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その前にアートゥーア様を起こそう

 水晶の破壊が成功し、全員がイルナの元に駆け寄る。心配そうにする皆に向かい、若干不安そうに苦笑した。それを見て、ビクトールが口を開く。



「イルナお嬢ちゃん、お前一体…さっき何をしたんだ?あの魔法は何だ?」

「それは…」



 チラリとキルスティを見たが、説明をしていないようだ。というよりも、説明をする暇がなかったのかもしれない。周りを見ても全員がイルナをじっと見て、答えを待っているように見える。

 ここで言ってしまえば楽なのだけれど、父であるロドルフに止められている。さっきは一瞬この人達になら言ってもいいかと思ったが、今となっては躊躇ってしまった。



「わ、私は…その、せ、精霊文字で魔法を使う事ができるんです。それで、精霊文字で魔法を唱える方が威力が強くて…その……」



 どうしよう、上手く誤魔化せる自信がない。そう思って困り果てていたら、アルフがぽつりと呟いた。



「なるほど、精霊文字…。お嬢はその古の文字が読めるのか」

「えっ?あ、はい。勉強したので」

「そりゃあすげぇな。で、言いにくそうにしてるのは、それは他人に言いたくないって事か?」

「言いたくないのではなくて、言うなと言われてるんです」



 そう言って口を噤んだ。これ以上言える事はない。アウキシリアだと言ってしまえば、どこかで誰かに漏れるかもしれない。この人達を疑っている訳ではないが、人の口に戸は建てられないのだ。それに誰かが聞き耳を立てる事だってある。



「ごめんなさい、これ以上は言えません」



 ペコリと頭を下げると、5人が動揺したのが分かった。するとその時、ピグミー達がイルナの周りを走り回り、突然騒ぎ出した。



『ねえ、イルナって言うの?』

『イルナ!早くアートゥーア様を起こして!!』

『そうそう、そんな人間ほっといて、早く起こそう!』

「あ……そうだった…」



 忘れていた訳ではないが、今この瞬間はすっかり忘れていた。水晶を壊してそれで終わりと言う訳ではない。イルナはキルスティと一緒に地竜に近づき、エリクサーを振りかけた。



「一本じゃ足りないよね。もう一本使って…」

「待ってイルナ、見て」

「えっ?」



 キルスティに言われてイルナが地竜へと視線を向けると、地竜はゆっくりと瞼を上げたのだった。

 それを見てその場にいた全員が歓声を上げる。ピグミー達も喜んで地竜の周りを走り回っていた。



『アートゥーア様起きた!良かった!!』

『イルナのエリクサーすごい!』

「あ、ありがとう」



 ピグミー達に駆け寄られ、イルナが慌てていると。ふとイフリートがイルナの目の前に立っていた。



『本当にお前は守護竜様を起こしたのだな。私の目に狂いはなかったようだ』

「イフリート様…ありがとうございます」

『礼を言うのは私の方だ。サラマンダーや生命の木を救い、守護竜様を起こしてくれた。感謝する』

『そうじゃのぉ。儂もお主には感謝しておるぞ。何か礼でもしたいが……、おぉ、そうじゃそうじゃ』



 何かを思いついたらしいグノームは、トコトコと地竜の周辺に散らばっている水晶を拾い上げる。そしてその一つに魔法をかけ、小さくカットするとイフリートから貰ったブレスレットにその石を埋め込んだのだ。



『おい、何をする』

『いいではないか、儂も便乗させてくれ。イルナよ、これでお主は儂を呼び出す事ができるぞ』

「え!?グ、グノーム様をですか!?で、ですが…」

『イフリートを召喚するブレスレットにもう一つ石を追加したんじゃよ。つまり儂を呼び出せるよう細工しておいた。どうじゃ、すごいじゃろう!』

「す、すごいです…」



 胸を張って威張るグノームに何と声を掛ければいいのか分からず、思わずイフリートを見る。イフリートはイフリートで呆れたような顔をしていたが、嫌がっている訳ではなさそうだ。となれば、ここは有難く好意を受け取る方が失礼にならないだろう。



「グノーム様、ありがとうございます。とても嬉しいです」

『うむ!いつでも好きな時に呼ぶがよい!』

「ねえねえ、それよりアートゥーア様が…」



 盛り上がっている所にキルスティが割り込む。言われて地竜に視線を向けると、のっそりと起き上がる所だった。



『おお!地竜アートゥーア様がようやくお目覚めになったわい!』

『アートゥーア様!!』



 感極まった精霊達が地竜の周りで相変わらず走り回っている。そしてようやく覚醒したのか、地竜アートゥーアが目を瞬かせてから周囲を見渡した。



『……何だ、このバカ騒ぎは。我は随分と眠っていたのか?』



 腹の底に響くような声で地竜が唸る。思わずその場にいた精霊以外の全員が(つまり人間が)息を飲んだ。そんな様子を目を細めて眺めていたアートゥーアだったが、イルナの所で視線を止める。そしてイルナをじっと見つめ、意味深な顔をして見せた。



『ほう、お前…』



 自分の事を言われていると理解したイルナがビクリと体を強張らす。けれどアートゥーアはお構いなしに話を続けた。



『アルセニオと同じ種類の魔力を感じると思ったが、お前がそうだな』

「え…」

『ん?そこのエルフの娘よ。お主ブラッドオーブを持っているのか?良ければ我に譲ってくれぬか?』

「うん、いいよ。もともとそのつもりで持ってきてるし。はいどうぞ」



 指摘されたキルスティはさっき拾った魔核をいつの間にか小さなオーブの中に入れていたようだった。それをアートゥーアに渡すと、アートゥーアはそれを飲み込んだ。



『おお…助かったぞ。まだ目覚めたとは言え力が足りぬ。眠る前に相まみえたあの人間の男に奪われたせいでな。奴は…そうだ、自分を魔王だと名乗っておったが』



 ヴァルデマーの事だ。当然憎いのだろうと思っていたが、表情を見ているとそうでもなさそうだ。その時ふいにイフリートがイルナに話しかけてきた。



『イルナ、私はもう戻らせてもらうぞ。こうして地竜様の無事も確認できたのでな』

「あ、はい。ありがとうございました。またお呼びするかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」

『うむ、ではな』



 そう言うが早いかイフリートは炎と共に消え去ってしまった。それを見ていたグノームは溜息を零す。



『あ奴め、アートゥーア様に挨拶もなく消えおって…』

『よい。アレも我を心配していたのは分かる。それよりも人間の娘、名は何と申す?』

「あ、はい。イルナ・ルーメンと申します。アートゥーア様とこうしてお話できる事、嬉しく思います」

『堅苦しい挨拶はよい。それでイルナよ。我にかけたあのハイエリクサーはまだあるか?』

「はい、こちらに」



 言われてカバンから取り出してアートゥーアに差し出すと、アートゥーアがそれを受け取った。そしてそのまま、瓶ごと飲み込んでしまった。



「あっ」



 思わず声を出すが、アートゥーアは何食わぬ顔だ。それよりも先ほどよりもさらに力が戻ったらしく、目が輝きだした。よく見ると、翡翠のような綺麗な色だ。



『おおっ、何という効力だ!さすがはアルセニオの後継者であるな。これはお主が作ったのであろう?』

「は、はい」

『力が漲るぞ、イルナよ。この地に漂う不浄なる気を今この場で払ってやろう!』

「えっ」



 そう言うとアートゥーアはバサリと翼を動かし宙に浮かび上がる。そして天井に向けて大きく咆哮したのだ。神殿の、丁度アートゥーアが眠っていた中央の上部はそのまま地上まで突き抜けるように開いていた。そこから地上に向かって地竜が吠え、大地が震動する。かと思いきや次の瞬間、膨大な魔力がアートゥーアから周囲へとブワッと一気に広がっていくのが分かった。



「!!」

「クッ…!」

「すげぇ魔力だぜ!!」

「あ、足が…!」

「イルナちゃん、キルスティちゃん大丈夫か!?」



 ビクトール達が魔力の圧で立っていられなくなる。が、不思議とイルナとキルスティはその影響を受けなかった。



「キルスティ、これは一体…」

「多分グノームと契約したからじゃない?私はそもそも精霊とエルフの子供だし、魔力の圧は人間より耐性があるからね」

『そうじゃぞ!儂のお陰じゃ!』



 キルスティの説明を聞いてグノームも威張る。この小人のおじいさんはどうやら威張るのが癖のようだ。褒めると何でもしてくれそうだなんて思ったが、絶対口にしない方がいいだろう。

 そして、ようやく長い咆哮が終わると、アートゥーアがイルナに視線を戻す。



『これでこの地の災害はしばらく去るだろう。魔物も人間の住む地には近づかぬよう言い聞かせた』

「あ、ありがとうございます!」

『よい。我を起こしてくれた礼だ。それに、ツェツィリアも起きたようだな。奴の気配はするが…どうやら幼児後退しておるようだな』

「そんな事までわかるんですか?」

『うむ。あ奴の魔力が拙くなっておる。ま、そのうち元に戻るであろう。それよりも…』



 そう言ってアートゥーアが目を細める。



『イグナツィを起こすのは、少々手を焼く事になるぞ』



 アートゥーアが困ったように告げる。火竜イグナツィはまだ炎の迷宮で眠っている。風竜ツェツィリアと地竜アートゥーアが起きた今、残るは火竜イグナツィのみだ。水竜アイアースはそもそも水中にいるので、眠らされてはいない。ただ、聖竜と同じく力を奪われる呪術が使われているようなので、こちらも早急に対処が必要だが。



「イグナツィ様のいる炎の迷宮に行くのが大変と言う事でしょうか?」

『それもあるが、奴は眠っている方が炎をまき散らす。恐らくは、炎の迷宮の存在する地の火山が、もう間もなく噴火するであろうな』



 とんでもない話だ。小規模な噴火は報告があるらしいが、まだそれ程被害は出ていない。けれど大規模な噴火が起これば、周辺に住む人々は大変な事になってしまう。



「どうすれば…」

『アイアースに頼めばいいだろう。あ奴なら、イグナツィの力を抑えられる。起こしてしまえばイグナツィは力をコントロールできるのだから、噴火は収まるだろう』

「簡単に言ってくれるぜ」

「ビクトールさん」



 ずっと黙って聞いていたビクトールがいつの間にかイルナの隣に立っていた。驚いてビクトールを見上げるが、難しい表情をしてアートゥーアを見ている。



「水竜アイアース様は地上には顔を出さねぇ。どうやって頼むってんだ?それに、今は呪術にかかっていて力が削がれてるんだろ?そんな状態で炎の迷宮へ行ける訳がねぇと思うが」



 相変わらずのため口に若干顔が引き攣りそうになるが、チラリとアートゥーアを見ても気にしてないようだったので、ひとまずホッとする。そして今言ったビクトールの話も一理あるので、イルナもそれこそアートゥーアの意見は難しいのではないかと考えた。だが、アートゥーアは平然と話を続ける。



『簡単な事だ。そこにいるイルナがアイアースにエリクサーを与えればいい。力はそれで回復するだろうし、呪術も解ける。そもそもエリクサーは万能薬なのだ。()()()()()()()()()()ができるからこそ、エリクサーと呼ばれる。イルナ、お主はそれを作れるのであろう?』

「は、はい…」

『ならばアイアースの状態異常を回復してやるといい。だが、協力するかどうかは我には分からんがな』

「おい!そこまで言っておいて無責任だな!地竜様から伝えてくれりゃあいいじゃねぇか!」

『我の言葉を聞くような輩ではない』

「はああああ!?」



 アートゥーアの無責任な言葉にビクトールが雄たけびを上げる。けれど肝心な事を忘れている。アイアースはエミール王国の宮殿の奥にある神殿の中の聖なる泉に住んでいるのだ。会いに行くのであれば、エミール王国へ正式な手順を踏んで行かないといけない。



「…わかりました。どちらにしてもアートゥーア様がお目覚めになられて良かったです。魔王の事は多分国の上層部が軍を上げて討伐する事になると思います。魔物を使って軍勢を育てているらしいので」

『ほう、あの魔王と名乗る男は魔物の教育をしているのか。面白い』

「それを良い事に使ってくれれば良かったんですが、残念ながら悪い方面へ向かってるようなので」

『わかった。ではイルナよ。困った事があればいつでも尋ねて来るがよい』

「尋ねるって、ここに来るのにどんだけ危険か分かってんのかよ。イルナ一人じゃ絶対無理だぜ」

『成程、一理ある。ではコレをイルナに』



 そう言ってアートゥーアから何か光る物が現れる。それがゆっくりとイルナに近づき、イルナの両手の上にポトリと落ちた。



「ネックレス…?」

『それを持って我の名を呼べば、この場所へ転移できる。大切に扱え』

「あ、ありがとうございますっ」



 とんでもないアイテムだ。よく見るとネックレスの中央に小さな翡翠が輝いている。アートゥーアの瞳と同じ色だ。



『ではもう行くがよい。そろそろ日が暮れる。そこにある魔法陣へ乗れば入り口まで転移できよう』



 言われて全員が背後に現れた魔法陣を見る。

 そしてその日の夕方、一同は無事にダンジョンから脱出する事ができたのだった。






 


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