#3 あの夏、一番、暑い雨の日
「それで尾田さん。お姉さんからはチケットは貰えたのかい?」
「はい。姉にとっては、ただの紙キレでしたから」
この話しには続きがあって。
姉は当たったチケットをビビアンの財布を交換とばかりに俺に買わせた。
決して、安い買い物ではなかったけど、俺には、それに値するチケットだったんだ。
「ふぅん。まぁ、確かに《異世界招待券》とか当たっても、おじさんにとっても紙切れ同然かなぁ~~それで? その招待券は? どうしたの?」
興奮気味に食いつく乗客の彼に、俺も話しを続けた。
◆◇
「ほぉ~~♡」
「ども~~」
チケットを交換した、その日は興奮して寝られることも出来なかった。
何度も何度も、異世界への招待券の紙を見て笑いを浮かべた。
キラキラと、黄金に輝くチケットは、さながらプラチナチケットにも思えた。
ただ。俺は、そのまま長財布に、お守りのように持っていた。
正直、子供だましの商品だとも、半分思っていたし。
なのに、今日と同じ日差しの強い夏の雨の日。
「いらっしゃいませ。どちらに向かいますか?」
いつもと同じように、利用の乗客に聞くと。
「《17丁目》だ」
「は? 17丁目ですか??」
「そうだ。17丁目に向かえ」
「あのぅ。すいませんが、どこの17丁目でしょうか?」
乗客が言う17丁目には、俺も正直に言うと知っている。
ここ、見知街の都市伝説に近いものだったからだ。
この街に住む人間なら少なくとも、一回は聞かされる話しであって。
曰くしかない、非日常の寓話だ。
そう、俺は思っていたのに。
「赤レンガのトンネルだ」
「は。はぁ、分かりました」
正直、ここでタクシーの緊急ボタンを押したくなった。
誰かにSOSを発信したかったんだけど、よく分からない全身真っ黒な服装で、明らかに何かの犯人を臭わせる乗客に、俺も身体を強張ってしまって、それどころではなかった。
そこから赤レンガのトンネルまでは、少しあって。
車内はとても、静かで、静か過ぎて……正直、間がもたなかった。
だから、俺は滅多にしないけど提案をした。
「何か、音楽を流しましょうか? それとも、ラジオの方がいいですか?」
「そうだな。音楽がいいな」
「では。私が好きな音楽はヒップホップなんで――」
キラ。
「え?」
俺はルームミラーで、後部座席の乗客を見た。
すると、肩には鳥が数十匹が乗っていたもんだから。
キィイイ‼
思わず俺は、急ブレーキをかけてしまった。
「ぉ、お客さんンん?! その鳥は、あのっ。えぇ~~っと? ……い! インコ、ですかね??」
別に、動物のアレルギーがある訳でもないし、動物厳禁のタクシーでもないもんだから、こういう乗客が一番困るんだ。
「ピチクパチク鳥だ。いい声で鳴き、癒しの効果もあるのだ、運転手。お前さんの疲れも、ふっ飛ぶぞ」
少し声が弾んだ乗客に、俺も、ここでようやく警戒が解けた。
肩に乗った鳥はキレイで、見惚けてしまう程だった。
キラキラと俺の肩に乗ったのは青い鳥だった。
ツイのあのマークみたいな鳥だった。ただ、羽根の先は黒い。
「ふっ飛びますか。じゃあ、強縮ですが。お聞かせ願えますか?」
「ああ」
乗客が指を回すと、一斉に鳴き出した。まるでクラシック音楽のコンサート会場にいるかのようだ。圧巻されて、さぶいぼもたってしまった。
聞き惚けてしまうとは、まさに、このことを言うんだ、間違いない。
「なんか凄く、癒されている気がしますね。ありがとうございました」
「ふむ。気に入ったんなら、その肩の上の鳥をやろう。そいつぁ昨日、孵化したばかりの雛だ」
「!? やっ、あの! それはッ」
俺も、慌ててしまう。こんな生き物を貰っても、正直、どうしていいのかが分からないし。生き物を飼ったこともないんだぞ。いきなり鳥を、どうしたらいいんだよ! って思ったんだ。
「名前もまだない」
◇◆
「おお! ここで何か、登場したねっ! て、言うか尾田さん。犯人みたいな格好って、あんまりな言い草じゃないの?」
「っは、はははっ」
彼に指摘されたから、それに反省はしなきゃいけない。
でも、当時の俺には、犯人に見えたんだよ。顔も、視えなかったからな。
でも、少し客の手前では、言い過ぎの失言でしかない。
「それで? そのぴちく、なんちゃらって鳥はどうしたの?」
「ああ。あの子は健在ですよ。姉の家で、毎日鳴いていますね」
「名前は? つけたの?」
「ええ。マリアちゃんって名前です」