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単発恋愛系

無口な令嬢とおしゃべりな婚約者。

作者: 柏いち

 

「お嬢様! 今日はシェルテ様がいらっしゃる日ですよ! たぁっくさんおめかししましょうね!」


 わきわきと握られた髪飾りにブラシ。

 私はげんなりとしてため息を吐く。


「一週間ごとに会っているんだから普通でいいよ」


 編み込まれていく髪たちを半ば諦めの目で見つつ、ハーブティーをこくりと飲んだ。

 このやり取りを何回繰り返しただろうか。私は軽く数百は越えると確信している。

 みるみるうちに髪飾りをつけられ、軽い化粧を施されてしまった。


「シェルテ様が来ましたよお嬢様!」


 はいはい、そう言いながら立ち上がって出迎えに行く。


「ごきげんよう、シェル」


 シェルがこちらを向く。

 きゃあっと侍女たちから悲鳴が上がった。

 これも何回繰り返しただろうか。流石に慣れてほしい。

 まあ、仕方ないとも言える。シェルテというこの男は美の神に愛されすぎているのだ。

 容姿端麗、剣の腕も一級品。おまけに頭まで良いとなれば最早造られた人間なのではないかと勘繰りたくもなる。


 しかしながら、この男には非常に困った点があった。そりゃもう非と常の間に力を込めたいレベルで。

 それのせいで平均的な顔を持つ私と婚約することになったのだが。


「ああ、ヴィラ。今日も本当にかわいいね。それはもしかして私が送った髪飾り? すごく似合ってる。ヴィラの綺麗な黒髪には落ち着いた紫が似合うと思ってたんだ。蝶の形にしようか薔薇にしようか一時間くらい悩んだんだけど……。でもきっとヴィラならなんでも似合うんだろうね。私はヴィラがどこぞの輩に攫われたりしないか本当に心配だよ。どこかに行く時は私を呼ぶんだよ。ああそういえば、今日はヴィラが好きなマドレーヌを買ってきたんだ。最近できたお店のようでね今、人気らしいよ。ヴィラのお眼鏡に適うといいんだけど」



 にっこり、シェルがこちらを向いて微笑む。



 そう、寡黙が美とされるこの国で、明らかにシェルの話は長い。







 この国では寡黙であることが褒められる。

 私の両親もテレパシーでも使ってるのか、と思うほどに喋らないで意思の疎通をしていた。

 もちろん会話はする。それでも、文章にして二行以上の言葉を一度に話す人間はこの国にはいない。

 シェルを除いて。

 シェルのおしゃべりは生まれつきで周囲の人間を困惑させていたらしい。

 そもそも他国の人間ですらおしゃべりに感じるのに、シェルは他国の人間よりも喋る。ひたすら喋る。


 そして不幸なことに、あまり会話をしない者にとってひたすら聞くというのも苦痛なのである。私の他にも沢山いたシェルの婚約者候補たちはこのおしゃべりに耐えかねて皆逃げていった。

 では他国から嫁をもらえばいいという話になるけれどこれまた不幸にシェルは公爵家の長男だった。

 政治のことやらも絡んでなるべく国内の令嬢と結婚しなければならない。

 そして、あまり可愛くもない伯爵家の令嬢に婚約の話がまわってきた訳である。


 私はシェルと正反対の性格だ。

 表情は出ないし、あまり喋りたくもない。この国にいながらも人形と揶揄される程度に。

 だから、10歳の頃にシェルに会う時もいわゆる繋ぎとして見られていた。


『……こんにちは』

『こ、こんにちは! 僕の名前はシェルテ。ルーセント・シェルテ。よ、よろしくね』


 子供からすれば高い椅子に座らされ、並べられるお菓子たち。お父様からお菓子を食べられるよ、と聞かされていた私は早速マドレーヌを手に取った。お父様もお父様で、全く喋らない無表情な娘とシェルが合うなんて思わなかったのだろう。だから、最初から私には婚約の話をしなかった。


 シェルはよく喋った。

 そして私はよく食べた。


 こんなに沢山のお菓子を咎められずに食べられるなんてなかなかない。

 シェルがおしゃべりを自重しようとすれば、もっと喋るようにと促した。

 いやだって、シェルが話している間はお菓子を食べられるのだから。


 その度にシェルがその大きな瞳を輝かせてるのにも気付かずにもきゅもきゅとケーキを頬張っていた。


 こうして幸せな時間は終わった。

 後日届いたのはルーセント公爵家から婚約を願う手紙。

 しがない伯爵家の父はそれはもう動かない表情筋を一生懸命使って驚いた。


 かくして、私とシェルは婚約者となった。


 週に一度お茶会のような形で催される交流は私の食欲を存分に満たしてくれた。

 シェルの話は長くて速い。でも不快感を覚えるような声ではなかったのでお菓子を食べるバックミュージックのように聞き流していた。



 そんな日々を続けること五年。

 時は流れシェルは美しく成長した。

 目鼻立ちはくっきりと少し垂れたまなじりは色っぽく。少し長めの茶髪はハーフアップのように纏められている。蜂蜜色をした瞳はとろけそうに甘く飴玉のようだ。美青年なんて言葉じゃ最早言い表せないほどにかっこよくなった。


 じぃ、と見つめる視線に気づいたのかシェルが喋るのをやめてこちらを見る。


「どうしたの? ヴィラ。マドレーヌそんなに美味しくなかった? 香りはそこまで悪く無いと思うんだけど」

「おいしい」

「そっか、ならよかったよ。今度は同じ店でケーキでも買ってこようかな。花のようなケーキが人気だって聞いたしヴィラも気にいるんじゃないかなって」


 シェルはいつも会いに来るたびにお菓子を持ってきてくれる。

 最新のお菓子情報だって知ってるし、私にそれを教えてくれる。シェルは甘いものは好まないから、この行為が私のためだということは流石にわかる。


 ────でも、シェルになにも返せてないなあ、とたまに思う。


 私はシェルの話を聞いてるわけじゃない。もちろん、それとなく概要は聞き取ってるけど。しかもシェルの話に返答をすることなんてなかなかない。

 きっと今のシェルは綺麗だからもっと話を聞いてくれる人も増える気がする。最初はシェルの顔目当てでもいつしか本当にシェルと仲良くなれるかも。その人はちゃんとシェルの話に相槌を打てる人かもしれない。


 その機会を潰してると思うとちょっと申し訳ない。


 少しだけ胸の奥が痛んだ気がした。

 何故かはよくわからないけど。






 ちょっとアンニュイな気分になった交流会から数週間後。

 私は侍女たちに夜会用のドレスを着せられていた。苦しい。コルセットをそんなに締めないでほしい。


「はうわぁ〜流石お嬢様! お美しいですわぁ」

「シェルテ様もきっとびっくりしますわね〜!」

「髪の毛は下ろしたほうがいいかしら、それともハーフアップにしようかしら」


 侍女たちが興奮しているのは伝わって来るが鏡を見ても映し出されるのは無表情の女一人。

 大分、身内贔屓が強い気がする。


「髪はおろして」


 迷っている侍女にお願いする。


「きゃああああ! 可愛すぎますわお嬢様ぁ〜! シェルテ様は大人っぽいですものねぇ!」

「ご心配なさらなくともシェルテ様とお嬢様はお似合いですよ!」

「でもお願いされたからにはめちゃくちゃ可愛くしますわ〜!」


 シェルの影響を受けてか侍女たちがおしゃべりになった気がする。最初の頃はもっと落ち着いた感じだった気がするんだけど。


 侍女たちにもみくちゃにされやっとの事で解放された。目の前に星が回ってる気がする。

 もうそろそろシェルが迎えに来る刻限だ。

 そう思った時にシェルの来訪が告げられる。小走りに外へと向かえば正装をしたシェルが待っていた。


「ヴィラ! ああもう本当に私のヴィラはかわいいなあ! 他の男になんて見せたくないよ。本当に綺麗だ。このまま夜会なんていかないでデートにいこ……もごもご」


 せわしなく動くシェルの口を手で塞いで馬車に乗る。シェルの話を聞いてたら夜会が終わってしまう。馬車に乗ったあとも何が楽しいのかわからないけど私の手を握っては楽しそうに話していた。


 シェルのエスコートで馬車を降り会場へと向かう。入場すれば華やかな装飾に様々な人々が楽しそうに会話をしていた。

 美味しそうなケーキもある。あとで少しだけならいいよね。


 そして入場した場所から奥には大きな水晶玉が鎮座していた。いつもは見られないものだ。


 なぜなら今日の夜会はいつもと少しだけ違う。

 魔王を討伐するための人間が選ばれる日なのだ。水晶玉に映し出された人々がパーティを組んで遠い地へと討伐しに行く。

 水晶玉に映し出されるのは様々で過去には王族が選ばれたり、平民が選ばれたりしたらしい。

 魔王というのはどうやら復活するらしく大体五十年に一度のスパンで勇者パーティが選ばれる。

 私は選ばれないだろうな。剣とか重すぎて持てないし。


 陛下や王妃様、殿下への挨拶を済ませ息を吐く。なかなか緊張するのだ。


「緊張した? あんなムスッとしてる殿下だけど可愛いものが好きらしくてね。ヴィラへのお菓子を選ぶ時に教えてもらったりするんだよ。ヴィラがお菓子が好きだってことを話したら興味を持っていたから本当はもっと話したかったんじゃないかな。ああほら、ちょっとしょんぼりしてる。殿下はまだ婚約者が決まっていないでしょ? だからあまり特定の女性と話したりできないんだ。でも、私の婚約者となれば話してもいいだろうって息巻いてたんだけど……。なかなか難しかったみたいだね」


 くすくすと笑うシェルの話を聞きながら殿下を見る。しょんぼり……してるか? いやしてないでしょ。

 お父様から聞いた話だと、シェルは外交官として陛下や殿下に重宝されているらしい。

 無口なお国柄のせいで今までうまくいかなかった貿易の話だとかがシェルのお陰でどんどん纏まっているそうだ。


「ヴィラーーー!」


 なんだなんだ。敵襲か。背中がとても痛いぞ。抉れたんじゃないか。

 振り向けばいたのはミランダだった。数少ない、私の友人である。


「こんばんは。ミランダ嬢」

「あら、シェルテ様。いらっしゃったのね。ごきげんよう!」


 ミランダはシェルの長い話が嫌なようでよくシェルの言葉にかぶせて物を言う。大分失礼なようだが、シェルは特に気にしていないようだ。慣れてるんだろうな。


「ヴィラヴィラ。もうそろそろ始まるみたいよ。誰が選ばれるのかしら」


 ミランダがそう言ったと同時に会場が暗くなり、陛下が立ち上がった。どうやら丁度始まるみたいだ。


「ああ、いた! 勝手に動くなよ」

「うるさいわね」


 ミランダの婚約者、オスカー様もこちらに来たみたいだ。暗くてよくわからないけど。


「今から勇者選定の儀式を行う!」


 陛下の大きな声を合図に水晶玉が淡く青色に光る。

 まずは勇者を支える聖女が選ばれるようだ。

 ほわわっと美少女が映し出された。


「あら、姫様じゃない」


 ミランダの言う通り、聖女として選ばれたのは姫様のようだった。姫様は口に手を当てて驚いている。

 それからとんとん拍子に進んでいき、どんどん勇者パーティが決まっていく。残すは勇者のみとなった。今回は全員貴族のようだ。位に差はあれど見たことある人が多い。


「最後は、勇者だ」


 陛下の声が会場に響き渡る。皆、静まり返って固唾を飲みながら水晶玉を見ている。

 私もじっと水晶玉を見つめた。


 水晶玉が淡く赤く光る。

 ざわめきが起こり、そして眩しい光に包まれる。


「うそ……」


 ミランダが先ほどの姫様よりも大きな口を開けて驚いている。

 光が収まり、水晶玉に映し出された姿がしっかりと見えた。


「シェル」


 そこに映し出されていたのは私の婚約者であるシェルだったのだから。




 ******




 あの衝撃的な儀式から一週間後。

 早くも勇者パーティたちは出立の準備をしていた。


「はあ、ヴィラに会えないとか無理。死んじゃう。ヴィラ成分が足りない。一週間に一度でもわりとつらいのに。今度はニ年間も会えないなんて。どこかにヴィラを連れて隠れようかなあ」


 セレモニーの前だというのに、シェルは私のことをすっぽりと抱きしめながらぐちぐちとしている。王命だからシェルにも勇者になることは避けられない。仕方ないだろう。


「ねえ、ヴィラ。ヴィラは私に会えなくなったら寂しい? ああでも静かになって嬉しいのかなあ……」


 珍しくしょんぼりと肩を落とすシェルの腕から離れて私はシェルに向き合った。

 シェルがびくびくと叱られた子犬のような顔をしている。私よりでかいくせに。


「さびしい」


 シェルが目を見開く。


「さびしいよ。だから早く帰ってきて」

「ヴィラが二言以上喋った! ……うん、うん。めちゃくちゃ早く帰ってくるからね。二年間なんて無理。一年間で絶対帰ってくるから! 虫除けはオスカーと殿下に頼んだけど心配だし……」


 どうやらセレモニーが始まるようだ。

 シェルはもう一度私を強く抱きしめて、そして旅立った。


 片方の唇を上げて笑う姫様を目の端に入れながら、私はシェルを見送った。


 姫様といえば。

 あの儀式が終わったあと私は姫様に声をかけられていた。

『シェルテ様に貴女は釣り合いませんわ!』

 どうやら姫様はシェルのことが好きらしい。この二年間でシェルをモノにすると私に宣言してきた。


 対して私は困っていた。

 そんなこと言われても……としか言いようがない。

 というか、だれかに聞かれてたらどうするんだろうと心配していた。

 堂々とした略奪宣言である。





 シェルが旅立ってからも私の毎日はさして変わらなかった。

 シェルとの交流は無くなったがそのかわりミランダが来てくれたり、殿下と文通を始めた。

 殿下は色々なお菓子を知っていて、たまに送ってくださることもある。


 でも、なんだか味気ないのだ。

 シェルと食べたお菓子より。


 試しにシェルと食べたお菓子を取り寄せて見たけれど前みたいに幸せな気持ちになれない。


 シェルから送られてきた手紙をじっと見ている時間が増えた。

 一ヶ月に一回だけ送られてくる手紙。


「お嬢様ぁ………。お元気ないですねぇ」

「お菓子もあまり召し上がってないようですし」

「心配ですわ〜!」






 半年が経った。

 私は何もできない。

 シェルが大きな怪我をしたと聞いた。

 幸い、姫様の癒しの力でなんとかなったって聞いたけれど。


 魔法を使えないかと思って試したけれどうんともすんとも言わない。無念。

 私にはシェルの無事を祈ることしかできない。







 一年が経った。

 シェルのあのおしゃべりが無性に聞きたくなる。

 寝間着姿でごろごろとベッドの上で寝転がる。

 この一年で色々と始めて見たけどあまり楽しくない。お菓子作りも、刺繍も、乗馬も。


「お嬢様ぁ〜〜!」


 ばん、と音を立てて侍女が入ってきた。

 驚いた。本当に驚いた。


「どうしたの」

「しぇ、シェルテ様が魔王を説得したらしいのですぅ〜!」

「えっ!……って説得?」


 説得ってなんだ? 討ち取ったとかじゃなくて説得? え?


「一週間後には帰ってくるみたいですよ! お嬢様!」


 侍女に抱きしめられあぷあぷとする。胸で窒息させられそうだ。侍女はボロボロと泣いていた。どうやら心配をかけていたらしい。


「よかった……無事で」





 勇者パーティの帰還セレモニーは大きく行われた。

 一年ぶりに見るシェルは大きかった背がもっと伸びて顔つきも大人っぽくなっていた。


「顔を上げよ」


 一年前、水晶玉があった同じ場所でシェルたちは陛下に御言葉を貰っている。

 私の周りにはミランダやオスカー様が立っていて、そのまた周りには沢山の人々がいた。


「お前たちの働きぶり、大変素晴らしいものだった。特にシェルテ。お前は魔王と和平条約を結び、この世界を救ったと言っても過言ではないだろう」


 どよめきが起こる。王様が長く喋ったからではない。魔王ともう戦う必要がないことにみんな驚いているのだ。初等教育で最初に習うのが魔王とこの国の戦いの歴史だから本当に凄いことなのだ。

 しかしシェルは魔王に対してもおしゃべりを自重しなかったらしい。シェルらしいけど。


「そこで褒美を与えようと思う」


 皆、勇者に何が与えられるのかと前のめりになって聞いている。私も気になる。シェルが喜ぶものってなんなんだろう。あまり思いつかない。一日中喋っててもいいよ券とか?


「シェルテ、お前はメリアリゼーナと支え合いその大業を成し遂げたと聞いた」


 メリアリゼーナとは姫様のことだ。

 姫様がもじもじと下を向いている。トイレ行きたいのかなあ。今なら多分いけるよ姫様。

 みんな、陛下とシェルを見てるからね。


「お前と我が娘、メリアリゼーナの結婚を褒美とする!」


 え?

 私は固まってしまった。

 いやあ、だってシェルって私の婚約者だった気がするんだけど。

 私との婚約を破棄して姫様と結婚するってこと?


「ヴィラの婚約者じゃなかったっけ?」

「多分」

「多分じゃないだろ絶対だろ」


 オスカー様に突っ込まれたけど私も困惑しているんだ。待ってくれ。

 顔を赤らめた姫様がシェルに近づこうとする、その時だった。








「は?」








 突然、会場が雪山になったのではないかと思うほど温度が下がった。

 もはや吹雪の幻覚も見えてきた。発生源は私の婚約者さまだけど。


 いつもぺらぺら喋るシェルの短い一言はその場にいた全員を震え上がらせた。

 陛下もちょっと震えてる。姫様は言わずもがなだ。


「シェル」


 呼べばぱあっとこちらを振り向きシェルが駆け寄ってくる。

 とりあえず会場の温度が五度くらいは上がった気がする。


「私にはヴィラしか考えられません。私が愛しているのはただ一人、ヴィラだけです。だって見てくださいこのヴィラのかわいもごもご」


 喋り倒そうとしたシェルの口を押さえる。

 なんとも微妙な空気になったままセレモニーは終わった。




 ******



 あの後、姫様(むすめ)にめちゃくちゃおねだりをされて断れなかったらしい陛下(お父さん)から謝罪の文がきた。

 私とシェルの婚約は続いたままだ。一件落着といったところだろうか。

 謝罪の手紙を受け取ったお父様は驚きのあまり酷い顔をしていた。その上、いつもは使わない表情筋を使ったせいで筋肉痛になったようだ。


 私はというとシェルに抱きかかえられながらすりすりと頬擦りをされている。


「はあもうほんとにヴィラヴィラ……久しぶりのヴィラの匂いだぁ。もう絶対魔王退治とかいかない。邪神が出てもいかない。絶対。断固として拒否する。あああ可愛いよ早く結婚したい。この一年で背が二センチと三ミリ伸びたね。体重はほぼ変わってないみたいだけど」


 がっちりと抱えられた腕が絶対に逃がさないという意思を伝えてきてちょっと怖い。あともうちょっと緩めてほしい。

 シェルの魔王説得の話なんかを聞きながら私はなにかを忘れてしまったような感覚に首をひねっていた。


 ああ、そうだ。思い出した。シェルがいない間にひとつだけわかったことがあったんだった。それをシェルに報告しようと思っていたんだ。


「ねえシェル」

「どうしたの? ヴィラから話しかけてきてくれるなんてひさしぶもごもご」


 口を塞いで大きく息を吸う。


「シェルがいない間にわかったことがあったの」

「うん?」


 シェルが不思議そうにこちらを見る。






「私、シェルのことがすき」





 今まで私はシェルを家族のようなものだと思ってた。でも違う。お父様と一年間会えなかった時にあんなにさびしくなることはなかった。


 よくわかんないけどこれがすきって気持ちなんだろうなあと思う。

 シェルの愛と同じ大きさかはわからないけど。

 これが私がシェルに返せる唯一のもの。



 途端に無言になったシェルの顔を覗き込めば、耳まで真っ赤になっていた。




 そのあとシェルは椅子から転げ落ち、鼻から出血をしながら悶え苦しんでいた。

 ちょっと怖かった。









書いててとても楽しい二人でした。本当はもっと書きたかったんですが長さ的にこの程度で。

改めて読み返してみるとヴィラちゃんのお父さんが可哀想ですね。

ちょっとでもほっこりして頂けたら幸いです。

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