エルフの村、再び
聖竜ガイウスの神殿でルキウスが竜の姿になってから、実はルキウスは人間の姿に戻っていない。理由は、竜としての力を付けるまでそのままでいろとガイウス様に言いつけられたからだ。彼の姿を見た宰相のマオーラ公爵は、とんでもなく複雑そうな顔をしていたそうだ。マオーラ夫人は可愛いと騒いでルキウスを抱っこしていたらしい。
とにかく、ガイウスの言いつけ通りにキルスティの村に連れて行かないといけない。が、何とそれにウィクトルも同行する事になったのだ。ガイウス曰く、聖竜の守護者を辞めたいのなら、次期聖竜の護衛をするのであれば許可するとの事だ。何だかガイウスに上手く使われてる感が否めないが、ウィクトルにすれば願ったりだったので、あっさりと了承した。
「ルキウスが竜になったんだ。ちっちゃいけど」
『ちっちゃい言うな!』
どうやら豊穣の精霊ヴェレスにガイウスが連絡したようだ。連絡手段は分からないが、キルスティは大体の事情を把握しているらしく、イルナとウィクトル、そして竜になったルキウスを連れてエルフの村に行く事を告げに来た。
ただ、その前にイエルハルドとドロテアがコンラード領に帰るので、それを見送ってからにしたいとイルナが言うと、キルスティも頷く。
「転移オルビスで帰らせてあげれば早いのに」
「…それはそうだけど」
そこら辺は勝手にできない。何故なら二人だけでここまで来た訳でもなく、きちんと御者や護衛達を雇って来ているのだ。彼らを放って帰る訳にもいかないだろう。
「人間って面倒だね」
「そういうモノだ」
ウィクトルが苦笑しながらキルスティに同意した。
そして別れの日。
名残惜しそうに手を取り合うラルスとドロテアを見てイルナが微笑む。どうやらイエルハルドにも認めてもらえ…てなさそうだ。すごい形相で二人の手をエンガチョしてドロテアに追い回されている。ラルスも苦笑しながらも、そんな二人を微笑ましそうに眺めていた。
「イルナ、ラルス様。また近々お会いしましょうね!」
「もちろんよ!元気でね!」
「ドロテア!必ず手紙を書くから!」
「ええ、お待ちしてますわ!」
「イルナァァ!!早くコンラード領に帰ってくるんだぞぉぉぉ!!」
「お父様、無理ですわよ」
「嫌だぁぁぁぁ!!!!」
泣きながら手を振るイエルハルドにイルナも手を振り返す。それを見て盛大な溜息を付いていたのはロドルフだ。
「全く、大の大人が何を泣いているんだか」
「仕方ありませんわよ、ロドルフ様。コンラード閣下はイルナを目に入れても痛くない程可愛がってくださってましたもの」
「そう言えば姉さんの家もそのまま置いておくって言ってたよ。何なら僕が使うけど」
「…いいけど」
ちゃっかりしてるな、なんて我が弟ながら呆れる。けれどウィクトルと婚約し、ゆくゆくはこのルーメン家を継ぐのであれば、コンラード領に戻る事はないだろう。遊びには行くが。
ルーメン家の領地は、実は王都から馬車で5日程離れた場所になる。今は家人が領地運営をしているらしいが、今後はウィクトルとイルナでしていかなければいけなくなるだろう。
「さみしい?」
「当たり前だよ」
「だよね」
ラルスが不服そうな顔をする。ドロテアが去って寂しいようで、馬車が走り去っていった方向をずっと眺めていた。
すると突然、キルスティがイルナの前にひょこっと顔を出す。
「イルナ、もう行く?ルキウスは先に連れてったけど」
「え!?そ、そうなの!?えっと、お父様にお母さま。今からエルフの村に行って来ようと思うのですが…」
慌ててその場にいた二人に話しかけると、二人もすでに分かっていたようですんなり頷いた。
「気を付けてね。ウィクトル殿下も、イルナをよろしく頼みます」
「はい、お任せください」
「イルナ。困ったことがあればすぐに戻って来なさい。それと連絡は絶やさないように」
「わかりました」
「姉さん、変なもの食べてお腹壊さないようにね」
「ラルス…覚えてなさい」
両親は心配してくれているのが分かるが、弟はやっぱりと言うか失礼だ。だが、それもあまり構っている時間はない。すでに約束していた期日にエルフの村に戻れていないのだ。エリクサーの事も気になっていたのも事実だし、そんなこんなでイルナはキルスティに向き直った。
「キルスティ、行こう」
「うん、ウィルもいいね?」
「ああ」
「じゃあエルフの村へ転移~!」
ピカッと光ったかと思うと、3人の姿が一瞬で消える。残された家族3人は、少しだけ心配そうな顔をしながらも、消えたイルナとウィクトルが立っていた場所を眺めていたのだった。
※※※
眩しい光が収まると、そこは懐かしのエルフの村だった。
エルフの村に着くと、すぐさまイルナに駆け寄ってくる二人がいた。
「イルナ様!」
「ランナル!シルヴァも、久しぶりね!」
「お久しぶりです、イルナ様」
親しげに寄ってきた二人を訝し気に眺めていたウィクトルが、イルナにそっと耳打ちする。
「誰?」
そう言えばウィクトルは初対面だ。イルナは二人をウィクトルに紹介した。
「ウィル様、この二人は私がその、エミール王国に行った時に護衛してくれた人達で、こちらがシルヴァでこちらがランナルです」
「イルナ様、こちらのお方は?」
「わ、私の婚約者のウィ…ウィクトル殿下です」
「え、イルナ様の婚約者って王子様なの!?すげーっ」
「ランナル、騒がない!」
ランナルが目を丸くしてウィクトルに近付くと、シルヴァがそれを遮るように邪魔をした。というか普通に不敬にならないようにフォローしているのだろう。けれどウィクトルはあまり気にしていないらしく、にっこりと二人に微笑みかけた。
「イルナがお世話になってるようで、俺からも礼を言うよ」
「いえ、使命ですので」
「うん、長に言われたからだし気にしないでいいよ」
「そうか」
フッと笑うとイルナに視線を戻す。そしてそっとイルナだけに聞こえるように耳打ちした。
「…後で詳しく聞かせてもらうからな」
「……」
別に何も悪い事はしていないが、確かにこの二人の事は話していなかったのを思い出す。するとずっと立ち止まっていたイルナ達に痺れを切らせたキルスティが、膨れながらこちらを眺めた。
「もー、いつまで喋ってるつもり?パパもルキウスも待ってるよ!」
「あ、そうだね。ごめんキルスティ」
「あ、そうだ。ウィルの友達も先にルキウスと来てるよ」
「は?」
そんな事全く聞いていないウィクトルとイルナが不思議そうに顔を見合わせる。それを見てキルスティが悪戯っぽく笑うと、来てのお楽しみだね、なんて言いながら二人をキルスティの家まで連れて行った。
「ただいま~」
「ああ、おかえり。イルナ様もお元気そうで何よりです」
「遅くなってすみません、カジミールさん」
「いえ、お友達も先に来てますので、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
軽くお辞儀をしてカジミールの後を付いていこうとすると、ふとカジミールが思い出したかのように立ち止まり、こちらを振り返る。
「そちらのお方は?」
どうやらキルスティから説明がなかったようだ。ウィクトルにしても挨拶をしようと思っていたのだが、何となく声を掛けるタイミングを失い、言い出せなかったようだ。
「失礼した。俺はウィクトル・カーン・ネストーレだ。イルナの婚約者で護衛を兼ねて同行している」
「ああ、貴方がそうですか。ヴェレス様からお伺いしていますよ」
「しばらくの間、よろしく頼みます」
「ええ、こちらこそ」
にっこりと笑い、再びカジミールが歩き出す。その後を付いて行くと、イルナが魔法の訓練に使っていた部屋に案内された。
するとそこには竜の姿のルキウスの隣で、寛ぐように座っている一人の青年の姿が目に入る。
「あれ…?ウィル様、あそこにユリウス様そっくりな方がいらっしゃいますよ」
「うん、ユリウスだな」
幻かと思いたいが、どうやら本人のようだ。ウィクトルがこめかみを抑えながらプルプルしている。何だか怒っているように見えるが…これは怒っているのだろう。
ズカズカとユリウスの傍まで歩いていき、しゃがみ込んでユリウスの片方の頬を思いっきり抓った。
「イダダダ!!何するんだよウィル!」
「いやぁ、ユリウスがここにいるのが夢なのかと思って」
「じゃあ自分の顔を抓ったらいいだろ!」
「自分の顔なんて抓る訳ないだろ。痛いのに」
「こっちは痛いんだけどね!」
涙目になりながら抗議している所を見ると、余程痛かったのだろう。抓られた頬が真っ赤になっている。
「全く、こっちはウィルの予定に合わせて騎士団に休暇出したり忙しかったんだからな」
「頼んでないだろ」
「頼んでなくても陛下から通達が来たんだよ。来年にはウィルの側近に正式に任命するから、とにかくウィルとイルナと、マオーラ公爵令息の護衛と連絡を頼むってね」
「…なんかむかつく」
「抓るなってば!」
よくわからないが拗ねているらしい。こうやってユリウスとじゃれているウィクトルを見れるのは嬉しい誤算だ。イルナにすればいつもすましているウィクトルだけじゃなく、年相応にユリウスと騒ぐウィクトルを見れるのは貴重だからだ。
「さあ、そろそろよろしいかな?しばらく皆さんは我々のエルフの村に滞在してもらいますので、三人の住む家はこちらでご用意させていただきます。ですが身の回りの事はご自分達でしていただきたい。できますか?」
ニコリといい笑顔でカジミールが問いかける。だが、ルキウスはともかくウィクトルもユリウスも、長旅野宿なんてのも何度も経験しているのだ。食事をはじめ身の回りの事はできて当然だ。
「大丈夫だ。食材やら何やら入用な物に対しては、きちんと支払いはする。だが、イルナはどうするんだ?」
ウィクトルが問いかけると、カジミールは当然のように答えた。
「彼女は以前と同様、私の家に滞在してもらいます。…約束もありますからね」
そう言って微笑むエルフの長にウィクトルとユリウスが首を傾げているのを見て、キルスティがケタケタ笑い転げている。何が可笑しいのかわからないイルナは、ただただきょとんと目を丸くしていたのだった。




