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#33 いつか莫迦な話しをつまみにして喋る日を

 依然と硫酸の雨が降り続け、辺りを燃やし続けた。

 その合間に、雪が降り注いでいるのが、幻想的でまるで。

 嘘のような、映画の1シーンのようなものに俺は思えた。


 そんな惚けてしまった俺に親父が叱咤した。


『おい! フジタぁア‼ 何を惚けてんじゃあ‼』


『!? ぁ、ああ。ごめんっ!』

『ご免で済んだら警察なんざ要らねぇんだよっ‼ 愚息がっっっっ‼』


「この言葉が。そのとき1番、ショックだったよ、……失望されたことが。させてしまったことが1番の――俺の奮い立たせる言葉だった」

「……そっか」


『俺なんかのせいで。エライことになっちまった、……親父。俺は裁かれるか? 罰せられちまうのかな??』


 俺は辺りを見渡した。大きな火が昇る建物に、逃げ惑う人間達。焼け焦げる人間の遺骸も多く、大火傷を負っている人間達に。

 手を差し伸ばす人間達の姿が、俺の涙で揺れている目に映し出される。

 

『さぁな。少なくとも現実世界(こっち)じゃあそれはないだろうなぁ。ただの自然発火で終えちまうだろうよ。だがだ。王女の誘拐による行為で異世界(あっち)で裁かれる。よって、手前を《逮捕》の上で連行だ』


 悪役達と、俺を捕獲したフムクロにとって。

 現実世界はあまり関心はないようで、そのまま俺共々に戻ろうとしたことで、俺は腕のフムクロの腕を解いた。


『おいおいおい。ここで抗っちゃうのかぁ? 何、何々?? 反抗期なのかぁ? フジタぁ????』

 

 引きつった笑顔を向けるフムクロに対して、ダンマルは違う。

 俺に失望の眼差しを向けたんだ。


「そりゃあ。無駄に抵抗する兄貴がいたら、腹が立つってもんさ。なぁ、空知」

「え? ああ。でも、面目はないよね、この場合は。王族の彼女が見ている以上、ごまかすことも出来やしないもんさね」

 要点を言い当てる先方は、流石は漫画家は違うなとか、納得してしまった。

 起承転結をきちんとさせて、完結させる手腕はすごいなとか、いつも漫画家の最終回はため息を吐いてしまうもんな。


「でも。ここから主人公は活躍するんだ! ねぇ、そうだろう!? 尾田さんっ!」


『往生際が悪いぞ! 藤太ぁア!』


 それには目を光らせてダンマルの奴も吠えたのを記憶している。

 ただ、それに背いても、俺にはしなきゃなんないことがあるんだ。


「まぁ。そうかな? 俺がしなきゃなんなかったのは――」


『俺は今から、現実世界(ここ)を閉鎖する‼』


 俺ははっきりと言い捨てた。この火事が起こって90分近く経っている。

 その間に、多くの財を、多くの家族を失った人間も多いだろう。その責任は俺が負うよ。

 多分、こんなときの為に。

 俺は手に入れたんだろうな。


 いや。

 違うな。


『全てが癒える、その期間を捕縛しっ。ズレを修正し続けよう!』


 与えられたんだよ。

 俺の性格を見据えた奴が。


『俺自身が羅針盤になって軸を創造し。括る楔になろう‼』


 《神》って奴が。


『《異世界招待券》を使用し、《見知街》を移動結界の上っ。移転による地震を未然に防ぎ、当たり障りのない日常を保証するっっっっ‼』


 金色に輝く折れ線のあるチケットを宙に掲げた瞬間。閃光が放たれた。

 燃えた家が、黒焦げの遺骸が、大火傷も。

 何もかもが巻き戻り。逃げ惑う人間達も、いなくなった。


 ただ、だ。


『っぐ! っがァああぁ‼』


 全ての記憶が俺の中に吸い込まれた。


「あ~~痛そうだねぇ~~これなんか」

「ビックリしたけど。あまり痛みはなかったですよ。多分、俺――痛覚がないんだと思います」

 腕を組んでしみじみに言う俺に、

「もう、終わりなのか? そんな訳ないだろう?!」

 不満そうに水科が言う。

 腕を振りかざして、大きく口を開けて、俺にそう吐き捨てた。


 ああ。

 確かに続きはある。


『王女様。お怪我はぁ~~、……今すぐに治癒をしましょうじゃねぇか』


 慣れない敬語で話すフムクロに俺は少し、笑った。全て終えたことに力も抜けて。

 宙から地上に真っ逆さまになった俺を、ダンマルの奴が抱きかかえたままに降りてくれた。

 人間の姿にお姫様抱っこには、流石にツッコミたかったが。

 俺にはそんな元気もない。


『良い。治癒は、そこの莫迦にしてもらうとする』

『……――いや。あの、アイツぁ~~そういった治癒とかは無能もいいところで。とんと不向きでしてね? でしって、って! 王女様ぁアっっっっ!?』

 イズミノミフはそう言って、お姫様抱っこされたままの俺の手を取った。


『あたしと添い遂げるのじゃ』


『……はァ!?』


 唖然とするのは親父もダンマルの奴も一緒だ。これは明らかな求婚だからだ。

 流石に手を出しちまったことも、後悔の1ページに追加される。


「王族が人間に形状が似ていることに理由があるんだ。異種性交渉による血の浄化って変な風習っての? だから、異世界(あっち)の奴らは人間の形状した生き物が大嫌いなんだよなぁ。王族を崇拝してやがるから、それ以外を認めねぇの。ぅんだから、人間の討伐が頻繁に起こるんだよ。一応、ダンマルは没落した王族の血脈が流れてんの。だから、人間の遺伝子もあっからかなり似てんのね」


『あはは~~絶っっっっ対に嫌ですけど? 悪ぃなぁ~~王女様』


 勿論、丁重にお断りをしたがなっ。


 ◇◆


「ここで終わりなのかぁ~~もうちょっとで、こう! インスピレーションが浮かびそうだったのにぃ~~‼」


 タクシーの後部座席で先方が頭を掻きむしった。

 そんなの知ったことかと、俺も、またタクシーを走らせた。

 層雲峡まであと少しの距離だ。


 一刻も早く、この荷物を下ろしたくて堪らない。


「あんた、シたときにケアをきちんとしたかい?」


 ぎくり! と俺の身体が強張った。

 今の俺にあのときシタ記憶なんかないっての。

 何十年前の話しだと思ってんだよ。馬鹿かよ。


王女(イズミノミフ)が戴冠式を行い、女王陛下になったことも知っているハズだ。あんたはっ」

 

 苛立つ。

 肌が泡立つ。


 手に力がこもってしまう。


 ハンドルを粉砕してしまいそうだ。


「本当にさぁア! もういい加減に黙ってくんないかなぁ? なぁ゛ア゛っ‼」


 何とか、落ち着かせようと俺も試みる。

 でも、何とか抑えられるのは色々な修羅場を潜ったからだろう。

 

 あと、年齢もあるかもしれない。


「お子の王女を出産したこともっ! 異世界でタクシーの仕事をするあんたなら、耳にしているハズだっっっっ‼」


 確かに知っていた。突然の風の便りに絶望もした。

 イズミノミフは未婚の上で、当時の女王陛下に刃向かい出産をしたらしい。

 赤毛で、二重の面持ちの人間の女の子を。


「だから。それが俺となんの関係があるってぇ? あぁア゛ァ゛??」


 父親の正体を王族も、母親である女王陛下も知らず。

 祝福されて産まれた――俺の娘。


「娘の、王女の戴冠式があるんだっ!」

 

 全部、俺のせいにして後悔をし続けようと誓った。

 ただ、風化していく記憶に。


 そろそろ、頃合いかとも思っていたところだ。


 切り取った《見知街》を。元のピースに戻そう。


 楔が在る限り。現実世界から長時間は離れることは出来なかった。

 俺が柱で、支える神の役割だったからだ。今の俺は分身でもある。

 だから本体に戻って。


 会いに行こうか。

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