#42 あの日の続きがあるのなら
――『雨はいいねぇ、乗客の財布も緩むし。なぁ、フジタ』
「いやいや。全っっっっ然、これが全くなんですが? 和泉ちゃん」
俺は動くワイパーを目で追った。
立地が悪いのか、ただ、本当に運がないのか。
多分、今日は奥さんにドヤ顔をされること間違いない。
それはそれで、ダンマルの奴にも睨まれるし。
困った。
マジで。本当に困ちゃったよな。
――『ああ。今日はお前の驕りで焼き肉を喰いに行こう! うむ。ダンマル家族も誘うとしよう』
「ちょっと! 奥さん。待って、奥さん‼ 言ってんじゃん?? 乗客が捕まらんってっさ~~‼」
――『頑張れっ。お! じゃあな、乗客じゃあ!』
無線を切られたことよりも、乗客が乗ったことにショックが隠せない。
やっぱり、場所選びに問題があるのかもしれない。って、そんな時だ。
「あ。ぉおぉうぅうおぉお!」
大雨の中に浮び上がる、赤い傘から伸びる腕があった。
「乗客ゲット!」
俺はウインカーを点けて、お客さんの前に停めた。
傘を差したのが遅かったのか。
全身びしょ濡れで白いワンピから、下着が浮かび上がっていた。
「お客様、びしょ濡れですね。タオルをお使いになりますか?」
「いいの? じゃあ借りようかな? えぇっと……お?!」
俺の名前に彼女は過剰な反応を起こすのが、バックミラー越しに見えた。
(ぅん?)
「えぇと。お客様」
どこかで逢ったことがあっただろうか? なんて、俺も首を傾げてしまいそうになった。
だが、そこは平常運転、平常運転。
気にしてないって素振りが大事だろう。
「目的地はどちらでしょうか?」
「ぁ、旭川駅まで……」
「畏まりました」
俺がタクシーを発車させた。
どうにも、彼女の面影は。
何となく、初見じゃないように思えた。
俺の知っている、顔だ。
「ぉ、尾田藤太さん?」
恐る恐ると、俺の名前を確認する彼女。
「はい。尾田藤太です」
チャラン――……
「!? っそ、それわ……」
バックミラーに映るのはピチクパチク鳥のストラップだった。
それを渡したのは過去には、あのテンションの高いサラリーマンしかいない。
「あンた。誰から、それを?」
思わず素に戻って、彼女に聞いてしまう。
聞かれた彼女は小さな唇を開いた。
「父は東京からロンドン、ワシントンと栄転、出向して。あたしにこのストラップをくれた後、脳こうそくになりました。ずっと……ずっと――あなたに《17丁目》の話しを聞きたがっていました。……ずっと。ずっと、譫言のように」
顔を歪ませて、気丈に微笑む彼女。
「だから。今、話してくれませんか?」
「はい。よろしいですよ! お客様」
俺も快諾した。
出会えた縁に俺も嬉しかったんだ。
「お父様は、北海道にお戻りになったんですか? 名刺を失くされたんでしょうか。いつでもどうぞと、私はお渡ししたんですが」
「他界しました。それが父の遺言なんです……あたしが聞かなきゃならないおとぎ話――」
大粒の涙が伝う目に、俺もどうしたもんかと思った。
何て、声をかけたらいいだろうかと、困ってしまう。
「あたしにも子供が産まれるんです。この子にも語り伝えられる物語でしょうか?」
「どうかな? ちょっと、刺激があり過ぎるかもしれない」
「そう、なんですか?」
意気消沈する彼女に俺は続けた。
「……じゃあ。他の話しをしましょう。そっちなら、まだ。大丈夫かなって思いますし」
「その話しは長いのかしら? ああ。後、名刺貰えます? きちんと聞かないと、父親みたいに未練が、後悔もしそうだもの」
「はい。喜んで」
俺は彼女に名刺を渡した。
「それで。どういったお話しなの?」
喜々とする彼女の目は、あのサラリーマンの生き写しのようだった。
「ネット通販販売大手の《ワールドルーツ》って会社をご存知ですか?」
さぁ。
目的地まで話しをしましょうか。




