アマゾネスの国
運命の1年に後4ヶ月となった頃、風の王が来た。
「アマゾネスの国が、戦いの神が率いる国に滅ぼされようとしている」
突然の知らせに驚くロード。
どうしてフォレストの居ない時に事は起こるのか、ロードは動揺した視線をリザに向けた。
リザは顔色を変えた。
「私を連れて行け」
「約束だからな」
「え?」
ロードが驚いて2人を見た。
この前から風の王が時々リザに会いに来てるようだったけど、何か約束してたの?
「この里を襲う前に、戦いの神は【永遠さま】の力を削ごうとしたのだろう。馬鹿な奴よ」
「アマゾネスが【永遠さま】の警護をしてるって勘違いしてるって事?」
「ああ」
「戦いの神は今を知らないの?」
「知る術は無かろう」
風の王は平然と言った。
「天空への道は従者が絶ったからな。地上がどうすさもうが奴らが気にするものか」
「そんな中に【永遠さま】は居るの?」
ロードが救いを求める目を風の王に向けた。
「心配ない。【永遠さま】の目は真実のみを映す」
「寂しいだろうね…」
ロードの胸には言葉にならない罪悪感が広かった。
「気にするな。人の一生は【永遠さま】にとってまたたきの一瞬より短い」
風の王はロードの気持ちを軽くするため詐りを口にして、ロードも詐りと分かりながら頷いた。
「僕も行っては駄目かな。母と父王を殺した戦いの神を時が満ちる前にこの目にしたい」
「苦しむぞ」
風の王の言ってる意味が分からなかった。
「僕が?」
風の王は答えなかった。
「話は済んだのか?なら行こう」
後ろからリザが急かした。
風の王に運ばれて里を出る。
途中、父王の国だった街が遠くに見えた。
「今は放牧民が国を構えている」
「あれからまだ1年にもならないのに…」
時間の無情さに母と父王に手を合わせる事も忘れて、過ぎていく街を見てしまっていた。
「懐かしいのか」
リザの問に違うと首を振った。
「僕は何時も目立たないよう隠れて生きてきたんだ。里に来るまで自分に名前がないのも知らなかったよ」
「誰が付けた」
風の王は聞いてきた。
「フォレストだよ」
「だからロードか、【ミ・ロード】のロードだな」
「何か意味があるの?」
ロードが首を傾げて聞いた。
「【主】の意味がある」
「え…」
ロードの体にグッと力が入った。
「頑固な奴らしい」
笑われて着いたアマゾネスの国は、激しい攻防の真っ最中だった。
数では負けても、力では負けない。
そう見せ付ける戦いだった。
「あ、あれは…」
ロードが地上の白い虎みたいな獣と赤い龍を指した。
上空からも見える姿に息を飲んだ。
「菩薩の神獣が何故ここに居るんだ?」
風の王も不思議そうに言った。
「誰かと戦ってるみたいだけど…まさか…」
ロードの全身に汗が吹き出し、かっと熱くなる。
腰に差してる剣に無意識に手が伸びた。
「ロードっ」
風の王の声もロードには届かなかった。
風から飛び降り、白い獣の前に立った。
心の中は、母と父王の敵だと思う気持ちと、これで楽になれる気持ちがごちゃ混ぜだった。
『人ごときが邪魔をするな』
呆気なく白い獣に後ろに飛ばされた。
ほんの短い時間だけ、間近で見た戦いの神からは憎悪しか感じなかった。
見た瞬間憎しみが人の形になったと感じた。
自分がこの憎悪を自分の中に封じるのかと思ったら、ただ寒気がした。
自分が汚れる気がして、本能は嫌だと拒んだ。
「無茶をするな」
風の王が降りてきて助け起こしてくれた。
「リザは?」
支えられて立ちながら、風の王に聞いた。
「あそこだ」
リザは人との争いの最前線にいた。
「リザっ!」
駆け寄ろうとして風の王に止められた。
「お前が今動けば未来が歪む」
「え?未来が?」
足を止めて風の王を見ると頷かれた。
「戦えば、確実にお前は死ぬ。戦いの神を封じる手を失えば、【永遠さま】は自らに戦いの神を封じようとするだろう。それだけはさせぬ」
今までのふざけた態度からは信じられないほど、風の王の顔は真剣だった。
「でもリザが…」
ロードが弱く抵抗した。
「リザは子を助けに行ったのだ」
「子供?リザの子?」
「我が子だけではない」
風の王は後ろの山肌にある小屋を指した。
「助けて逃げようよっ!」
ロードは風の王の手を掴んで必死に引っ張った。
風の王は『否』と首を振り動かなかった。
「リザはアマゾネスの誇りを取り戻すため戦う」
「アマゾネスの誇り?」
「リザにとって死よりも意味がある」
「…分からないよ。死ぬかもしれないのに…」
ロードの声が力を失って虚ろになった。
「母親に守られて生きてきたお前には分かるまい」
「…守られてなんか無かった」
「非力なお前は自力で生きてきたのか?誰がお前に食べ物を与え、暖かい寝床を用意した」
「え?…ぁ」
ロードは動揺した顔を風の王に向けた。
「お前だけを里に戻すことも出来た。里なら母親の竜が母親が死ぬまでお前を育てたはずだ」
言われて、確かにそうかもと思えた。
「それを手元に置いた。恋に狂った母親でも、子は手離せなかったんだろう」
「…マカウに育てられたら違ったのかな…」
ロードがポツリと言った。
「大差無い。フォレストの代わりの自分の竜を持てたくらいだな」
「あぁ、そうだね。5才の時に里に居たら、竜と誓いを立てられたかもしれないんだよね」
「そうなれば、僕はフォレストに会わなかったのか」
「全ては運命よ」
押され気味だった人が反撃に出始めた。
「リザが負けるよ」
じりじりと退却を迫られ始めるリザを、ロードは必死に目で追っていた。
風の王は指を鳴らした。
小屋から子供たちを風の民と風が空に運ぶ。
「どこに連れて行くの?」
「里だ。4ヶ月後を見据えてな」
「だって子供だよっ」
ロードが悲鳴に近い声を出した。
「竜人とアマゾネスの子孫が未来の里を守る」
「未来…」
ロードの力が抜けて、その場にへたり込んだ。
ロードは、自分が死んだらあの里も消えてしまう、そう漠然と思ってた。
なのに、風の王の【未来】の言葉がそれを簡単に打ち砕いてしまった。
自分の死への代償を、無意識に求めている自分に気付いて、震えがきた。
「ロード!」
風の王の声で我に返った。
!
次の瞬間体が跳ねて宙を飛んだ。
ドン、と肩から地面に叩き付けられた。
遅れてくる腹への激痛。
左手を腹部に当てながら、頭の中は真っ白だった。
何が起こったのか、ロードは理解出来ないでいた。
「…ぇ」
ロードの視線が押さえてる自分の腹部に向いた。
「ぇ…」
押さえた手の隙間から溢れてる血が現実とは思えなくて、ロードは無意識に笑っていた。
「どうだ、痛いか」
霞んでいく意識の中で、狂気の声を聞いた。
「お前からは【永遠さま】の臭いがする」
見上げれば、戦いの神がロードに向かって剣を振り上げていた。
『止さぬか』
戦いの神を見上げるしか出来ないロードの前に、庇うように誰かが立った。
「邪魔をするなっ!」
戦いの神はロードの前に立つ恰幅の良い男性に叫ぶ。
『何故分からぬ。【永遠さま】を悲しませるな』
「【鳳來】が守らぬなら俺が守る」
ロードはやはり、と他人事のように思っていた。
戦いの神は、地上を荒らす事で【永遠さま】が現れるのを待っているんだ、と。
『【永遠さま】には【鳳來】との未来しか無い』
ロードの前に立った男性は淡々と言った。
「違うっ!【永遠さま】の悲しみに星が揺れる。救えるのは俺だけだ」
あの白い獣と赤い龍は?
ロードが霞む目を向けたら、横たわる2体が見えた。
神獣でも戦いの神には敵わないのか…。
ロードは着いてきた事を後悔していた。
『お前は【鳳來】の代わりにはなれぬ』
男性の口調は冷たく変わっていた。
風の王は、と探せばリザを助けていた。
心の奥で、封じる自分よりリザを気遣うのか、と傷付いている自分に愕然とした。
「黙れっ!菩薩でも許さぬ」
戦いの神の口から出た名前に、2体の神獣の主だとぼんやり思っていた。
その後は地獄だった。
ロードを庇った武器を持たない菩薩に戦いの神は切り付け、菩薩は避けなかった。
信じられない光景だった。
戦いの神に腹部を刺された菩薩の体が光に包まれる。
目を開けていられないほどの光が消えたら…、菩薩は地面に倒れていた。
ハッとしてロードが戦いの神を見ると、戦いの神は呪縛の金縛りにでもあったように膠着していた。
苦し気にもがく戦いの神を見ていて、急に逃げなければ、と思う気持ちがぶわっと沸いた。
四つん這いになろうとして、体が軽いと気付いた。
胴からも刺された痛みは消えていた。
驚いて周りを見ると、戦っていた人は倒れ風の王とリザが空中に居た。
『おのれ…』
地面から白い獣が立ち上がり、地面を蹴ると戦いの神に向かって走ってきた。
白い獣の体当たりに金縛りが解けたのか、戦いの神は剣を構えて応戦した。
また戦いの神と2体の戦いが再現され、やはり結果は同じだった。
地面に倒れてた2体に止めを刺そうとする戦いの神の姿に、怒りが爆発した。
怒りが雷を呼ぶ。
耳をつんざく爆音と閃光に、放ったロードの体が飛ばされそうだった。
ブスブスと空気までが帯電していた。
それでも、雷に焼かれながら戦いの神は立っていた。
「お前は許さない」
焼きただれた姿で、戦いの神は剣を振り上げた。