#5 トンネルを超えて、着いた先
「その当時って。尾田さんは何歳だったの?」
彼が、俺に首を傾げて聞いて来た。
「私ですか? 当時は19歳になったばかりでしたね。これは、20代の時の話しなんですよ。古い話しなんかですいません」
「いいよっ! そんなことよりもっ。続きだよ! 続きっ‼」
本当に、運転席に顔を寄せて来る彼の鼻息に、俺も、ほんの少しだけ引いてしまったけど。相手は乗客だ。
聞きたいって言うんだったら、行き先に着くまでの間は、もう少しだけ、相手をしてやらないとな。
「尾田さんっ!」
◆◇
「本当に、奥が長いですね。ここのトンネル」
「だろぉ~~う? 俺みてぇのが1番辛れぇんだわぁ」
俺はライトを点けて、車を走らせ続けた。
そしたら、さらにトンネルに異変が見て取れた壁に絵が描かれているからだ。
海外や、まぁ日本でもあるけど。
現代アートに近い絵が、色鮮やかに迎え入れてくれるかのようだった。
「まぁ。折角、こんなところまで来たんだ。何か土産に買ってやるよ」
「! ゃ、いいですっ。目的地にお客様を送るのが仕事なんでっ!」
鳥なんか貰った上に、こんな訳の分からない場所で留まって、土産まで貰っても、俺の給料にはならないって言うか。会社に、連絡をしないと。色々とヤバい訳で。
ただでさえ結構、街からも離れちゃってるし。
勤務時間だって終わるってのに。
いや、勤務さえ終われば、好きなだけここには滞在が出来るんだけど。
「俺もまだ。あの勤務中なんで、……お客様を降ろしたら、急いで戻らないといけないんです!」
「っはぁー~~。日本人は、そんなんだから。働き過ぎって言われるんだっつぅんだよ。オダ」
彼が――フムクロが、俺の名前のプレートを指を差した。
「フムクロさん。漢字が読めるんですね」
「ああ。伊達に身分を隠して、務めてなんかねぇよ」
「!? え゛っ。っは、働いているんですか??」
「ああ。そうさ」
突然の告白に、俺はびっくりしてしまった。だって、猪の格好で、どうやって働いているってんだよ。ひょっとした、動物園なのか。いや、他にどこがあるってんだ。
「働かねば、食えんからな」
「……人間の無職に聞かせたい言葉だわ」
「ははは! そう言ってやるなっ。どうせ、すでに屍みてぇなもんだろうっ!」
フムクロがニート達を嘲笑った。
(笑えない)が俺の心境だがフムクロも察しているはずなのに、なんとも言い難い言葉に、俺は苦笑いを返すことしか出来ない。
笑うフムクロの返し辛い会話の中で、
「!? ぅおぉ゛お゛っ‼」
俺は目を疑った。
色鮮やかな屋根が見渡せる場所に来たからだ。
「っちょ!」
俺は窓ガラスを下げて、見下ろした。
深い谷底に街が聳え立っているなんて、あまりにも、現実離れした、まさに異世界じゃないか。
「ようこそ、オダっ! 《17丁目》に!」
赤レンガのトンネルを抜けた先は、雪圀なんかじゃなかった。
◇◆
「何?! ぅ、嘘だろう?? 働いてんのかァ‼」
大きな声が、タクシーの中に響き渡った。
童心に、戻り過ぎなんじゃないのかって、思ったし、ちょっとだけ、話してることに後悔もし始めている。しかも、20代の時の話しをだ。この話しは、割とというか、本当に初期の出来事で、後手後手に回ってしまったネタにもならない。
本来は、あまり口外してもいけないネタだったのを、少し、忘れてしまっていた俺も悪いんだが。
今さら、話しを終わらせることも出来ないだろうとも思った。もう遅いってもんだ。
「そうだったみたいでしたね。でも、職場とかはの話しを聞くのを、忘れちゃったんですよ。まぁ。その方が、よかったのかもしれないですけどね」
まぁ。もう、俺も歳が歳だし。
昔を振り替えたっていいよな。
もう時効ってことでいいよな? 王女様。
「あ。お客様、駅に着きましたよ」