#34 ガラスの靴を木っ端微塵にして放り投げて
「うっわ。盛り上がってんなぁ~~すっげぇー~~」
俺は久しぶりに、王都をタクシーで周ったんだが。
どこもかしこも群衆で、途中から歩くことにした。
別に、娘の戴冠式に来た訳じゃない。
「本当に。お祭りだよ、親父」
そこはダンマルの家が在った場所。とても見やすく、太陽の光りが当たる場所だ。
墓参りに寄っただけの話しだ。人目見ようなんか思ってもいないさ。
久しぶりなだけあって雑草も生えてやがった。
俺も、腕をめくって大きく息を吐いた。
「最近さ。乗客に昔の話しばっかしちゃってたらさ、何か訳の分からない《17丁目》の日本人の化けた奴が来て、あんときの子供が子供を産んで、その子供が統括するっていわれちゃったんだよね。今、あンたが生きてたらって、本当に思うよ。フムクロ」
一緒にダンマルも連れて来たがったが。
あいつは子供がインフルで倒れちまって、看病の為に来れなかった。
「今度は。ダンマルの奴も連れて来るよ」
1人での墓参りは久しぶりで。
堪らなく俺は――寂しかった。
「ふぅん? ようも、来れたもんじゃなァ? フジタぁ??」
びっくん! と背後からの言葉に、声に俺は驚きを隠せない。
絶対に応えても、振り返ってもダメだとも思ったもんだから。
身体は硬直してしまった。
「こんなめでだい日に、そんな誰も居らん場所に声をかけるのか。お前はいう莫迦は」
「――……居るよ。親父の魂がな」
「ならば。お前の娘にも声をかけよ、フジタ!」
「ははは! 嫌なこったっ」
俺は雑草を、改めて抜き始めた。
「俺なんかにゃあ娘なんかいないっつぅの。誰かと勘違いをされてらっしゃいますなっ。あンたは! お引き取り下さいなぁ~~」
地面を見ていた俺の正面に足が映った。
瞬間。
顔面をつま先で蹴飛ばされた。
「っが!」
俺の身体が吹っ飛んだ。
ゴロゴロと転がってしまうし、地面に直にいった腕も痛いったらない。
「っぼ、暴力は、反対だぜ? なぁ、イズミノミフさんよぉう!」
渋々と俺も、彼女の名前を呼んだ。そして、彼女を見た。長い黒髪に勝気の目に、成人女性に成長していたことにびっくりはしないが。だって、その姿は一度見たことがあるからだ。
どうにももろ俺の好みのタイプだった。
「やっと。私を見たな! っふ、じったぁ~~♡」
でも中身は、あの頃同様に。
「っと! ぉ、おい‼」
積極的なままだ。
今度は頭部から地面に落とされた。身体の上にイズミノミフが跨っている。
見下ろす彼女の目に映る俺の顔は、情けなくも真っ赤だった。
「私は女王ではない! 娘に譲ったからな!」
「あのさぁ? 17歳で、戴冠って普通なのかよ!?」
「うむ。私も十代でさせられたぞ。母上が父上を追って地上に降りてしまったからな! だから、《王家》は不老不死と呼ばれるのじゃよ。年老いた者が残らんからなっ!」
高笑いをするイズミノミフは、本当に可愛いと認めざるを得ない。
いい女になったんだなって、しみじみと思っちまった。
「言っとくけど。俺もダンマルちゃんと同じくらい女と寝たし。多分、子供も何人かいるんじゃないかなって、たまに思うし。それくらいヤリチンですけど? そんな男に幻滅せずに、それでも愛してるって、アンタは言えんのかい?」
そう言葉を投げかける俺の両頬に手を当てると。
イズミノミフの顔が近寄ってきたもんだから、俺も目を閉じた。
「構わんよ。それでもお前は私の男であろうがっ」
満面の笑顔に。
陥落しない男がいるだろうか。
勃起もさせない男がいるだろうか。
「なーイズミノミフって言い辛いしさー……和泉って名前どう? 尾田和泉」
「!?」
「あぁっと、……だから、そのっ」
俺は上半身を上げた。落ちそうになるイズミノミフを腕で支えた。
「俺なんかと苦労する生活に満足出来ますかね? 王宮生活以下の下民並みの質素で地味で嫌になるかもしれないぜ?」
俺の鼻先を無言に掴んで捻るイズミノミフ。
「ふぃふふぃ?」
そして、またキスをされた。ソフトな触れるだけのキスを。
こんな優しいくちづけは、初めてだと思う。
「構わん! ほら、娘に見つかる前に行くぞ!」
「ひょっとして。俺の家かぁ? てか娘に見つかる前って?」
「王家の掟で。戴冠式前に掴まると王女殿下の継続が決まってしまい。娘が20歳になるまで逃げられんのじゃ! つまりはタイムリミットが、ヤバいのじゃ!」
「いいじゃん。続ければ? 王女殿下をさ??」
あっけらかんと言った俺の顔面に思いっきり、イズミノミフの拳が炸裂をしてしまう。
いつから、こんな乱暴者になっちゃったのよ。DVは嫌だなぁ。
「さぁ! タクシーに乗せろ! 私は乗客だぞっ!」
額にキスを散らすイズミノミフに。
俺も額にキスをした。
「お客様。どちらまで?」




