告白します
謁見室に入るとすでにそこには国王と宰相であるマオーラ公爵、それに文官達が数名立っていた。それを見てウィクトルが国王に進言する。
「父上、ルーメン侯爵及びルーメン侯爵令嬢を連れて参りました」
「うむ、ご苦労だった。ではそなたの話を聞こう」
「その前に、マオーラ公爵以外の方には席を外していただきたい」
ウィクトルの言葉を聞いて、文官達がざわめき出す。
「何故でございましょう、王子殿下。我々がいては困るような内容なのでしょうか?」
「わざわざ言わねば分からぬか?」
「で、ですが書記官をはじめとする我々文官が記録するのは」
「その必要はない」
きっぱりと言い放つウィクトルに文官達が眉を顰める。そしてチラリとイルナに視線を向けると、呆れたように言い放った。
「ご自身の婚約者殿は同席させるのに我々は駄目だと、そう申すのですね?」
「何が言いたい?」
「王子殿下は少々婚約者殿に甘いのでは?いえ、これは私だけの意見ではございませんよ」
「そうですなぁ。ようやくお決まりになられた婚約者殿を大切にされるのは分かりますが、少々盲目的ではございませんか?何なら他のご令嬢達とももう少し交流を持たれては」
「黙れ」
好き勝手言い出す文官達にウィクトルが刺すような視線を向ける。さすがに文官達もひゅっと息を飲み、一斉に黙り込んだ。成程、イルナがいない隙にと令嬢達を紹介してくる貴族が多かったが、一度探らせるべきだなとウィクトルが考える。そしてその空気を和らげるかのように、ユリウスがにこやかな笑顔を文官達に向けた。
「まあまあ、そのようにあからさまに嫌味を言わずとも、記録でしたらこの私がやっておきますよ。さあ早く退出してください。あ、出口分かります?」
「…!クッ、この若造が…!」
どっちがあからさまだと文官達が罵る。それをずっと黙って見ていた国王が、我慢ができないとばかりに笑い出した。
「わはははは!ククッ、すまんがお前達の負けだ。それに謁見の予定を入れての話ではあるが、これは私的な内容も含まれる。悪いがそなた達は退出してくれ。衛兵、頼む」
「はっ!」
「へ、陛下!」
しぶしぶ文句を言いつつも文官や書記官が退室された。そして残されたイルナ達はようやく静かになった謁見室で、小さく息をついた。
イルナには実は今日この場でやろうと思っている事があった。
それは、自分の職業を国王に告げる事だ。
勿論そんな事をすればロドルフやカロレッタ、それにウィクトルにも叱られるだろう。彼等が自分の身を案じて必死に隠してくれていた事を考えれば、今からやろうとしている事は彼等の努力を無駄にするのと同じだ。
だが、イルナはどうしてもルスランやジャックが使う魔法を増幅魔法として公表したくなかった。何故だか分からないが、あれはアルセニオの残した増幅術師の使う魔法と同じだと思われたくない。
そんな曖昧な気持ちで自分の事を言ってしまってもいいのかとも思うが、今まで国王に隠してきた事にも罪悪感がある。父であるロドルフは国王であるアレクサンデルとは友人関係だ。それなのに、彼に秘密を持たせている事にも心が痛んだ。
イルナがそんな事を考えているとは知らない国王は、優し気に微笑みながらもウィクトルに問う。
「さて、人払いまでして儂に何の報告があるのだ。文官を追い払うのであれば、晩餐の時にでも話せばよかろう?」
「いえ、改めてマオーラ公爵やルーメン侯爵にも同席していただきたかったので。それに、準備もありましたし」
「準備?」
「その前にルーメン侯爵から父上に報告があるそうです」
ロドルフが指名され、国王の前に進み出る。そしていつの間にか用意していた書類をマオーラ公爵に手渡すと、淡々と説明を始めた。
「まずは先日増幅術師の素質があると判明した魔術師達の様子ですが、彼等は増幅魔法ではなく強化魔法を開発いたしました。が、見ている限りあの魔法は戦争では大いに役に立ちますが、闇竜ゲアトルースを再び封印するとなると役には立たないでしょう」
「どういう事だ?」
「詳細はマオーラ公爵にお渡しした報告書にてご確認ください」
そう言うとマオーラ公爵が書類を国王に手渡す。それを黙って目を通し、大きく溜息をついた。
「成程、やはり簡単にはいかんようだな」
「はい。彼等には当初の目的の通り『魔術師団に増幅術師がいるらしい』という程度の噂を世間に広め、魔王の目を欺く為の囮になってもらいます。どうせ戦闘になれば魔術師団も出動しますので、この辺りは問題ないかと。ほんの数分でもこちらの攻撃の威力が上がれば、向こうに増幅術師がいると思わせる事もできますので」
「うむ、わかった。宰相、この件に関してはテオドールにも書簡を出しておけ」
「わかりました」
マオーラ公爵がコクリと頷いた。それを見て今度は国王がロドルフに尋ねる。
「それで、イルナはどうなのだ?イルナも対象者であっただろう」
「イルナは…」
言いかけて言葉を止める。そしてロドルフがイルナをじっと見つめ、ふうっと息をついて首を横に振った。
「それは私にはわかりかねます。何しろ未知の職業ですから」
しれっと言ってのけるロドルフにイルナは半ば呆れる。先日のヴェレスの話ではアルセニオは処刑などされていなかった。それならば自分の身も安全だと言えるはずだ。
それに、イルナはアレクサンデル国王を信じたい。その想いもあって、今日は真実を告げるつもりでいるのだ。
「陛下、私からも少しよろしいでしょうか?」
「よいぞ。言ってみなさい」
イルナが進言すると、国王は快く頷く。少しだけ緊張する自分を励ますように、胸の前で右手をぎゅっと握り締め、小さく深呼吸した。
「実は先日、豊穣の精霊王ヴェレス様と契約をしました」
その言葉に国王とマオーラ公爵、そしてユリウスが驚くように目を瞠る。
「今日はこの場にヴェレス様をお呼びし、陛下にもお話を聞いていただきたいと思うのですが」
「…何と、イルナは毎回儂を驚かせてくれる。イフリートに引き続きヴェレスだとは。ロドルフ、お前の娘は大したものだな」
「いえ、まだまだです」
「精霊王と契約をしていてまだまだとは、謙遜するにしても嫌味だぞ」
「うるさい、アラヌス」
マオーラ公爵が呆れたように呟くが、ロドルフは子供のようにそっぽを向く。三人の会話を聞きつつも、実はグノームとも契約しているのは秘密でいいのだろうかと考えると、何だかおかしくなって苦笑を漏らした。
「あの、それでここに呼んでも構いませんか?」
「勿論だ。豊穣の精霊は人前になかなか姿を現さないと聞いている。それなのに精霊王とは、是非とも話をしてみたい」
「わかりました。では…」
ニコリと微笑んでイルナが頷くと、契約の腕輪を掲げるように左手を上げる。そしてイルナ自身も天を仰ぐように上を向きその名を呼んだ。
「豊穣の精霊ヴェレス様、私の元に姿をお見せください」
するとイルナの腕輪が新緑の光を放ち、辺りを包み込む。そしてキラキラと木漏れ日のように光が散り、空中から緑の髪の美しい男性が姿を現した。
『呼んだか、イルナ』
「ヴェレス様」
精霊語で語りかけてくるヴェレスに応えるように笑顔を向け、跪く。するとヴェレスにそっと手を引かれ、ゆっくりと立ち上がらされた。
『そのように跪く必要はない。私とお前はすでに契約した関係だ。対等だと思えばよい』
「有難うございます」
契約の腕輪の効果なのか、精霊語を話すヴェレスの言葉が理解できる。けれど他の人達は何を言っているのか分からないようで、少し戸惑っているようだったが、それ以上にヴェレスの姿に驚いているようだ。
「何と美しい……イフリートとは全く違うな……」
「本当に。豊穣の精霊とはこのように美しい存在だったのですね…」
国王とマオーラ公爵がヴェレスの姿に見惚れているようだ。ふと周りを見るとロドルフやユリウスも驚いたような顔をしてこちらを凝視していた。
「イルナ、魔法陣を」
ウィクトルに促されてイルナは慌てて懐に入れていた布を取り出す。そしてそれを床に敷くと、ヴェレスにそこに立つようにお願いをした。
「翻訳の魔法陣です。これで陛下ともお話できますので」
「ほう、そのような物まで用意していたとは」
国王が感心したように呟く。イルナは少し苦笑しながらも、ヴェレスに国王を紹介した。
「ヴェレス様。あちらにいらっしゃいますのが我が国の国王でございます」
「国王か。ならばアルセニオの親族と言う事だな」
「はい、そうです」
ヴェレスの言葉に国王の目が見開く。
「貴方様は我が先祖であるアルセニオ・ブランシャールをご存知なのですか?」
「勿論だ。あ奴とは友と呼べる存在だった」
「何と…」
国王が驚きの余り言葉を失っているようだ。隣にいるマオーラ公爵も同じような顔をしている。
「その、ブランシャール公爵は…」
「妻と子供に恵まれ、幸せに暮らしていたぞ。文献には残されていないだろうが、あいつは一度里帰りもしていた。天寿を全うし、今はもう死んでしまったが」
「そう…でございますか…」
「へ、陛下。これは一体どういう事でしょうか?ブランシャール公爵は処刑されたのでは…」
「う、うむ…いや、実は…」
ハッと気付いたようにマオーラ公爵が国王に質問すると、国王もばつが悪そうな顔をしながらもどうしたものかと考えあぐねているようだ。
「人間とは理解できん。アルセニオはまさしく救う者であった。だと言うのに国の都合で存在を消されてしまう。私はあの時程アルセニオに増幅術師という職業を授けた事を悔いた事はない」
「な、何と…増幅術師はヴェレス様が授けられたと言われるのか…!」
「正確には少し違うが。たが、そんな事はどうでもいいだろう。それよりも人間の王よ。お主の知りたい事を聞くがいい」
何だか説明が面倒だったのか、結構重要な事をヴェレスはさらっと流す。そして何でも聞けと言わんばかりの態度のヴェレスに、国王は興味深そうに質問をぶつけた。
「では、魔王と名乗る者が現れ、増幅術師の命を差し出すよう要求しておりますが、それは何故でしょうか?」
国王が核心を突く質問を投げかけると、ヴェレスはフンと鼻で笑って見せた。
「そのような事も分からぬのか?ゲアトルースは増幅術師の力で自身を封印されたと言っても過言ではない。ともなれば再び封じられる事を恐れての事だろう」
あっさりと答えを言われ、全員が押し黙る。予想はしていたがやはりそういう理由なのだろう。人間の力で闇竜に対抗する事は不可能に近い。だからこそアルセニオは増幅術師の力を手に入れ、闇竜の封印を成功させたのだから。
「では、増幅術師は存在するのですか?」
国王が問う。その問いにロドルフやウィクトルが一瞬動揺し、顔を上げる。ヴェレスはしばらく黙っていたが、意味深にイルナを見つめ、イルナが頷いたのを見てニィッと口の端を上げて笑って見せた。
「いるではないか」
「は?」
「ヴェレス様!!」
思わずウィクトルが叫ぶが、ヴェレスはしれっとしている。そして驚く国王がもう一度ヴェレスに尋ねた。
「それはどういう事ですか?」
ゴクリと喉を鳴らす音がする。誰かが息を飲んだ。そしてその時、すっとイルナがヴェレスの一歩前に進み出て、真っ直ぐに国王を見据えて立ち、ヴェレスがイルナの手を取りニヤリと笑った。
「イルナが増幅術師だ」
ヴェレスが言葉を発した後、辺りは一瞬にして静寂に包まれたように静かになった。




