プロローグ
「うん、今日もいい天気」
空を眺めながらイルナがぐっと背伸びをする。辺りを見渡し、立派に育った薬草達を手に持った籠に入れていく。
「今日もしっかりポーション作って、また売りに行かないとね」
そう言って沢山の薬草を籠に入れると、イルナは屋敷の中に戻って行った。
向かった先はポーションを作成する為の工房だ。
ここで彼女はポーションを製造していた。
(ここへ来てもう半年か…。お父様とお母様はどうしてるかしら?ラルスは…いつも通りでしょうね、きっと)
ラルスとはイルナの弟の事だ。
イルナは宮廷魔術師長であるロドルフ・ルーメン侯爵とその妻カロレッタ・ルーメンの娘で、れっきとした侯爵令嬢だ。
それなのに何故こんな田舎の屋敷に家族と離れて住んでいるかと言うと、ひとえに彼女の能力のせいだ。
彼女の父ロドルフは宮廷魔術師長であり、彼女が住むネストーレ王国でも並び立つ者がいないとされる程の魔術師だ。
そしてイルナの母は、ネストーレ王国の守り神である聖竜の巫女であり、現神官長でもある。
そんな二人の娘だからと、魔法の腕を期待されていたのだが。
魔力は人の何倍も備えているのに、基本の魔法が使える程度。
一応全属性を使えるという稀な才能を持っているのに、全く使いこなせないという残念さ。
おまけに好んで使うのは何故か無属性の、それも意味のわからない魔法ばかり。
変な所に才能があるらしく、彼女が使う無属性魔法は独自に編み出したモノが大半らしい。
そして侯爵令嬢であるイルナは、必要以上に社交の場に出ようとせず、暇を見つければポーション制作に没頭する始末。
とうとう19歳の誕生日を迎えた時、父であるロドルフに告げられた言葉が
「お前は我が家の恥だ。王都でいられても困るだけだ」
だった。
結婚相手を見つけるでもなく、密かに夢だった宮廷魔術師団にも入れず、かといって母親のように聖竜の巫女であるハイプリースト(上級神官)にもなれない。
ほとほと困り果てた両親がとった苦肉の策が、ロドルフの友人である辺境伯のイエルハルド・コンラードに、イルナを領地に住まわせてもらうよう頼んだ事だった。
「お父様のお友達のコンラード辺境伯が、イルナにお邸を用意してくれるんですって。ちゃんと召使達も用意してあげるから、田舎でのんびり暮らしなさいな」
「家の事は姉さんは何も気にしなくていいよ。僕がちゃんとやるからね」
そう言われて家から追い出され、王都から離れた辺境の地に来て早半年。
意外な事に父の友人であるコンラード辺境伯はイルナをとてもかわいがってくれた。
コンラード辺境伯の娘であるドロテア嬢とも仲良くなり、イルナは思いの外楽しい毎日を送っていた。
何と言っても趣味のポーション作りに没頭できるのは、まさにここに来たお陰だ。
何もかも頼るのも悪いからと、ポーションを売りに出しているのだが、それも意外と好評のようだった。
コンラード辺境伯はさすがに町に売りに行くのは反対だと言い張るので、辺境伯の私兵の皆様にお買い上げいただいている。
「イルナ嬢の作ったポーション、他で買うより質がいいんだよな」
「そうそう!味も美味いし治りも早いし!」
「嬢ちゃんに聞いても材料も作り方も一緒だって言ってるけど」
「何でだろうなぁ」
そんな感じに広まってるようだ。
「ふぅ…。このくらいでいいかな」
イルナがいつものようにポーションを作る為の薬草をすり鉢に入れ、丁寧にすり潰す。そしてそれを清潔な布にくるんでしっかりと搾り、薬草の汁を鍋に入れる。そこへ魔力を入れながら沸騰させて作った魔法水を入れてかき混ぜる。
最後に苦みを消す為に蜂蜜を入れ、もう一度沸騰させれば出来上がりだ。
「よし、じゃあ仕上げ」
イルナが他と違うとすれば、この後の工程にある。
出来上がったポーションに向かい、手をかざす。集中するかのように目を閉じ、さっきとは違う魔力を放出した。
『増幅せよ《アンピリフィカティオ》』
イルナが呪文を唱えると、目の前のポーション液がフワッと光り輝く。キラキラと輝いたかと思うとほんの数秒で光が収まった。
「この魔法、便利なんだけどね」
出来上がったポーションを瓶に詰めながらブツブツと呟く。
イルナが使った魔法は、対象の成長や効果を増幅させる魔法だ。
初めてこの魔法を両親の前で使った時、微妙な反応をされたのを鮮明に覚えている。
ポーションの効果が増幅する魔法を使える事に気付いたのは、王宮で開かれたお茶会に参加した時だった。
そのお茶会があまりに退屈だった為、イルナはこっそり抜け出して王室の図書館で本を読んでいた。
その時に目に止まった本が、無属性魔法の活用法という本だった。
自分に魔法を扱う才能がないと思っていたイルナだったが、無属性の補助魔法だけはそこそこ使えた。
その為、この「無属性魔法の活用法」という本はイルナの興味を引いたのだ。
そこに書かれていた「増幅」の魔法に興味を持ち、独自に研究して今に至るのだが。
「そんな魔法、何の役に立つんだ。そんな事よりもお前にふさわしい結婚相手を見つける努力をしなさい」
と、父親には一蹴されてしまった。
そして母親にはやんわりと「使用禁止令」を出されてしまった。
理由は、そんな訳の分からない魔法を練習するくらいなら、他の魔法を練習しなさいとの事だ。
辺境伯の領地に来てからはドロテアだけにはこっそり見せたが、彼女は別段興味を示さなかった。
ドロテア曰く、良く分からないようだ。
そんな訳で使用禁止になってた魔法だが、どうせ田舎に引きこもっているのだし両親にバレる事もないだろうと思い、こっそりポーション作りで魔法を使っている。
けれど、そんな軽率な自分の考えのお陰で面倒な事に巻き込まれる事になるなんて、この時は全く予想もしていなかった。