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ミ・ロード  作者: まほろば
過去と今
2/10

楽園



そこは楽園と見間違う景色だった。

豊かな自然の郷。

遠くにここからでも大きいと分かる大木が見えた。

ここが母の里?

さえずる小鳥、ゆったり草を食む獣。

荒地を歩いてきた目には信じられない景色だった。

周りに人の姿は見えなかった。

川?

水の音にひかれて走る。

澄んだ小川の水を手ですくいカラカラの喉を潤す。

ふぅ…。

取り敢えずあの木まで歩こう。

立ち上がり歩き始めた。

ドン!!

背中からの衝撃で前に倒れ地面に手を付いた。

次に襲ってきた焼け付く痛みに息が止まった。

『フロルっ』

「止めないでっ!」

きりきりと弓を引く音がした。

『フロルっ!』

「きゃっ」

怒りの声と同時に突風が吹き荒れ、少女のような悲鳴が後から聞こえた。

『己で枷を増やすか』

哀れむ声と少女の泣き声。

落ち掛けた意識で、このまま死にたいと思った。



目覚めれば、そこは木の上だった。

体は動かせなかったけど、背中の痛みは無かった。

風が枝を揺らし、不思議な音を奏でる。

それは母の歌にも似て、少年の心を落ち着かせた。

『暫し休め。話は傷が治ってからする』

驚いて起き上がろうとしても、体が動かなかった。

「1つだけ教えて。ここは母さんの里?」

暫く待っても答えは返って来なくて、少年は諦めのため息を付いた。

ああ、ここも自分の居場所じゃない。

沈黙が痛いほど少年に教えた。



少年が動けるようになるまで、3日掛かった。

うとうとと眠り、たまに意識が浮上して、また眠りに誘われる。

不思議と空腹は感じなかった。

3日目。

そろそろと上半身を起こして背中に手を当てた。

痛む場所はない。

少年は幹の節を足掛かりに伝いながら木を降りた。

降りて見上げると、やはり少年が寝かされていたのは最初に見えた大木の上だったらしい。

警戒しながら辺りを見回す。

また弓を射掛けられる恐怖に震えながら、少年は辺りを見回した。

『起き上がれるようになったようだな』

びくんとした少年が声の主を探した。

「どこ?」

『ここだ』

頭上からの風圧で体が大木に押し付けられた。

『我はマカウ。お前の母、マカニの竜だ』

「母さんの竜?」

思いがけない言葉に少年は言葉をなぞった。

「母さんがマカニ?」

思えば今まで誰かが母の名前を呼んでるのを、聞いた事が無かった。

街の人は母を【占い人】と呼んで、深い関わりは互いに持とうとしてなかったように思う。

声のする方向を見上げてみても、木が邪魔をしてその姿が見えない。

木の影から出て空を見上げれば、そこには大きな黒い竜が羽を広げて浮かんでいた。

その大きさに息を飲む。

少年は象より大きいかもしれない姿に圧倒された。

地上に降りてきたマカウの背中には、少年より少し若そうな少女が乗っていた。

身軽な動作でマカウの背中から降り立った少女の右手には、小型の弓があった。

きっと彼女がフロルだ。

少年の顔が恐怖からの怯えで歪んだと思ったら、本能からなのか体が揺れて一歩下がった。

『フロルには2度と傷付けさせぬ』

「それは射掛けたのは悪いと思うけど、マカウを裏切った女の子供を何故庇うのっ」

フロルは感情のまま声を張り上げた。

裏切った?

母が?

信じられない話に思わずマカウを見上げた。

『我の言い付けが聞けぬか』

「聞けないんじゃないわ」

フロルはハッとした顔でマカウを見た。

『怒りの声が聞こえぬのか』

マカウが見上げた空には、10頭ほどの竜が円を描くように舞っていた。

「…あ…」

フロルの見上げた顔が恐怖に引き吊った。

『長の判断に従うが良い』

「…お願い」

フロルは懇願する目でマカウに訴えた。

「お願い、ここに居させて。私を受け入れてくれる場所はもうここしかないの」

『お前は何故マカニの息子【柩の子】を射った』

「え…それは…」

フロルが動揺を隠せない顔を横に反らした。

マカウの言葉に聞き慣れない単語があった。

『我が気付かぬと思ったか』

フロルは何か言い掛けて、下を向いて唇を噛んだ。



『マカニの息子。己の定めを受け入れここに来たか』

マカウは少年を見下ろして聞くその声には、感情が消えていた。

「僕の運命(さだめ)?」

負の予感に背中がぞくぞくした。

『知らずに来たか』

マカウの声が哀れみを帯びた。

「自分の死を里の誰かに伝えて欲しい、と母が言ったからここへ来た」

少年も不安に潰されて地面を見た。

『マカニの里は空よ』

「…空?」

少年が目だけマカウに向けた。

『マカニは竜人と人の間に出来た子よ』

「竜人…と人?」

少年は間抜けに言葉をなぞった。

マカウの話が本当なら、母は人間じゃない。

その血が流れてる自分も人間じゃないと思い当たったら、底知れぬ恐怖に襲われた。

『竜人はその生を1つにする竜を互いに選び合う』

「生を?1つ、に?」

少年の中に、自分の竜も居てくれるのかと淡い期待が浮かび、有り得ない、と直ぐに期待は萎んだ。

『5歳の誕生の日に、竜人の子は空に問う。空は答え呼び合う竜人の子と竜を出逢わせる』

「僕に…も?」

少年が緊張して聞いた。

『マカニが結界に隠し呼ばせなかった』

「えっ…」

言い様の無い衝撃だった。

母が呼ばせなかった?

何故?

少年の頭の中は疑問と怒りが沸き上がっていた。

『マカニは何も伝えず逝ったか』

マカウの声は重かった。

「…何も」

居たたまれなくて、少年はぐっと下を向いた。

マカウは少年を見下ろし、事実のみを語った。

『17年前、マカニは神に頼まれ人の地に行った』

「…神に?」

話が飛び過ぎて少年には理解できそうに無かった。

『お前の父と契り、この星を救う子を成せ、と』

「…それが…僕?」

『そうだ』

何も言えなかった。

何故って理由を知りたいのに、喉に何かが詰まって言葉にならなかった。

『子を成して、戻ってくるはずだった』

マカウの言ってる意味が掴めない。

『マカニは戻って来なかった』

苦々しく言うマカウは、憎しみに燃える目で少年を見下ろしていた。

少年はマカウを見上げて、泣きそうなのに歪んだ笑い声を出した。

母は父王の側を死んでも離れなかった。

それが答え。

「母さんは幸せだった。死が目の前なのに僕だけ逃がして、父王と逝ったから」

『我はマカニの竜。終わりの時は伝わっておった』



「僕は何のために産まれてきたの?理由を教えて」

少年の声からは諦めしか感じられなかった。

『戦いの神をその身に封印するためだ』

「そっか…」

マカウの答えに、少年は妙に納得出来ていた。

マカウの話で、いくつかの疑問が解けていたから。

小さい頃は夜が怖くて、少年が何度母に添い寝を頼んでもして貰えなかった。

誉めてくれたり髪を切ったりしてくれるのに、母から抱き締められた記憶は1回も無い。

そうか。

僕は神に捧げる子だからだったのか。

分かったら笑いたいのに涙が出た。

『マカニの残酷な仕打ちを許せ』

「それでもたった1人の母だから。僕は死ぬの?」

マカウの無言が返事だった。

「そう、か…」

少年は肩を落として息を吐いた。

「必死で戦いの神から逃げてきたのにね。知ってたら逃げないで母さんと一緒に死んだのに…」

陽気に言いたいのに、最後は声が震えていた。

『時は満ちておらぬ』

「…え?」

少年は固まった。

『神の予言まであと一年間』

「…死ぬ時まで決まってるのか…場所も?」

少年の薄ら笑いを浮かべて聞いた。

『ここであろう』

「はは…そうなんだ」

少年は笑いながらペタリと地面にしゃがみこんだ。




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