適正検査
「増幅術師を増やすだと?」
ルーメン家の執務室で訝し気な顔をしてロドルフがイルナをジロリと眺める。その視線を気にする事なくイルナはしっかりと頷く。
「はい。前から思ってたんですが、私以外にも増幅術師の適性がある人がいると思うんです。何人かの人がそうなれば私の存在を隠す必要もないんじゃないかって思って…」
これはイルナがずっと疑問に思っていた事だった。自分は偶然王宮の図書館であの本を見つけ、増幅魔法を身につけた。だが、ひょっとしたら他にも増幅魔法を扱える人がいるのではないのかと思ったのだ。
「確かに増幅術師であったアルセニオ・ブランシャール王弟殿下はこの魔法を誰にも教えずに処刑されたのかもしれません。でも、逆に言えば沢山の人達に教えれば使える人も増えるんじゃないですか?」
「イルナ、前にも言ったはずだ」
「え?」
「増幅術師は危険な存在だ。不用意に増やす行為は許されん」
「でも…」
確かに魔王軍が攻めて来た時、イルナの増幅魔法で騎士団や魔術師団の人達の能力を一時的に増幅する事ができた。それは複数の増幅術師がいれば軍全体の能力を上げる事ができると言う事だ。
そうなれば必然的に戦力が増強され、その元となる力の源である増幅術師は色んな意味で狙われる。もしかしたら他国にもこの魔法が伝わってしまうかもしれない。
「ブランシャール公爵はただゲアトルースを封じる為にこの魔法を生み出したのだ。決して他国と戦う為ではない。だからこそ理不尽な処刑にも応じ、魔法そのものを一切誰にも引き継がなかった。だが…」
そこまで言ってからロドルフが口を噤む。そしてイルナをじっと見つめ、諦めるような顔をして視線を落とした。
「だが彼は、こうやって次の後継者たる者にだけ受け継がれるよう、あの本を残していた。エルフの娘の話では、あの本は増幅術師でなければ見つける事ができないようになっているそうだな」
「そう…言ってました……。でもっ…!」
「イルナ」
「は、はい」
「私はお前があの本を見つけて増幅術師の職業を持つ事になったのは、偶然じゃないと思っている」
「え…」
それはどういう意味なのかと首を傾げると、ロドルフは大きく溜息をついた。
「ゲアトルースの復活だ」
「で、でも、私があの本を見つけたのはゲアトルースの復活を知る前で…」
「だがヴァルデマーがエミール王国からいなくなり、魔窟島にある祠から封魔の杖を持ち出し守護竜達を眠らせた時期と一致する」
「え……」
「守護竜達が眠ってしまう程の大事件だ。我々もしっかりと調べている。お前が王宮の図書館に通うようになった頃がその頃だ」
知らなかったのは当然だろう。国家間では情報を交換しているだろうが、無駄に世間に知れ渡れば人々の不安を煽るだけだ。貴族の上層部くらいしか知られていない状態だったのだから、イルナが知るはずもない。
「お父様、陛下に相談してはいけないのですか?」
「…アレクを信じていない訳ではない。だが、あいつは国王だ。国の為に考え行動しないといけない。私はあいつの友として、辛い決断をさせたくない。勿論私もカロレッタもお前を失うなんて以ての外だ」
「ですが…このままではヴァルデマーが無駄に人々を襲い続けるかもしれません」
「その時の為の魔王討伐連合軍だ」
「ではせめて、鑑定だけでもしてみませんか?」
「何?」
鑑定だけしてどうなると言うのか。そう問いた気にロドルフがイルナを見る。
「私の知り合いの…教会の方が鑑定の魔法が使えると聞きました。魔術師団の方達だけでも増幅術師の適性がないか調べる事ができるかもしれません」
「適性があった場合どうする気だ?」
「実際には増幅の魔法を教える訳ではないので使えませんが、増幅術師は魔術師団にいると周囲に伝える事はできます。適性者はいるが魔法は知らないとなれば、こちらもあちらも対応が変わってくるのでは…」
「……ふむ」
だがその案だとイルナも鑑定を受けなければいけない。何故ならイルナは一応魔術師団所属だからだ。実質魔法の訓練をさせる為に所属させたのだが、まだ退団していない状況だ。魔術師団に所属する者達を鑑定うと言うのであれば、イルナも含まれる。
「お父様、心配しなくても大丈夫です」
「どういう事だ?」
自分が鑑定されて周囲に増幅術師だとバレる事を父が危惧しているのだと感じたイルナは、ロドルフに向かって微笑む。
「鑑定で私が増幅術師だと分かっても、増幅魔法を使えなければ意味ないですよね?」
「…そういう事か」
「はい。ですので大丈夫ですよ」
「しかし…」
イルナが言いたい事はわかった。魔術師団の鑑定でイルナがアウキシリアと鑑定されたとしても、肝心の魔法がどんなものか分からなければ使えない。イルナが増幅の魔法を使う事を知っているのは家族とイエルハルド、そしてウィクトルとユリウスだ。そして今現在ウィクトルもユリウスもこの事を国王であるアレクサンデルに報告していない。
「…危険だが、何もしないよりはマシか」
「王都の魔術師団にアウキシリアの素質のある者がいると、そう噂が回るだけでいいと思います。機密事項にすれば誰がアウキシリアかまで魔王に知られませんし、攻撃対象も魔術師団に絞られます」
「……」
つまり各地で危険な行為をされるより、王都で迎え撃つ方法を取ると言う事だ。ロドルフは少しの間沈黙し、何かを考え込んでいたが、ふとイルナの顔を見る。
「イルナ。鑑定をする前にお前の知り合いと言うその鑑定士と会わせてくれるか?」
「あ、はい。勿論です…と言いたい所ですけど、居場所は調べてみないと…」
その時、丁度執務室にノックの音が響いた。ロドルフが返事をするとラルスが顔を出した。
「あれ?姉さんと話し中でしたか。出直しましょうか?」
「いや、構わん」
ロドルフが首を振るとラルスもソファに座る。イルナはラルスの顔を見てピンときたらしく、ガシッとラルスの腕を掴んだ。
「ラルス!!」
「わっ、な、何だよ?急に…」
「聖人様って今どこの教会にいらっしゃるか知ってる!?」
「へ?聖人様って…レオンシオ殿の事?」
「そう!レオンシオ様!」
「レオンシオ殿なら今は王都の教会にいるよ。昨日も会ったし」
何と意外にもラルスと交流があるらしい。慌ててロドルフを見るとロドルフもラルスをじっと見つめている。そんな二人の様子にラルスが少々たじろぎ訝し気な表情を浮かべた。
「な、何…父上まで。レオンシオ殿がどうかした?」
「ラルス。そのレオンシオ殿と面会したいのだが、教会に行けばすぐに会えるのか?」
「え?ええ、まあ…。と言うか父上が出向くんですか?何なら使いを出して来てもらっては?」
「うむ…確かに、教会では誰に聞かれるか分からんか」
確かに何の連絡もなく突然侯爵が面会しに来れば相手も戸惑うだろう。ロドルフは家令に命じ、レオンシオに面会したい旨を伝えさせた。するとあちらも快く了承し、こちらまで来てくれるとの返事をもらった。
ただ急には無理らしく、訪問は2日後と言う事らしい。よく分からないラルスが目を白黒させていたが、ロドルフがカロレッタとラルスに事の次第を説明し、二人も納得したようだ。
とは言ってもラルスは最初反対していたが。やはりイルナがアウキシリアだとバレる事は危険だと、随分ロドルフに食って掛かっていたが、ロドルフが「考えがある」とだけ言い、ラルスの意見を聞こうとしなかったので、結局ラルスが折れる形になった。
そして2日後。
レオンシオがルーメン家にやってきた。
お互いが簡単な挨拶を交わし、応接室へと移動する。そこにはイルナとラルスも同席するらしく、すでに二人は席に着いていた。
「イルナさん、お久しぶりですね」
「レオンシオ様もお元気そうで何よりです」
レオンシオが爽やかな笑顔でイルナを見ると、イルナも懐かしそうに微笑む。イルナにすればレオンシオとはコンラード領の教会で会話したきりだ。その後彼は王都に来ていて聖竜の巫女の選定にも出ていたが、イルナにすればあの時はそれどころではなかった。
「ああ、そうそう。あの時『聖女』としてもてはやされていたグラン男爵令嬢を覚えてますか?」
「あ、はい。イオアンナ様ですよね。一度お茶をしましたけど…」
「彼女、時々教会に来るんですよ。今は聖竜ガイウス様に仕える女官をしてますが、休日には教会に来て奉仕活動をしてますよ」
「まあ…そうなんですか…」
意外な情報にイルナが驚く。イオアンナとはあの時会ったきりだったが、元気にしているようで何よりだ。それに奉仕活動を真面目にしているのも、やはりテオドール殿下をまだ諦めていないからだろう。個人的にはとても応援したい気持ちでいっぱいだが、彼女の事だからイルナが手伝うと言えば断ってくるだろう。
その時、ロドルフが遅れて応接室に入って来た。イルナ達はロドルフの姿を見て姿勢を正し、レオンシオ表情を引き締める。ロドルフが目の前のソファに腰を下ろし、じっとレオンシオを眺めた。
「ご無沙汰しております、ルーメン侯爵様」
「こちらこそわざわざ出向いていただき申し訳ない。聖竜の巫女の選定の時におられた教会の聖人殿ですな。まさかイルナとラルスの知り合いが貴公でしたとは思いませんでしたぞ」
「ええ。お二人とはコンラード領で知り合いましたが、縁とは不思議なものですね。それと聖人と呼ばれるのは少々慣れませんのでレオンシオとお呼びください」
「ではレオンシオ殿。貴公を見込んで頼みたい事がある」
「なんなりと」
レオンシオがすっと頭を下げた。それをロドルフが制する。
「頭を上げてくれるか、レオンシオ殿。今日はわが娘…イルナの事で頼みたい事がある。だが、今から話す内容は決して誰にも言わなない事を約束して欲しい」
「誰にも…ですか?」
「ああ。周囲の者には勿論、陛下であってもだ」
「陛下にも…」
真剣な顔でロドルフが告げ、レオンシオが驚く。国王にまで秘密にするべき内容とは、どのような事なのか自分では予想もできない。だが、ロドルフの懇願するような目を見て、レオンシオはコクリと深く頷いた。
「分かりました。決して誰にも、国王陛下であっても漏らさないと誓いましょう」
「…有難い。このような事を頼んで申し訳ない」
「いえ。それで、どういった内容でしょうか?」
「実は…」
ポツリポツリとロドルフがレオンシオに説明しだした。
魔王であるヴァルデマーが増幅術師を探し、各地を魔物の軍勢で襲っている事。そしてその増幅術師は秘密の職業であり、誰にも引き継がれなかった幻の魔法である事。そして、以前その職業を持っていた人物は、その能力の危険性を懸念して処刑されてしまった事。
「――そして、ここにいるイルナが現在増幅術師の称号を持つ唯一の人物だ」
「え…」
その瞬間、レオンシオが息を飲む。そしてイルナに視線を向けると、彼女は気まずそうに苦笑した。
「…ルーメン侯爵様。お嬢様を鑑定してもよろしいですか?」
「構わん。その為に来てもらった」
「では…イルナさん。少しだけじっとしていてください」
「はい」
レオンシオはイルナの前に立ち、スッと手を翳す。そして何らかの呪文を唱えてじっとイルナを見つめ、驚いたように目を見開いた。
「…レオンシオ殿、イルナはどのように出ている?」
「はい…、僕もこれは初めての結果ですが……」
イルナも緊張しているのか、手を胸の前で握り締めている。ラルスも固唾をのんでレオンシオの言葉を待っているらしく、ただ黙って二人を見つめていた。
「イルナさんの称号はルーメン侯爵様が仰られた『増幅術師』と『精霊使い』『錬金術師』の三つのジョブが現れています。僕も二つまでジョブを所持している人は数人見ましたが、三つ所持されているのは初めてですね…」
「何…」
「え…」
「姉さん…」
やらかしたね、とラルスの目が語っている。半ば呆れたような視線をイルナに向けているが、それはロドルフも同じだ。二人からじーっと見られ、イルナが居心地が悪そうに縮こまるが、レオンシオはそれに気付かず話を続けた。
「イルナさんと契約をしている精霊が『イフリート』『グノーム』のお二人ですが、どちらも精霊王と呼ばれる高位精霊です。高位精霊と契約しているので『精霊使い』の称号がついているようです。それと『錬金術師』ですが、その横に『守護竜を癒す者』と出ていますね…。これは…」
その瞬間ロドルフがお茶を吹きそうになる。ラルスに至っては何だかむせているらしく、咳が止まらない。それをイルナが心配そうに背中をさすっていたが、むせた理由は精霊との契約だ。イフリートは一度王都で呼び出しているから知っていたが、まさかグノームまで契約しているなんて寝耳に水だ。だがレオンシオはよく分かっていないようで首を傾げた。
「あの、ルーメン侯爵様。イルナさんは一体…」
「色々と疑問に思うのは当然だが、鑑定に出ている事が全てだ。我々も信じたくはないがイルナは高位精霊と契約し、自分で作ったエリクサーで守護竜様達を癒した。それもエルフの薬師や錬金術師の作るエリクサーより遥かに品質の高いポーションをいとも簡単に作るのだ。考えただけで頭が痛い」
「それは素晴らしいですね!…ですが、ルーメン侯爵様の仰られるように、少々難しい問題です」
レオンシオは察しがいいらしく、すぐに難しい表情を浮かべた。鑑定をしただけだが現時点でイルナの存在価値はとてつもなく希少だ。だが、反面恐ろしく危ういのだ。
「ルーメン侯爵様の危惧する所は理解しました。それで、僕は何をすればよろしいので?」
レオンシオが真剣な顔で問いかけると、ロドルフも気を取りなおして頷く。
「うむ。貴公には後日王宮へ出向いていただき、魔術師団全員の鑑定をしていただきたい。そして、その中にアウキシリアの素質がある者がいないか調べてもらいたいのだ」
「アウキシリアのですか…」
「そうだ。アウキシリアの使う特殊な魔法が使えなくとも、素質があると分かればヴァルデマーが各地を無暗に襲う事はなくなるだろう。その時にアウキシリアであるのがイルナだけでは困るのだ。できればイルナがそうである事は伏せておきたい」
「なら何故鑑定を?何もしなければよいのでは?」
「そうは言ってられん。実際今はエミール王国とネストーレ王国で魔王討伐の為の連合軍が組まれている。王太子であるテオドール殿下が指揮し、魔王を討伐する手筈だが…色々あって戦争は悪手なのだ。どこに現れるか分からない魔王軍を追いかけるのであれば、アウキシリアを囮に魔王を呼び出す方が手間が省ける」
囮という言葉を聞くとイルナも罪悪感が湧いてくる。この提案をしたのは自分だからだ。実際ロドルフには言わなかったが、最悪自分がアウキシリアだと名乗るつもりでいた。だが自分だけが適性があるというのもおかしな話で、他にもいるんじゃないかと思うのは本当だ。
何人ものアウキシリアが出てくれば、国王も無下に全員を処刑する事はないだろうとイルナは考えたのだ。
「……分かりました。少々危険ですがご協力しましょう。ですが僕はイルナさんに害が及ぶようでしたら、進んでお助けしたいと思います。それが国外逃亡だったとしても」
「それは願ってもない事だ」
「お父様!私はそんな事しません!」
「お前の気持ちは関係ない。これは我々の決意の話だ」
「姉さん、諦めなよ。どうせウィクトル殿下だって姉さんの安全を最優先するよ。国外逃亡だって別に保身だけが理由じゃない。それをする事によって利がある人も出て来る」
イルナが生きていれば利がある人なんてたかが知れているだろう。けれど確かにイルナが国外に逃げる事によって、ウィクトルとテオドールが仲違いする未来は避けられるかもしれない。
「ではレオンシオ殿。後日教会を通して依頼させていただく」
「分かりました」
イルナが悶々と考え込んでいる横で、二人の話は纏まったようだった。




