#24 いつかもなく、話したくもない
僕は起き上がろうとしたのに。「ん?!」と身体が、全く動かないことに気がついた。
それよりも、あれだ。身体に感覚がない。
「あなたは《17丁目》で負傷したことを。兄が気づかずに、そのままご自宅に送り届けてしまったのです。あなたの入院に気がついたのは、忘れ物のおかげでもあります」
そうダンマルが指先で、俺のバックを持ってブラつかせた。
「集中治療室ではなく、個人病室でもなかったから。少し手間取ってしまいました、……遺憾です」
ああ。滝澤、あと少し。もう少し、ほんの一寸でいいから。
どうか、電話から耳を離さないでくれないか。僕の戯言に付き合ってくれないか。
お前は本当に、聞くのが上手で。話すのも上手で、いい奴なんだってことはみんながみんな分かっているんだ。
僕だって、きちんと話しを聞いてくれるお前のことが、堪らなく好きだ。
「しかし。もう手遅れです」
「……はァ?」
「《フィルヴァ》の武器には《猛毒》が塗られています。処置が遅ければ、じわじわと死に至ります。つまりは、もう――あなたは手遅れと言わざるをを得ないんです」
その言葉は、どう捉えればいいと思うだろうか。滝澤。
いや、この言葉だけで十分過ぎる程に、重々、分かる話しなんだ。分かりやす過ぎるんだ。
それがかえって、どうしょうもなくて。
どうにもならな状況なんだって、心が強張ってしまって。
頭の中も碌なこともないのに、走馬燈のように、記憶が溢れるんだ。
記憶の全部が、お前だよ。滝澤。
中学と高校と、大学に就活と就職に、リストラ。再就活と再就職。
今のいままで、ずっとお前は、僕に笑ってくれて。
奥さん共に、よく接してくれた。
「ぅ、あァあああァっっっっっ‼」
視界がぐにゃりと大きく揺れた。
僕の世界に衝撃が奔ったのは、これが二回目だ。
それは、勿論。滝澤の結婚のときだ。
「あなたには《選択肢》があります」
「っせ、んたく、しぃ~~??」
「はい」
真っ暗い病室に漏れる月明かりに、浮かび上がるダンマルの強張った表情が、どうも滝澤に、そっくりに思えた。それが逆に、僕の胸を焦がす。
「らに? いってみれよ」
僕も、つっけんどんにダンマルに言う。
「1つ。《17丁目》に住民票を移し、移住をすること。1つ。そのまま、死を受け入れること。――1つ。全てを0とし、1から始めること。1つ。全てを1とし、永遠に1を繰り返すこと」
最後の言葉は、声が掠れていた。どうも、最後のやつは、嫌な選択肢なのかもしれない、一寸、意味が分からないけど。漫画的な展開なんだと思う。
「どちらを選ばれても。構いませんが――最後の2つは進められません。いえ、選んで欲しくないですが……その選択をされるのは伊勢さんだけです。今、この病床で迫ることもいけないことなのは、重々、承知なんですが。今は、切迫した状況なんですっ」
子供のように、泣きじゃくってしまったダンマルの姿に。
ああ。滝澤のこんな顔、見たこともなかったな。って、今さらになって気がついた。
でも、お前が泣く顔なんか、見たくもない。
僕はお前の記憶に残りたい。
色鮮やかに、家族に語られるぐらいに。
僕に染まらせたい。
「――《17丁目》には、人間はいるの?」
「! はい。《第9地区》なる集落があり、そこには地球人しかいません。言語も1つで、統一されていますっ」
なぁ、滝澤。もう少し、あと少し。ほんの一寸でよかったんだ。
でも、もういいや。話すのは疲れたんだ。
ただ、お前の話しなんか聞きたくもない。
僕以外の誰の話しを喜々とされても、辛いだけなんだ。
◆◇
――『じゃあ。続きを話してくれよ』
◇◆
もう、お前に話すことなんか何1つとしてない。
心配をかけて悪いけど、もっともっと。僕の言葉に耳を傾けてもらいたかったのは本心だ。
僕の親友は、滝澤。お前だけだったんだから。
心の底から愛していたのだって、お前だけだったんだから。
でも、やっぱりお前はそうじゃなくて。なぁ、滝澤。
もう二度と、お前に話すことなんかない。
「あ」
「? どうかしましたか? 兄のタクシーが下で待っていますから。着の身着のまま逝けますよ?」
ダンマルが僕を背負った。腹から漏れる感覚は、多分、血だろう。ダンマルの服の背中についているんだろうな。
「なぁ? お前の兄貴。ぶん殴ってもいいよな?」
「稼ぎ柱なんで、穏便にお願いします。出来れば、ですけど」
苦笑交じりにダンマルが、笑いをこらえた声を噴き出した。
その声に、僕もつられて笑い返した。
滝澤。お前はお前のままで家族の為に生きろ。
僕は僕の路を行く。
おさらばだ!




