フォレスト
突然風がロードの体をぐんっと持ち上げ、ドンとまたがるように落とされた。
黒い竜の背中だと気付いた。
一瞬竜の長の背中かもしれないと思い、緊張する。
『愚か者』
「フォレスト」
戦いの神の言葉でこの背中がフォレストだと分かる。
ロードは震えながらフォレストの首にしがみ着いた。
『ミ・ロード』
「ごめんなさい…」
愚か者は僕だ。
泣くまいと、ロードは必死に唇を噛み締めていた。
「【永遠さま】は何処だっ」
戦いの神が怒鳴った。
『来ておらぬ』
「嘘だっ!お前が来てるのに、【永遠さま】が来ていないはずは絶対に無い!」
『おらぬ。【永遠さま】の気を感じぬであろうが』
フォレストの声は冷たかった。
「まだ足りないのか。ならばもっと殺してやる」
戦いの神の憎しみが空気を重く揺らした。
『愚か者。己の転生の流れを拒むか』
「俺は諦めない」
フォレストと戦いの神の会話を聞いていて、ロードは段々苦しさが増していった。
戦いの神と母は似てる、その事実に泣きたくなった。
…やはり。
求めて叶わぬ切なさをロードも知っていた。
『白虎、緋龍』
フォレストが神獣2体に声を掛けた。
2体は傷付いた体で菩薩の元へ動いた。
大きな球体が菩薩と神獣2体を包み地へ沈んだ。
戦いの神は拍子抜けした顔でフォレストを見た。
「天空に運ぶのでは無いのか」
『転生の流れに乗せる者は星のコアへ戻る』
戦いの神が舌打ちをする。
『執着は己を縛る』
フォレストの言葉は戦いの神に向けられた物なのに、ロードは自分が言われてるように感じた。
「だったら来ざるを得ぬようにしてやる」
戦いの神が不敵に笑った。
その笑いにゾクッとした。
『いくら望もうがお前の願いは叶わぬ』
切なかった…。
切なさの奥から憎しみが産まれてくる。
こんな戦いの神のために死ぬ自分を理不尽だと思いだしたら、憎しみが止まらなくなっていた。
フォレストが突然飛び上がった。
『ミ・ロード。お前の心に我の身が共鳴する』
フォレストが何を言ってるのか分からなかった。
共鳴?
あっ、と思った。
「この黒い肌は…僕のせい?」
思えば戦いの神に会いに行くって決めてから、胸の中に閉じ込めてた気持ちが膨らんでた。
だから…。
『ミ・ロード』
「ごめんなさい…、消せないんだ、消したくても…」
ロードはフォレストにしがみついた。
ロードの涙がフォレストの背中に零れた。
背中のロードが泣き疲れて眠るまで、フォレストは暮れゆく空を飛んだ。
「許してやれ。それが普通の感情だ」
横に来た風の王をフォレストがチロリと見た。
『お前に【永遠さま】からの言伝てがある』
「俺に?何だ?」
風の王は横にいるリザを見ながら聞いた。
『2度と天空に訪ねる事を禁じる。里にもだ』
「嘘を付くなっ!」
『試してみるが良い。【永遠さま】は2度とお前を天空に受け入れぬ』
「何故だ!」
風の王は怒りで表情が変わった。
『お前はロードに憎しみの感情を目覚めさせるなと言われていたはずだ』
「ああ、それがどうした」
『己の憎しみ、戦いの神の憎しみ、2つを抱えての転生がどれほどに辛いものになるか、【永遠さま】は分かっているからだ』
「大袈裟だ。憎しみくらい誰でも多少は持っている」
風の王は肩をすくめて言った。
『なれば試すと良い』
風の王が真顔になった。
「本当なのか」
『このロードは、転生して【永遠さま】の近くに仕えるはずであった。憎しみに染まった今、【永遠さま】の願いは叶わぬであろう』
「俺がロードを諭す」
『もう遅い。産まれた物は【永遠さま】にも消せぬ。辛い役目をさせると自らを責めていた【永遠さま】の気持ちをお前は踏みにじった。その女のためにな』
フォレストのリザを見る目には感情が無かった。
『お前も2度と里には入れぬ。王位を剥奪された者同士暮らすが良い』
風の王がハッとした顔でフォレスト見た。
「剥奪、俺が?」
信じられない、と風の王の顔が言っていた。
「…ま、待って。子供は?子供はどうなるの?」
リザが上擦った声を出した。
「アマゾネスの子等は竜が育ていずれ竜人と契り里を守る戦士になる」
「私の、私の子は?」
リザは見て分かるほど震えていた。
『お前の役目は何だ』
「…私の役目?それはロードの剣の師よ」
それがどうしたとリザの顔が聞いていた。
『それを放棄して、自分の恨みを晴らしに行ったのはのはお前だ』
「でもこの場合は仕方無いわ。私はアマゾネスの女王で母親なのよ」
誇らしげなリザを見るフォレストの目は冷たい。
『お前は風の民から聞いていたはずだな。ロードの使命が終るまで、支えろと』
「それは言われたけど、母親としての私の気持ちは考えてくれないのっ」
『星が滅びればそれも戯れ言になる』
【風の民はお前をはぐれとする】
複数の風が同じ事を言ってる声を運んできた。
はぐれ、は風の民からの追放を意味していた。
「ふざけるな、俺は王だ」
「私も王女だわ」
『欲に溺れ空にも見離されたいか』
冷静なフォレストの声に、2人は焦りを覚えた。
下に降りようとする元風の王に逆らってリザが聞く。
「私の子供を返してっ!」
『あの子等に親は居らぬ』
「1人は私の子よ」
リザの声は必死だった。
『我が子の顔も知らぬ者が親を名乗るか』
フォレストが蔑むように笑った。
「絶対見れば分かるわ」
母と娘の血の絆を信じているリザは、絶対の自信を持って言った。
『なれば己を試すが良い』
フォレストが空中に小屋の様子を写した。
産まれて直ぐの赤ん坊から15歳までの子供が、30人ほど写し出された。
「え?…ぁ…」
リザは子供と同じくらいと思う子を熱心に見比べる。
だけど、子供の顔はどれも似ていてどれが我が子かリザには分からなかった。
『お前の気持ちはそれだけの物だ』
ロードが目覚めたのはフォレストの懐だった。
『起きたか』
「夢を見たよ。里に母もマカウもいて、笑ってた」
ロードは泣き笑いの顔をした。
「死んだらあの輪の中に僕も入れるのかな」
ロードの頬を涙が伝う。
「あんなに泣いたのにね。まだ出るんだ…」
『我は共におる』
「フォレスト…フォレスト」
フォレストに隠れるように、ロードは時が満ちるのを怯えて待った。
扉を閉じて内側に逃げていたロードの意識を外に向けたのは、元気な子供の声だった。
「…フォレスト?」
ロードが顔を上げて視線を外に向けた。
『アマゾネスの子等よ』
「アマゾネスの?リザの子?」
『居るかもしれぬ』
「そう…リザ、喜んでるよね」
『アマゾネスの国が忙しいのだろう』
「え?来てないの?」
ロードが驚いた顔をフォレストに向けた。
フォレストの言葉に偽りはない。
2人はアマゾネスの国の跡に国を作ろうとしていた。
「早く再建して迎えに来たいだろうね。あれ?」
ロードが首を傾げてフォレストを見た。
「戦いの神は?」
『この里を攻める兵を集めておる』
上手く息を吸い込めなくて、ロードの喉が鳴った。
「…外の子達は?」
『竜人の里が匿う』
「戦いの神は飛べないんだよね?」
フォレストが頷いた。
「それなら安全だね」
ロードはホッとした顔で言った。
「死ぬのは僕だけで良い」
『愚かな思いは捨てる事だ』
「…愚かじゃない。きっと…僕に出来るのはそれくらいだと思うから」
ロードが吐息を吐くように笑った。
「少し前までは、諦めの次に訪れるのは無気力だと思ってたんだ」
外の声を聞きながら、ロードがポツリと言った。
「今は…光が欲しい。僕の中の黒い感情を消してくれる光が欲しい…」
身動きして体が落ち着く位置を調節する。
落ちるように眠りに誘われたロードが、目覚めるとまた夢の話をし始めた。
「夢の中にね、女の子が出てきたんだ。何処で会ったのか、ずっと考えてた」
『思い出したのか』
フォレストの声が優しく感じた。
「母とはぐれた日の夜に荒野で獣に襲われて、その時夜なのに仄かに明るい姿の女の子に助けられた」
ロードは小さくうんうんと頷いていた。
「不思議だけどね、もっと昔に会った気がするんだ。そんなはず無いのにね」
ロードがふふ、と微かに笑った。
「その時ね、【ああ、この子は僕の死神なんだ】って分かったんだ」
『ミ・ロード』
フォレストの声が固い。
「…【永遠さま】なんでしょ?母もマカウも幸せそうだったから、僕の死は無駄じゃない、ってやっと思えるようになったよ」
フォレストは動かなかった。
「母とマカウは転生の流れに乗れたの?」
『今は誕生を待っている』
「そう…良かった。あの僕を庇って死んでしまった人も?あの2体の神獣も?」
『菩薩は消えた』
「え?」
ロードが起き上がってフォレストを見た。
『宇宙に召されたのやも知れぬ』
「宇宙に?宇宙に召されたらどうなるの?」
不安な顔で聞いてくるロードを、フォレストが穏やかな視線で見下ろす。
『新しい星のコアになる』
「コア?星の中心みたいな感じ?」
『そうだ。【永遠さま】のようにな』
「………」
『少女は仮の姿。【永遠さま】に肉体は無い』
「…この星が【永遠さま】?」
『そうだ』
「フォレストの胸の羽根は?」
『コアの小さな欠片だ』
ロードは頷いてフォレストの胸に手を伸ばした。
「熱いね」
フォレストが頷く。
「上手く言えないけど、心だけで繋がるのって難しいと思う。繋ぐ手があっても人は争うから」