#8 あの夏、一番、親子の日
「あっちは。こことは全く、異なっていて。刺激的な世界ですね。まさに異世界って言葉が似合うんですよ」
俺は信号待ちになって、その異世界に思いを馳せた。一昨日、行ったばかりなのに、今度はなるべく早く行こうかなって思った。そんな俺に、彼女が。
「へぇ~~何かぁ。現実に聞こえる話しねぇ。お話しが上手だわぁ~~尾田さんったらぁ~~」
けらけらって彼女が笑う。
「でもぉ? そこで、どんなことが起こっているのか。まりな、知りたいなぁ?」
妖艶に胸を主張させて、俺に見せてくるんだけど。
正直に言うと、俺はお尻派なんだ。ごめんな、まりなさん。
でも、聞きたいって言われたら。
俺だって、話したくもなるのもしょうがないじゃないの。
「どんなって。色々と、ありますけど。どんな話しなら、嬉しいですか? お客様」
俺の質問に、彼女は目を横に反らして。目を伏せると、唇に指先を置いた。
明らかに、何かを真剣に考えているのが分かる。でも、それを聞くのは野暮ってもんだ。
「じゃあ。まりなねぇ、お願いがあるの」
「はい。どんなのでしょうか?」
「事件に巻き込まれた話しはないの?」
◆◇
俺が19歳になって、すぐに異世界の事件に巻き込まれた時の話しだ。
フムクロの協力もあって、俺は自身の車を《17丁目》に持ち込みをして、ちょっとばっかし改造も施して、《異世界タクシー》の響きに心を弾ませていた。
だが、異世界なのに現実は厳しかった。
やはりと言うのか、人間への偏見と蔑んだ視線に、横暴な態度が痛かったし、世知辛くも商売にも繫がらなかったから、ガソリンばかり減ってしまったのを見かねたフムクロが、ガソリンタンクを謎の宝石を原動力に変えてくれた。だから減ることを気にする心配もなくなったのは有り難かった。
しかもだ。それは現実世界でも使えたんだ。
ガソリン要らずになって、今だに、それは愛車で整備しながら乗っている。
が、そろそろでもある。新車の購入も、視野にいれている。
取り換え出来るかは、聞かないといけない。
「おい。どうだよ、フジタぁ」
「絶賛! 開店休業中だよ!」
ニヤニヤと言うフムクロに、俺も苛立って言い返してしまう。
だって、こいつは分かっててからかって、聞いているんだ。怒ってもいいはずだ。
「場所が悪いんだよ。ここいらは、金のねぇ連中の場所だって分かってて、客待ちしてんだろぉう。お前さんは胆が据わった奴なのに、どうして、そこで臆病になるのかねぇ? っふ、っはっは!」
言い当てられてしまったことに、俺も恥ずかしくなってしまった。だって、しょうがないじゃないかっ。この異世界の規則も何も、知らないっていうか。教えてもらってもいないんだからっ! と、俺は自分を正当化した。
関わるのが怖いと思ったんだ。
異世界の連中の全部の全部が。フムクロみたいに、俺に親身になってくれることなんかないんだ。
「こっちの交通手段は。ほぼほぼ、自力だ。まぁ、あれだよ。他人に関わりたくないんだよ。俺は他力本願っつぅか。この通り、足が悪いからなぁ」
バンバンと助手席の窓を叩くもんだから、俺も扉を開けた。
中に入るなりフムクロが叫んだ。
「走れ! 今すぐにっ!」
「!? ぁ゛、ああっ‼」
俺はアクセルを全開にして、急発進をした。バックミラーを見ると。
何か、黒い山が見えた。目を光らせ、ギラギラとしていた。
「ぁ、っれは?? っな、何なんだよ‼」
「《ヒトサシグレン》っつぅ、……まぁ、あれだ。肉食の一族だよ」
「っはぁー~~?! ぅんなのまでいんの?! この異世界、っこっわぁア゛~~‼」
俺もブレーキなしで、路を一直線に走った。
きっと、今の俺の顔は真っ青で、泣き顔になっていることに、違いなかった。
それでも落ち着きを取り戻した俺は、安全運転に戻して――息を整いた。
「あ。……何? 俺のこと心配してくれてたの? フムクロってば」
「ああ。心配もしたくなるさ。俺は、お前さんを息子のように思っているからな。なんだぁ? 心配しちゃあ、いけねぇってのかい??」
引きつった嗤いで、フムクロが俺に口を尖らせた。
まさかの、息子宣言には流石の俺もびっくりした。
俺は母子家庭で姉と俺と弟の父親も、それぞれ違って居着いた父親候補も母親の自由奔放さに去って行って、父親像なんか想像も出来なかった。そんな俺に、彼が父親宣言をしたもんだから。
びっくりした、としか。
「ゃ。あの、……うん。正直に言うと、嬉しいよ。フムクロ」
「っふ、っはっはっは! 可愛い奴だなぁ! よしよし」
フムクロが俺の頭を撫ぜて、完全に子供扱いを始めた。
流石に、そんな真似はと、俺は頭を横に反らした。それに、フムクロが目を細めて俺を見た。
「俺のおかげで喰われたなかった恩を忘れるなよ?! ったっくよぉ~~‼ お前も、場所は毎回変えるとかしろってんだよっ! ああ! そうだっ! 俺がいい奴を紹介してやろう!」
「えぇ……」
それはフムクロなりの親心なのか。
俺が、この異世界で商売というか、生き残れるように。
戦えるように鍛える気だったんだ。
◇◆
「ねぇ? その、父親? の人とは、まだ交流はあるの?」
「いえ。4年前に、持病が悪化して。他界しちゃいました」
「!? っつ‼ ぁ、っそ、ぅなんっだぁ~~まりな、その……ごめんなさい」
「いいんですよ。気を使わせてしまって、すいません。お客様」
俺も、異世界の奴らは不老不死かなんかで、死ぬとかも思ってなくて。
フムクロが、死んだ時の衝撃も、隕石が頭に当たったかのような。
目の蛇口が壊れたかのように啼いてしまった。
「さぁ。続きは、お聞きになりますか?」
今にしてみれば出会った瞬間から彼は。己惚れでもいいけど、俺に父性愛に目覚めたのかもしれない。初めてもの応じない俺に、心が弾んだに違いない。
今にしてみれば、もっと、もっと話しをするべきだと思う。
そうしていれば。
死の訪れに、恐怖したっていうのに。
「もう! 出し惜しみしないで頂戴♡」