#1 タクシーに乗りませんか?
「ダンマルちゃん。今日は本当に乗客がいないわ」
――『少しは動きましょうか、藤太さん。待ち場ですよ、待ち場』
車のエンジンをかけたまま俺は乗客を待っているのだが。
今日は運もなく、いつも以上に乗客が来ない。
ダンマルちゃんが言うように、待ち場所を変えなきゃいけないのか、俺だって真剣に考えている。
だが動き回ったってガソリンを減る訳で、エンジンをかけている時点でガソリンも食うのだ。
窓の外に見えるのは真夏の太陽。
窓から差し込む熱に、俺はタイを緩めながら舌を出していた。っへっへっへ、犬のようにね。
――『かけ持ち先もほとんど趣味で収穫もない上に、収入にもなっていないんですから。少しは、現実世界での収入を得て下さいよ、藤太さん』
チクチクと棘のある言葉をいうダンマルちゃんは、24歳という若い青年で、異世界で出会って意気投合した結果、こうして一緒に仕事をしている。
俺の仕事ってのは、【個人タクシー】だ。
会社の名前は《ツインタクシー》たった一台のタクシーが稼ぎ頭である。
ダンマルちゃんは免許がない上に、車酔いをする体質ってもんだから、会社からの依頼者との繋ぎ役がダンマルちゃんになったって訳だ。今ならいい酔い止めの薬があるんだし、そろそろ免許をとってもらいたいもんだよ。
さて。その稼ぎ頭も乗ってくれる客がいなけりゃあ稼ぎもない。
「そっちの事務所は冷房ガンガンな訳ーダンマルちゃーん?」
――『冷房なんか要らないよ。窓からの風で十分さ』
「あ、っそぅ~~さすがは熱さに強い種族ね。北海道なんか快適でしょう?」
――『真冬なんかは沖縄に引っ越したくなるけどね。君を置いて』
「ひっどいこと言うね~~俺とあンたは、運命共同体じゃなかったのかな~~?」
ポツ。
「あれま」
――『雨が降って来ましたね』
ポツポツポツ――……
――『さぁ! さぁ! 稼ぎ時ですよっ。藤太さん! 走った、走ったぁアっ!』
「そぉねぇ~~かしこまりー~~」
俺がタクシー運転手になったのは、高卒の17歳の時だ。
特に進路を考えるでもなく、将来の夢もなく。取りあえず、食っていけるだけの金があればいいやって、気楽に考えて、車を運転することが好きな縁もあって、取りあえず、タクシー運転手になったんだ。
「何なんだよ、このバケツをひっくり返したみてぇな大雨はよぉう」
俺は苦笑交じりに、皮肉を言っていると、
「? ぉ、おっと! 乗客だっ!」
腕を高く伸ばし、びしょ濡れになっているサラリーマンがいた。
ウインカーを点け、俺はサラリーマンへとドアを開けた。
「っひゃ~~助かったよ! どのタクシーも、みぃんな乗ってやがって! っは~~参ったね。こりゃあ~~」
乗って早々に。
サラリーマンが愚痴った。
彼の全身が雨に濡れていた。そりゃあそうだ。
案の定。座席も、びしゃびしゃに濡れていくのが見えた。
「タオルをお使いになりますか? お客様」
「ああ。いいのかい? じゃあ借りようかな? えぇと……尾田藤太、さん」
「はい。尾田藤太です」