#6 いつか、帰って来たら話しをしょう
「!? っつ、着いてしまったのかっっっっ!?」
彼が狼狽えている様子が、ばっちりとルームミラーからも見えた。
動揺しているとも思う、だって、この話しは序盤中の序盤に過ぎないんだから。
腕時計を見て、さらに携帯で電車の時刻を確認しているかのようだった。
そして、電話をどこかにかけている。
(早く降りてくれ。どうせ、最後まで聞けないんだからさぁ)
俺は駅の横のタクシー乗り場に並んで、ドアを開けずに待った。
一刻も降りてもらって、次の乗客を見つけたかった。
まだ、雨が止むこともないようで、バケツが浴槽に変わるくらいに、それぐらいに大雨になっている。
ワイパーも止めどなく、動き続いていた。
「……尾田さん。駄目だったよー~~おじさん、がっかりだよぉう」
「? 一体、何がですか??」
「この時間の電車じゃないと間に合わないんだよ。あっちの会議に……」
項垂れて顔を手で覆ってしまう彼。
だが俺は、同情とかはしない。初めに長くなる有無を伝えてからの会話だったはずだ。
それを承知で、彼は聞いていたはずだ。
「これからいいところだって言うのにぃ~~っくぅ~~‼」
ただ、あまりの凹み具合に、段々と同情も湧いてきてしまう。
「こっちに戻って来た際に、指名をしてくれるようでしたら、続きをお話ししますよ。お客様」
「辞めないっ?! ここのタクシー会社から、他に転職とかしないかい?!」
かなり必死だな、この人。
まぁ。転職をする予定もないんだけど。
「あー~~はい。どこまで会議で行くんですか? 日数的に、どれぐらいなんですか?」
「会議は函館だよ。そこから転勤で、……2年は、こっちに戻れないんだよぉう‼」
ついには泣き出してしまった彼に、かける言葉を、俺は持ち合わせてなんかいない。
今、何を言ったところで、彼の傷心が治る訳でもないんだから。
「ちょっと。待ってて下さいね」
俺は腰を上げて、グローブボックスの中を開けた。
この中には、俺が異世界で買ったものが色々と入っていてぐちゃぐちゃで、欲しいものも、中々と見つけられなかった。だが、俺も、諦めずに手探りで探すと、ようやく指先にそれっぽものが触れた。
取り出して見ると、目的物が爪先に引っかかっていた。
「これこれっ!」
それを俺も彼に身体を翻して手渡した。
受け取った彼は、それを左右に上下に見て――俺を見た。
「これは、なんだい? 尾田さん」
「それは、あっちで販売している土産品なんですよ」
「!? っく、くれるのかいっ?? ぉ、おじさんに‼」
「ええ。差し上げますよ」
俺が彼に渡したのは、鳥のマスコットキャラクターがついたストラップだ。
これは、ピチクパチク鳥から作られているんだ。長く押すと、声が出る仕組みになっている。
「じゃあ。お元気で、お客様。いってらっしゃい」
彼も、携帯のケースに点けて、満面の笑顔になった。
そして、代金の他にチップとか言って、かなりの額を手渡された。
「2年後に指名させてもらうよ! 尾田さん!」
雨の中、会釈をし大きく手を振って、駅のホームに足早に向かう彼。
きっと、あの人は昇進をして、栄転したりなんかして。ここには戻って来ないだろうと思った。
でも、いつかは戻って来るんだろう。
ここが彼の故郷なんだから。