには余計に表情を歪め、不機嫌そうに呟いた。



「死ねば良かったんじゃないか。エリクサーを使うなど勿体ない」

「ロドルフ様…昔の事ですから…」



 カロレッタが苦笑するが、ロドルフは面白くなさそうだ。それに使われたエリクサーはイルナが作った物だ。自分の娘が間接的に大公を助けたという事実も気に入らない。そんなロドルフの心情を察してか、ビクトールは苦笑しながらも話を続けた。



「まあまあ、とにかくえらい目に合ったもんだから、大公殿下は騎士団長の任を降りたんだよ。だからまぁ、実質隠居だな」

「それは喜ばしい。二度と表舞台に出て来ないよう、呪いでも飛ばしておこう」

「やめとけって!お前相変わらずカロレッタの事になるとすぐ熱くなるのな。いい歳なんだからどうにかしろって」

「うるさい。大体ビクトール、お前もいい歳をしていつまでも独り身でフラフラしおって。それにギルドマスターをするのも、何もエミール王国でならなくても良かっただろうが。何故ネストーレ王国を出た?」

「別に深い意味はねぇよ。ネストーレ王国のギルドマスターはまだ健在だし、丁度エミール王国のギルドマスターが引退するって話があったから、まぁ転勤だな」



 しれっと言ってのけるビクトールに対してロドルフが青筋を立てて怒りをあらわにする。そんな彼らのやりとりを大人しく見ていたイルナだったが、結局話が前に進まないので思い切って意見を言ってみる事にした。



「あの、ビクトールさん。私はエリクサーを作るだけでいいんですか?」

「ん?」

「さっきの話だとイグナツィ様を起こすのは女性でないとダメなんですよね?」

「ああ、その事は心配すんな。イルナお嬢ちゃんは曲がりなりにもネストーレ王国第二王子殿下の婚約者だろ。それに悪いが今回はエミール国王からの依頼だから、お嬢ちゃんが行く事はできねぇよ」

「では女性の冒険者の方達で行かれるんですか?」

「そうだ。だからこっちの事は気にすんな。それに人にはそれぞれ役割ってモンがある。お嬢ちゃんはエリクサーを作るって大事な任務がある。これは他の誰も変わりはできねぇが、ダンジョンに潜るのは誰でもできる」



 それはそうだろう。イルナは冒険者でもないし、戦闘もそれ程得意ではない。前回はアルフ達が手伝ってくれたお陰であそこまで行けたのだ。それに見知らぬ者同士でいきなり迷宮に潜るのは褒められた事ではない。連携も取りにくいし、意思の疎通も上手くいかないだろう。



「…わかりました。ですが、エリクサーを作る材料が…」

「ああ、それならキルスティから預かってるぜ。ホレ、受け取れ」

「わっ」



 ポイっと麻袋を掘り投げられ、反射的にそれを受け取る。袋の中を覗き見ると確かにエリクサーの材料がきちんと入れられていた。



「工房はイエルハルドのコンラード領のお嬢ちゃんの家でやるといい。キルスティが少しばかり庭を弄ってるらしいから、王都で作るよりも環境はいいはずだ」

「何故コンラード領で態々作る必要があるんだ」

「材料も機材も全て揃っているからだ。王都で揃えるには時間がかかるし、万が一誰かに知られたら困るのはお前だろ」

「……その為にイエルハルドを連れて来たのか」

「そういうこった」



 どうやらイエルハルドと一緒にコンラード領へ向かう事になるらしい。転移オーブで向かえばすぐだが、正式な依頼があってビクトールがエリクサーの手配をするのに1か月程の猶予が与えられたそうだ。それなのにすぐに出来上がっても問題があるし、それに毎回オーブで転移する事に慣れるのも良くない。一応秘密の移動手段なのだから、普段はきちんとした交通手段を取るべきだと諭された。



「お父様、お母様。行ってきていいですか?」



 イルナが二人に視線を向けると、ロドルフは明らかに不機嫌だったがカロレッタは苦笑を漏らしながらも頷いていた。



「大切なお役目ですから行ってらっしゃい。でもきちんとウィクトル殿下にはお伝えしておくのよ?」

「はい。手紙を書いて届けます」

「それがいいわ。あの子はイルナにぞっこんだから、黙っていなくなったら使い物にならなくなるもの」

「そ、そこまではさすがに…」



 酷い言われようだが、ロドルフを見るとうんうんと頷いている。イルナの前では完璧な王子様のウィクトルが、使い物にならない状態なんて想像できない。だがいつもきちんと言わずに出かけたりする事をウィクトルに責められていたのも事実なので、今回は手紙を書くことにした。ケット・シー通信という便利なものがあるが、コンチャはキルスティの所にいる為連絡手段は手紙しかなく、キルスティのお陰で随分楽させてもらっていた事に今更ながら気付かされた。


 出発は翌朝、何とイエルハルド小父さんが最近購入した魔法車両で向かう事になった。

 少し前に国王であるアレクサンデルに、ウィクトルと共に火竜イグナツィを起こす為の旅に出ると言ったばかりだったが、どんどん状況が変わって来る。男性が嫌いだと言う変わった竜なので、ウィクトルが同行すると竜の間にはたどり着けないだろう。



「はぁ…」



 自室からバルコニーに出て夜空を眺める。手紙はもうウィクトルの元に届き、きっと読んで怒っているだろう。また勝手に自分を置いて出かけるのかとか言われそうだ。

 困った事にそう言われる事を想像しても、少しも嫌な気持ちにならない。それだけ自分はウィクトルが好きなんだと改めて実感していた。


 するとその時、自室の扉をノックする音が聞こえ、イルナはあまり考えずに入室を許可する。扉が開く音がし足音が聞こえたので振り返ると、少しだけ息を切らせて髪が乱れたウィクトルが立っていた。



「え、ウィル様?」

「イルナ!」

「は、わっ!?」



 ガバッと抱き着かれ、目を白黒させる。何だかこういう事よくあるなぁなんて呑気に考えていると、ウィクトルが少し落ち着いたらしく体を離してくれた。



「コンラード領へ行くと、手紙に書いてあったが」

「はい。火竜イグナツィ様を起こす為のエリクサーを、エミール王国の大公殿下に使ってしまったそうですので。それに…」

「火竜が男嫌いと言う話だな」

「ええ、アイアース様が言ってるので間違いないとは思います」

「…全く、どんな守護竜だ」



 本当にそうですよね。

 イルナもそこは大きく賛同する。



「俺も一緒に行きたい所だが、今回はエリクサーを作る為だけだと手紙に書いてあったから、ユリウスには遠慮しろと言われてしまった」

「まあ、ユリウス様らしいですね」

「笑いごとじゃない。だが俺も今回は王宮での仕事を優先する。早く片付けて君を迎えに行くよ」

「わかりました。コンラード領でウィル様が来るのを待ってますね」

「ああ」



 フワリと笑顔を向けられ、胸が温かくなる。そしてその後王宮を抜けて来たウィクトルを追いかけて来たユリウスによって、ウィクトルは王宮へと連れ戻されて行ったのだった。




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