#17 老人は下車をする
ジャアアぁあ~~……
「っはぁ゛ー~~気持ち悪ぃ~~」
俺は近くのセイコマに行きトイレに駆け込んだ。
そこにはレフトコーナーがあって、ゆったり出来ていい場所だ。
たまに、この場所でゆったり、まったりとコーヒーを飲むのが至福の時だ。
「尾田っ! 全部、吐いたか!? 全く、今も変わらずか!」
糞野郎が腰を上げてタクシーに向かうのを、
「あ! 何か飲みませんか!? お茶とか! コーヒーとかっ‼」
俺も、必死に止めてしまうのだが。
「要らん! 行くぞっ!」
完全拒否で終えてしまう。
ああ、コーヒーが飲みたかった。
「はぁい……お客様ぁ」
乗り込んだ俺に、「んっ」と糞野郎がコンビニ袋を俺に渡してきた。
「? ああ。はい??」
受け取った俺も、袋の中を見ると。
(コーヒー。胃薬。栄養ドリンクっ!)
滋養に良さそうなものと、俺の好きなコーヒーが入っていた。
バックミラーで俺も、じぃさんを見た。それに、じぃさんも顔を反らした。
「んじゃ! 唐沢病院に行きますかぁあ」
がっこん!
「ぅお」
がっこん!
俺も、もう慣れた痛みに、じぃさんのお強請りを話しを続けた。
もう、ここまで来たら。最後まで、だ。
◆◇
一体、いつからだ。いや、どういう経緯で。ドドッギは、ここに墓参りに来ていたのか。
俺には何がないやら、全く理解がし難い状況だった。
「私がお客様を殺す真似なんか、出来る訳がないじゃないですか」
俺も苦笑交じりに、そう応えた。
「っそ、そこを何とか‼ 俺は人間の手で死にたいんだァアアっっっっ‼」
縋りつくように、俺のズボンを掴むドドッギ。正直、ズボンが破けるかと思った。
「ご免だねっ」
俺も、ズボンを掴んで離させたのに。また、掴んで来るんだ。
「死ぬってんならっ。勝手に、自分で死ねよっ!」
俺は強い力で蹴飛ばして、身体を翻した。
(っさぁー~~って、と。帰ろうっと。ドドッギには悪いんだけどっ)
背中越しに聞こえる呻き声に。俺の足も止まってしまう。俺は殺せないし、殺す気なんかもない。
もしも、俺の風評を知っているのだとしたら。
「‼」
何が狙いだったというのか。この妖精の男は。
ここにきて、俺はあり得ないことが脳裏に浮かんで。思わず聞いてしまった。
「……私のタクシーを、探してたりしました??」
立ち止まってドドッギに確認をした言葉に、出来れば否定をしてもらいたかった心境だというのに、ここでやはりというか。肯定が、聞きたくもなかった返事が返って来てしまう。
「ああ」
「どうしてですか? 私が、人間だからですか?」
「ああ」
「なら。私ではなく。どこか他の人間をあたってくれますか?」
終には返事もなくなった彼に、俺も後ろを振り返った。
その時、彼の体躯が横に倒れ込んでしまった。荒く息を吐く様子に、俺も慌てた。
「ぉ、お客様?!」
お腹を抑える様子に、俺は服を剥ぎ確認をした。怪我は一切なく、自害とかではないようだった。ただ、毒薬かもしれなかった。
「ぁ、按ずるな。俺は、……病気で。もう余命もとぅに過ぎている。死ぬなら、ここと決めていた。殺されるのが本望だった、人間の手によってな、……っぐ、ぅううっ‼ 薬が、切れたよう、……う゛、っだ‼ っぐ、ぅうお゛っ」
「っしゃ、喋るんじゃねぇええ! おぃいい‼」
俺はドドッギを抱えて、タクシーへと向かった。重いと思ったのに、案外、軽かったことに俺は驚いたが、それどころじゃない。
「っだ、誰かっ! 誰かぁあ! なぁ‼ 誰かぁああ‼」
いないと分かっていても、俺はドドッギの身体を抱えて。
誰かに、助けの声を上げてしまう。誰からの返答もないと、分かっているってのにだ。
しかし、ここに来てのまさかだった。
「はいはいっと、……本当に。んな場所に来るなんか、本当にお前さんは、手に負えない息子だわ」
聞き慣れた声に俺も呼んだ。
「親父ぃ゛‼」
「っはぁー~~……ったく、こうなる気がしたんだよ、そいつを乗せてからな!」
「つぅか~~どぉうやっで、来たんだよぉう~~」
「タクシーの屋根は快適だったぞ。さぁて、と? 久しく見ない種族だな、他の一族はどうした? 見捨てられたか?」
軽くドドッギが頷いた。
「そぅか……なぁ。フジタぁ」
「! っは、はいぃ!」
「一丁。この死にぞこないの為に、長い期間の契約をしねぇかぁ?」
親父が言う言葉もそこそこに、俺は契約を行った。一体、どんなものだったのか、未だに分からないし。その後、気がついたら――タクシーの中で、乗客を待っていた。慌てて、《最果ての地》に向かって。墓石の場所に着いても。
彼の姿はなかった。
フムクロに聞いても、誰それの一点張りで。
話しの進展もないまま。今に至っている。
◇◆
「あっけない幕切れです。唐沢病院に着きましたよ。お客様」
「ああ。そうだな、尾田ぁ」
「申し訳ありません、記憶もあやふやな話しをしてしまいまして」
「ああ。いいさ、……何遍でも。やり直そうじゃねぇか」
がっこん!
「ちょ」
がっこん!
お金はかなり多めに俺へと手渡すと。杖を高らかに上げて。
唐沢病院の中に消えて行った。
「っはー~~何、このモヤモヤ‼」
俺は、ハンドルに腕に組んで顔を埋めた。
「? ああ、電話か」
その時、身体に伝わる振動に、俺も力なく言い漏らした。
――『藤太サン。今日の調子は如何ですか?』
普段とは違った上擦った声で聞くダンマルちゃんに、
「おい、ダンマルちゃん。どうかしたのか? 声がおかしいぞ」
俺は聞いた。
――『チョコで胸やけを起こしているだけですけど、何か?』




