表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ハッピーエンド

憧れの綺麗な彼女

作者: 佐田くじら


長い間、ずっと彼女を見つめてきた。

あの無表情の裏が、少しは読めるようになるくらいに。



――――



僕は騎士。しがない、王宮の雇われ騎士だ。


運良く剣の才能があったからこそ、元孤児の僕がここまで登り詰めることができたけど、戦争中でもないしこれ以上の出世は無いと思う。


別にそのことに対して、何の不満も無いけどね。

僕はただ、のんびり気ままに生きる。

山が無い代わりに、谷も無い。

陳腐にしてありきたりな僕には、それくらいの人生が分相応だ。


そんな風に良くも悪くも無欲に生きてきた僕は、ちょっと前に『気になるひと』ができた。

これが花屋の女の子とか、飲み屋のお姉さんだったら、ありふれた穏やかな三文小説になっただろう。


でも彼女は、そんな凡俗な部類の人間じゃない。


彼女は、名門公爵家のご令嬢だった。

おまけに、王太子殿下のご婚約者ときてる。


雲の上、いや星だって飛び越えるような存在だろう。

僕なんか、本当は自らの瞳に映すことさえおこがましい。

そこに邪な恋情が混じってるとなれば尚更だ。


でも僕は開き直る。

減るもんじゃないし、相手は僕の存在なんか目に入らないだろう。

だから、一夜十夜の夢の相手にすることくらい良い………はず。

うん。バレねばノープロブレムだ。



彼女に惹かれた理由は何だったか。

ガキだった僕のことだし、単純に顔だったと思う。


そうだ。

最初は、ただ綺麗なひとだと思ってたんだ。

ただ、その綺麗は普通の形容詞としての言葉ではなく。


常に無表情。常に無関心。

恐ろしく事務的に生きていて、人間味を感じなかった。


彼女へ綺麗と言うのはむしろ侮辱になるのではないかと思うほどの、綺麗なひと。本当に、奇特なひとだ。


それが最初の頃の印象だった。



――――



「お前と婚約破棄をする!」



王太子殿下主催のパーティーで、唐突に殿下がそう告げた。

観衆の貴族たちは驚きを露にしているが、隅で万一に備えさせられてた僕にとしては意外では無かった。


彼女は僕にとっては目で追う存在だけど、一般論だって理解はできる。


要するに、彼女は貴族として婚約者として完璧過ぎたのだ。

どんなときも表情は動かず、感情も動かない。

そんな彼女に生粋の王子である王太子殿下が愛想をつかすのは、摂理と言えば摂理だと思う。



「何故ですか?」



彼女は事務的に尋ねる。

こんなときまで無表情だと、何と言うか……怖い?

とにかく、不自然な感じがする。



「わ、私は侯爵家のご令嬢と婚約するからだ!」


「……畏まりました」



え、それだけ?と、言いたくなるくらいにあっさりと彼女は出て行った。

侯爵家のご令嬢となら、政治的に問題ないと判断したから?


いやいや、彼女はどうなるんだ。

仮にも十年は婚約してた仲なのに。

しかも、もう彼女も適齢期なのに。


無性に気になった。

感覚としては、物語の登場人物の応援をしてるような気分だけれども、彼女は実際にはしっかりと生きているんだから。


胸騒ぎがして、僕は会場を後にした。

招待客の身の安全を守る義務が、僕にはある。



――――



探すまでもなく、パーティーホールのすぐそばの花壇に彼女は腰を下ろしていた。

周りを見渡す。………誰もいないじゃないか。公爵家の使用人は?

仕方なく近寄ってみる。こんなときまで彼女は無表情だった。



「大丈夫ですか?」



何て平凡な声掛けなんだ。

……にしても、まさか彼女と話す機会があるとは。



「………何を間違えたのかしらね?」



独り言のようだったけど、彼女の瞳は僕を確かに捉えてた。

初めて合った彼女の目は、淀んでいて焦点が定まってない。



「私って、いつもこう。努力してもずれてるって言われるし、ちょっと頑張ると、すぐ疲れちゃう」



諳んずるように刻まれた言葉は、溶けるように僕の耳に入る。

砕けた彼女の言葉は、不自然なのに彼女に相応しい。 



「ねえ、あなた」


「……はい」



呼び掛けられたことが不思議だった。

彼女が僕を認識してることは分かってたけど、彼女の世界に今、僕しかいないと思うと、嬉しさと共に背徳的な感情が沸いてしまう。



「私、何がいけなかったのかしら?」



そう聞いた彼女は、とても儚げだった。

消えてしまいそうな危なさがある。



「僕には、分かりません」



そうだ、分からない。

僕にとっては、彼女は最高に魅力的だから。



「そう」



相づちを打つように返事をした彼女は、少し残念そうな顔をしているような気がした。



「………帰ります。面倒を掛けて、ごめんなさい」


「馬車まで送ります」 


「……ありがとう」



断らなかったのは、彼女が弱っている証かもしれない。

気になるけれど……僕には、踏み込めない。



「………僕はあなたに、憧れているんです」


「……え?」


「頑張っているあなたを、仕事の励みにしてました」



馬車まで送る道中、思い出したようにさりげなく話してみた。

告白のつもりで言ったわけではない。

ただ……もう機会が無いと思って、告げた。


僕の言葉が少しでも彼女の心に引っ掛かってくれたら、それ以上に嬉しいことはない。


婚約を破棄された今、彼女に告げるのは、自分勝手が過ぎると思うけど。

憧れの人を前にしたら、男は誰だって少しは勝手になるものだ。



「………ふふ」


「?」


「ありがとうございます」



何に対しての礼なのか、僕には分からなかった。

でも、彼女が珍しく楽しそうなのは、僕にも分かった。


綺麗に笑う彼女を見て、ほんわりと心が温かくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ