#15 真っ黒な砂と悪霊
「どうなったと、言われましても。彼とは……彼とは――」
言い辛いことだってことを、察してはくれないのか。この糞野郎は。それを忘れて厄介な客断定をしてしまったことに、俺は馬鹿だなぁ、と内心で舌打ちをするしかない。
しかし、それは後の祭りってもんだ。
「その。あぁっと? 最果てなんちゃらって場所に着いて、すぐに下ろさずに、観光したんだろう??」
「あー~~はい。しましたよ、観光は」
「その後の話しが訊きたいんだっ」
がっこん!
「っちょ!」
がっこん!
また、じぃさんは持っていた杖で、俺の運転席を叩きつけた。
また繰り返される衝撃に俺の身体も前方に揺れて、腹がハンドルに押し当てられてしまう。
今は、乗客で在る以上、俺は絶えるほかないのが、悲しい社蓄の性だ。抵抗も許されないもんなぁ。
今の時代、ちょっとの注意も激昂されて、最悪事件になる状況が多いと、他のタクシー運転手が口を揃えて、肩を押しとしたのが印象的だったな。
それでも、立ち止まれないのは収入分が減りかねないからだ。
食う為には、忍耐も必要なのが――タクシー運転手な訳よ。
悲しいところだぁね。
「さぁ。尾田ぁ! 思い出せェ‼」
嗤い顔がバックミラーに映る様子に、俺も腹を括るほかない。
だって、この糞野郎は、しつこく聞き続けるに違いないからだ。
暴力は反対だし、車内崩壊も勘弁だ。
◆◇
「真っ黒い砂なんか初めて見ました」
「そうなのか。この黒い砂は、この地区にしかないんだぞ」
「へぇー~~? そうなんですかぁ」
来るまでは真っ白の砂だったのが。
キケンを知らせる立て看板を全て抜かして来た《最果ての地》は真っ黒な砂が一面に広がっていて。
どこか、そら恐ろしいような、不気味な空気が肌に触れ身震いが起こった。
でも、俺は気にせずにアクセルを踏み込み、中へと車を走らせるしかない。
(こんな地区に、この糞野郎は何を目的に来やがったんだ?)
車内は静まり返っていたが、こんな客はたまにいるから、俺はどうってことはない。
つぅか、どこまで行けばいいんだよ。
この《暗黒時代の遺跡》の中を。言いたいことも、聞きたいこともあるけど。
この乗客とは、あまり会話をしたくもない、ってのが本音でもある。
「お客様。どちらまで走らせればよろしかったでしょうか? 私は、初めての土地ですので、出来れば案内をして頂きたいんですが」
「真っ直ぐだ。この路を、真っ直ぐに行けば朽ちた建物が見える」
「はい、かしこまりました。お客様」
車を走らせると、確かに、そこには建造物があった。そして、それは廃れていた。
本当に朽ちていてね、恐らく廃墟マニアには堪らない物件に違いないだろうって思った。
(携帯で動画撮って、ユーチューブにでも流そうかな)
俺は不埒にも、そう思って笑ってしまう。
現世には、フムクロのように出稼ぎに来ている住民が多いこともあって、流したら最後。徹底的に配信者を探して、俺は殺されるだろう。まぁ、返り討ちは出来るけどな。それに、多分。俺は負けない。
面倒な労力は使わない主義だ。アップは止めておくことにしょう。
(写真くらいはいいよなぁ)
俺は窓から携帯で連写した。
「尾田ぁ」
そんな俺に糞野郎が俺に声をかけた。
「呑気なのはいいが。あまり、刺激をすれば攻撃の標的になるぞォ」
「標的、ですか?」
携帯から顔を離し、窓を視た。
「!?」
真っ黒い砂から煙のものが立ち昇り、人の形に変わっていて。
顔は、苦痛に歪んだ見るに堪えないもので。生きているとは思えないものだった。
「ぁ、あれは一体、なんでしょうか??」
俺は、アクセルを思いっきり踏み込んだ。
「アイツらは《ムクロガツガリ》っつぅーなんて言やぁいいのかな? 精霊みてぇなもんだな。魅入られたら最後、いつまでも傍にいて、死期を待たれちまうんだ」
「それは! 精霊じゃねぇしぃい‼ 悪霊の方だっろぉおぅっがァア‼」
後ろを振り向くのも、辺りを見渡すことも出来ずに俺は先を急いだ。
この一帯の真っ黒な砂全体が、あの悪霊達の住処だ。
つまりは領域に居るってことだ。俺達はっ!
「悪霊か。ああ、お前の住む方では、そっちなのかもな」
「そぉうっだよぉおうぅ!」
俺は情けなくも泣き声で言い返してしまった。
◇◆
「ははは! 尾田は泣いたのかっ!」
大笑いする糞野郎に殺意が湧いた。でも、今は大事な乗客だ。
今は、我慢だ。我慢をするんだ。
「お客様。誰だって。怖いと思ったら泣くものではありませんか?」
この話しが、最後まできちんと言い終えるとは俺は思ってはいない。だって、唐沢病院まで、あと僅かな距離なんだからな。
「さぁ。続きを言え。尾田ぁ」




