ブックライツ
書籍の権利(Book Rights) 草案
1.書籍の平等と装丁、内容によって差別されない権利
2.生命、自由及び身体の安全を守る権利
3.自律性と身体保全
4.拷問、及び残酷な非人道的な又は品位を傷付ける取り扱い又は刑罰から自由でいる権利
5.あらゆる暴力や強制、強要から自由でいる権利
6.プライバシーの権利
日本書籍愛護団体 Japan Book Rights Group
ここ数日間、私が見ている限りでは当館の利用者はとても少なかったです。
理由はわかりきっていました、彼らがいたからです。
本が読まれないと騒がれている昨今、退屈なのには慣れていますが彼らがいると休憩中におちおち外の喫煙所にも行けません。普段の習慣が乱れると少しいらいらしてしまいます。たばこを吸っているから? そこはほら、いいじゃないですか。
私の話はどうでもいいです、本題に入らせてください。
事の発端は数ヶ月前にヨーロッパのどっかの国のニュースがこっちで報道されたことだと思います。
「書籍の権利」なんてばかばかしいと思いましたけどね。ビブリオフィリアかって。
でもそういった思想の人がいるから、あるいは得をする人がいるから主張されたんですよね? だとしたら誰がそうなのかなあとか思ったんですよ。
まあ遠い国のニュースだし私たちにはあまり関係ないかなって、そう思ってたんですけどね、1週間くらい前に国会図書館前でデモ集会があったじゃないですか。あれから状況が変わったんだと思います。
「今すぐ閉鎖しろ!」
「本にも権利はある!」
「書籍の解放を!」
そんなプラカードやら主張を掲げながら彼ら――書籍愛護団体は座り込んでいました。
団体と言ってもこの辺は田舎なんで5人くらいで多い日でも10人くらいでした。デモというには少々地味ですがいかんせん何をされるかわからなくて怖いので近づく人もいなくなりましたね。
権利団体の人たちは日々入れ替わっていた気がしますが……3人くらいかな? いつもいる人たちがいて彼らが今回のデモの主催者かなと思いました。結果的にはそうでしたよね?
「先輩、聞きたいことがあるのですがいいですか?」
「何?」
休憩時間、私は先輩と話していました。
「書籍の権利と言っても受ける書籍には心みたいなものは無いと思うんですけど」
「そうねえ、あなたいくつだっけ?」
「26歳ですけど……何か?」
「わたしもお爺さんから聞いたことしかないのだけど、多分本にも心はあると思うわ」
予想外の答えには驚きましたがお爺さんから聞いたというのが気になって私はそこを星下げてみました。
「ほら、犬っているじゃない? あれって今でこそ人と共存しているけど昔は狼だったり野犬だったり野生のものがいたじゃない。あれみたいに本も昔は野生のものがいたらしいのよ」
「野生の本ですか、面白いですね」
「それがそう愉快なものじゃなくて、今でいう熊みたいに人里に降りては人を襲うこともあったらしいわ」
「なんで人を襲うんですか?」
先輩の言葉は受け入れがたい話ではあったが大人しく聞き続けることにしました。
「そりゃあ本があったらあなたはどうする?」
先輩はニヤニヤしながら私に聞きました。
「読みますけど?」
「そう、野生の本は読もうとしたら襲ってきたの」
理不尽だ。私は思わず口に出しました。
「そう、理不尽よねえ、でもこれは本当の話で実際に年に何人かはけが人が出ていたらしいわ」
でも、と私はもっともな疑問を先輩に投げかけました。
「読まれなかったら本の意味は無いんじゃないですか? それと今の本はどうなんですか?」
「そうよねえ、でも人が人を選ぶみたいに本にも読み手を選ぶ権利はあると思うの。そして今の本は人に管理されて飼いならされているようね、それこそ犬みたいに」
私は微妙に納得できなかったので曖昧な返事をするしかなかった。
そんな話をしていたら休憩時間は終わりました。
休憩が終わって何時間か経って閉館間際の頃でした、男の人がカウンターに小説を持ってきたのは。
「貸し出しをお願いします」
カードありますか? と聞こうと見上げた彼の顔に既視感を覚えたときには彼はナイフを取り出していました。
悲鳴を上げそうになった私に彼はナイフを突きつけこう言いました。
「ここは図書館です、お静かに」
彼は表でデモ活動を行っていた団体のひとりでした。彼はこうも続けました。
「書籍を不当に監禁している倉庫へ案内しろ」
それからの書籍愛護団体の手口は凄いものでした、先輩がとっさに通報していなければこうして私が話をすることもできなかったと思います。
後に聞いた話によると書籍愛護団体、犯人たちにしましょうか。犯人たちは5人だったそうです、そしてそれぞれがナイフやスタンガンなどの武器を持って書庫に保管されている書籍を解放しようとしたみたいです。
まあそんなこんなで私たちはあっという間に制圧されて、人質として書庫に押し込められたわけです。今思えばそれが好機だったかもしれません。
10分くらいして警察が来て犯人のうちのひとりと交渉を始めてからの数時間、人質の見張りを任された犯人のひとりと私たちは行ってしまえば暇だったわけです。後ろ手に粘着テープで拘束された私たちはそんなこと思う余裕もなかったわけですけど。
しかし難航する交渉に犯人のひとりがたばこを取り出しました。それを見た先輩は叫び出しました。
「ここは火気厳禁です! やめてください!」
すると彼は先輩を殴りつけました。先輩はその場に倒れ込んでしまいました。
「うるさい! 黙れ! 書籍の権利を侵害する悪党どもが!」彼はそう叫びながらたばこに火を点けようとしました。しかしライターが切れていたのか、なかなか火は点きませんでした。すると彼は私たちに誰か火を持ってないのか! と聞きました。
先輩を殴られて半ばパニックになっていた私は彼に持っています、と言いながら後ろポケットにあったライターを床に落としました。
彼はそれを無言で拾うとたばこに火を点けようとライターを点火しました。その時です、バシッ、となにかが音を立てて彼がライターを取り落としたのは。
一瞬私は何が起きたかわかりませんでしたが彼の手に何かが飛んできたことだけはわかりました。彼が手首を押さえて痛そうに呻き声をあげているものですから。
よく見るとそこには一冊のハードカバーが浮いていました。生まれてこの方本が浮くなんて光景は見たことありませんでした、それは犯人の彼もそうだったようで「何だこれは! どうなっているんだよ!」と驚きを隠せない様子でした。
そんな声など聞こえないかのようにハードカバーは獣のように唸り、彼に襲い掛かりました。
どう襲っているかはわかりませんでした、1冊、また1冊と書庫の中の本が彼を取り巻くかのように飛び回って群がるものですから。確かなのは彼の悲鳴が聞こえてきたことです。
やがて悲鳴も聞こえなくなり彼が倒れました。その顔は赤いインクのように血まみれになっていました。
それからはあっという間でした。書庫の中の本たちは書庫から飛び出しました。それから少しして人の悲鳴が聞こえてきました。
私はあの日起きたことを思い出しながら刑事さんに話した後自分の考えを述べました。
「思うに本たちは自衛のために犯人たちを襲ったのだと思います。飼い犬が飼い主を守るために闘うように。そして、図書館に勤める私たちは本たちにとっては飼い主のようなものだったんでしょう、きっと野生の本が減ったのは本たちが人間との共生を選んで進化したんだと思います。そこを解放しようとする書籍愛護団体がお門違いだったわけできっとそれに本たちも腹を立てたんじゃないですかね、あれ以来本は全く動きもしませんし唸ったりもしませんので全くわかりませんが」
「すみません話が逸れました、これであの日起きたことは全部です」
ひとしきり語った後、彼女は軽く頭を下げた。
「いえ、結構です、お疲れ様でした。もう帰っていただいて構いませんよ」
はい、ありがとうございますと彼女は頭を下げて部屋を出ていった。
武装した書籍愛護団体が図書館を襲撃して返り討ちにあったと思ったら本に襲われただなんて。
職員たちは皆同じような事を話すし、襲われた犯人たちは未だ意識を取り戻さないし、一体どうなっているんだこの事件は。
俺はため息をついた。