#31 禁忌を唱える莫迦がいるから
「それで。俺なんかに思い出させて、……何がしたいんだよ。水科さんよぉう?」
俺は改めて水科に聞いたってのに。どうだよ、こいつはッ!
「オレの話しなんかどうだっていだろう。今、大事なのは――あんたの《記憶》の中にある棚の、引き出しの中にある《原稿だ!」
意味の分からないことを原稿に例えられたって。
俺への遠回しに喧嘩を売っているとしか思えないね。
「っは! ウケるねぇ~~俺の原稿料高いよ? 上乗せしてもいいってことだよなァ? 水科さんよぉう??」
なら、その喧嘩を買ってやるよ。
闇金並みの高額金利でなっ。
「っそ、それは……検証し、しよう……あー~~うん」
金の話しに、言葉の語尾も尻萎んでいく。
そんな彼に先方がようやく、話しに混じった。
「なんとかなるってもんさ! 編集長にゃあ僕からも話しておくよっ」
親指を立ててにこやかに笑う先方。本当に、こんなおっさんが。新人にしかみえない漫画家が、そんな大金をどうにか出来るもんだろうか。
眉唾な、口約束にしか思えなかったが。
俺も、金が貰えることを祈って。息を大きく吸い込んだ。
久しぶりに、これを発動させることになるなんて。思いもしなかったな。しかも、こんな層雲峡に行く途中なんかでな。
「なら。お客さんの目で。直に確認して視て下さい」
◆◇
「っこ、ここは!?」
突然の視界の変化に水科の奴は狼狽えたのだが、冷静だったのは。どういう訳だか、漫画家の先方だった。
「幻覚、……僕達の記憶を繋いだんですね? 尾田さん」
淡々と、メモに力強く書き記していく様子に。
「ええ。その通りですよ、先方先生w 御名答!」
俺が使ったのは、勿論禁忌魔術式の1つだが。説明は面倒だ、言ってやる義理もない。
「では。旅行に向かいましょうか」
ここは俺が見て。《暴走》を起してしまった現場だ。
「おい! 待てよ! こんにゃろうぉうう!」
懐かしい、昔の俺が走って行った。
歯を食いしばって、拉致をされてしまったイズミノミフを追ったんだ。
俺の油断と、独断で行ってしまった後悔が、俺を動かしていた。
王女を取り戻して、送り返せば済む話し。その程度の解釈だった。
(そんときは。頭に血が昇って……熱くなりし過ぎてしまっていたんだよ。ダンマルちゃん)
俺は飛び上がったゴリラの傭兵たちの背中を見上げて。勢いよく飛び上がった。
やったことはなく、成り行きで術式を扱ってみたんだ。
そしたら、どうだ出来たんだ。《17丁目》でしか扱えないって思っていたのに。
しかも、まさかの《禁忌式》の方が使えたんだ。俺の心が弾んでしまったんだ。
沸き上がる感動の感情に舞い上がってしまった。
『●♪#$%!?』
『×#◇♠♡‼』
『何を喋ってんのか分からねぇんですけどぉうっっっっ?!』
異世界ではない現実世界で、平和な日常を謳歌する日本人達が住む。その上空でだ。両手を宙に上げて詠んだ。
「ぅ、っはあ~~。何、何々?! この少年漫画の王道じゃないかぁ~~♡」
先方が俺の行動に、そう目を輝かせて視ていた。それとは反対で、水科は言葉を見失っているのか。身体を小刻みに震わせていた。
気持ちは分かるぜ、水科。今、あンたが言いたいことは紛れもなく、俺に罵声を浴びさせたいだろう。
なのに、目が離せない状況にいるもんだから。
何も、言えないんだってことが。手に取るように分かるぜ。水科。
だから。あンたは見届けるだけで。今はいいよ。
『《大いなる天の流れを抗いませっ! 負に抱かれし渦巻く闇よ、おいでませぇエっ!》』
俺は生かさず殺さずを極めた。だが、どうにも。
21歳の俺は、フムクロのように達観は出来ない性格だった。
詠唱した言葉に真っ黒くも分厚い雲が宙を覆い隠した、夜だから、そんな異常なことに気づくのは《17丁目》から出向している住民ぐらいなもんだよ。
『×$#♠¥‼』
『♡◆%$‼‼』
ゴリラが辺りを見渡すと、一斉に俺へと武器を持って、向かって来た。
それには俺も不敵に嗤っていたな。興奮に瞳孔も開きっぱなしだ。
『王女を返してもらう、っぜぇええ!?』
宙に挙げていた手を下に振りかざした。
落雷に大雨が降り注いだ。ただ、その雨は普通の雫なんかじゃない。硫酸の雨だ。ゴリラ達の身体が、ドロドロに溶けていく様子に、俺も満足そうな表情のドヤ顔をしている。
ただ。ここで誤算が起こった。
『っい、ったぁアア゛ぃい゛い゛っ‼』
ゴリラの腕に抱かれていたイズミノミフが、悲痛の叫び声を上げた。
流石に、それに俺の血の気が引いた。
『王女様っっっっ‼』
ゴリラもだが。それに捕らわれていたイズミノミフも、皮膚に火傷を負っているのは、肌の溶ける様子からも、明らかだった。
『莫迦野郎ッッッッッ‼‼』
動揺する俺のところに、恐れていた奴がやって来た。
ああ、そうだよ。
『だん、ま、……るちゃ――っつ!』
思いっきり俺の頬を往復ビンタを炸裂させ。
俺を忌々しいといった表情を浮かばせ、歯をむき出すの我が弟。
ああ。俺の弟分の――ダンマルちゃんの登場だ。




