終幕
その時は予告もなく来た。
1年までまだ1ヶ月あるはずなのに、里の結界は戦いの神にあっさり破られた。
幸いだったのは、戦いの神が率いる兵が結界を抜けられなかった事。
だから、アマゾネスの子等は逃げられた。
里に入れたのが戦いの神だけと風で知って、ロードは震えながら1つ深呼吸した。
「フォレストはここにいて」
ロードは手でフォレストを止めた。
「みっともない姿を見られなくない」
穏やかな顔をフォレストに向けてロードは微笑んだ。
それまでぐじぐじしていた気持ちがサーっと晴れて、やっと今日なんだ、と思えていた。
風に戦いの神の元へ運んで貰う。
戦いの神は【命の木】に向かって走っていた。
風から戦いの神と【命の木】の間に下ろして貰った。
突然空から降りてきたロードに戦いの神が足を止めて睨み付けてきた。
「見覚えのある餓鬼だな」
戦いの神は目を細めてロードを見た。
「フォレストの背中に居た餓鬼か。そこをどけっ」
ロードは静かに『否』と首を振った。
「切り捨てるぞ」
「僕は死ぬために来たんだから平気だよ」
「気持ちの悪い奴だな」
戦いの神が警戒するようにロードを見た。
「僕はあなたの【柩】として産まれた」
「俺の柩?お前気違いか?」
「狂えたら良かったんだけどね」
ロードは諦めの顔を戦いの神に向ける。
焦れた戦いの神がロードに切り付けた。
剣先から辛うじて逃げて、ロードは言った。
「あなたは何を【永遠さま】に望んだの」
優しい口調で問い掛けるロードに戦いの神の動きが止まり、じっと見ていた。
「お前に言っても分かるものか」
「僕は、僕が死ななくちゃならない理由を知りたい」
ロードの言ってる意味が分からないのか、戦いの神は気味悪そうに見返すだけだった。
「僕は、あなたを僕に封じるために産まれてきた」
「そんな話を誰が信じる」
「母は全部分かってて、僕を産んだ。それが【永遠さま】の願いだから」
「嘘だっ!」
戦いの神の声は否定する叫びだった。
「嘘じゃない。ここで暮らしてた母に、父王との間に僕を産むよう頼んだのは【永遠さま】だよ」
戦いの神は息を飲んで動けなくなった。
「その運命を背負って産まれた僕も苦しいけど、そうさせるしかない【永遠さま】はもっと苦しいはず」
戦いの神がガッと目を剥き出しにした。
「あなたはたくさんの人を殺した。それがどれほどの罪になって自分に返ってくるか、分かってても」
「欲しい者は力付くでも奪う」
言った戦いの神から殺意が溢れた。
「【永遠さま】は望んでない」
「【永遠さま】を救えるのは俺だけだ!」
戦いの神が両手を振り回して怒鳴った。
ロードが『否』と首を振った。
「邪魔だっ!」
「【命の木】を倒しても【永遠さま】は来ないよ」
「うるさいっ」
避けたつもりだったのに、右肩を剣が掠めた。
肩がかぁっと熱くなり痛みにしゃがみそうになったけど、不思議とふって痛みがぼやけた。
きっと、フォレストか【永遠さま】が痛みを鈍らせてくれたんだろう。
「【永遠さま】を傷付けたいの?」
「ああ?」
戦いの神は見下すような顔をロードに向けた。
「【永遠さま】を傷付けたのは【鳳來】だ。だから俺が守ると決めた」
「言葉では守るって言ってるのに、何故【永遠さま】を傷付けようとするの?」
「俺の力を見せ付けてやってるんだ。俺を受け入れない【永遠さま】には俺しかいない証明をな」
「【永遠さま】が欲しいと思う手はあなたじゃない」
「黙れっ!」
避けきれなくて、右の二の腕が熱で燃えた。
右腕から滴り落ちた血が、地面に吸い込まれていく。
それは波紋のように地面を浄化して広がって行った。
ああ、そうなのか。
ロードは泣きそうだった。
僕の血がこの星を助けるのなら、戦いの神も、その手の剣も怖くなかった。
生まれ変わってくる母のために、心の全部がそうじゃないけど、そう思うと自分への言い訳に出来た。
ロードは突いてくる戦いの神の剣を避けなかった。
火山の噴火みたいな、お腹から身体中が燃える熱に意識が飛びそうになる。
「…まだ、まだ…」
倒れそうな体を戦いの神の手を掴んで支えた。
戦いの神が剣を引き抜こうとしても、無駄だった。
剣から手を離そうとしても、それも出来なかった。
「お前のせいだな」
「僕じゃ…ない」
ロードは苦しい息で否定した。
させてるのは【永遠さま】だ、と意識の底で思った。
「うっ…く…」
戦いの神の剣を掴んでいた手から、徐々に姿がぼやけて消えていった。
消え掛けている戦いの神とロードが地面に倒れた。
戦いの神が消えたら剣も消えて、そこには息絶えたロードが眠るように倒れていた。
それから時が経ち、天空にロードの骸を守るフォレストの黒い姿があった。
フォレストの前には幼子の姿の【永遠さま】がいた。
『フォレスト。時が無い。彼を転生の流れへ』
【永遠さま】の声をフォレストは頑なに拒んだ。
『フォレスト』
『我を羽根に戻せ。我の心は離れられぬ』
『転生の流れに乗せねばロードの魂は消えてしまう』
戦いの神の魂を転生の流れに乗せた後、フォレストはロードの骸を天空に連れてきていた。
『フォレスト』
『もう遅い。憎しみを抱いた魂は悪にしか進まぬ。なれば今消すのがロードの望み』
『それを決めるのはロードぞ』
諭す【永遠さま】の言葉もフォレストには届かない。
『分かった。閻魔よりこの者の魂貰い受けよう』
フォレストが止める間も無く、【永遠さま】の姿がかき消えた。
自分が【永遠さま】に何をさせたのか、フォレストは【永遠さま】が消えてから気が付いた。
1つの歯車を壊す行いがどれほど【永遠さま】に負担を掛けるのか、知っているだけに己の愚考を責めた。
救いなのは、閻魔が許さないと分かっている事だ。
感情に振り回された己を恥じるフォレストの前に現れたのは、転生の流れを司る門番の閻魔だった。
『【永遠さま】は?』
『姿を御隠しになった』
フォレストの受けた衝撃は強かった。
姿を隠すとは人の姿を解いて姿を消すと言う事だ。
そうなれば誰にも見付けられない。
震えてるフォレストに構わず、閻魔は滅び掛けていた魂を再び肉体へ誘導して植え付けた。
『まさか、ロードの魂を?』
『お前が【永遠さま】に願ったのであろう』
驚くフォレストに閻魔がにべもなく言った。
『【永遠さま】は転生の流れに乗せる期限ギリギリまで待った。それをお前は』
フォレストがハッとして天空に【永遠さま】の気配を探したが、見付からなかった。
御姿を隠した。
閻魔の言葉が、今さらに重くのし掛かった。
『【永遠さま】からの言伝を預かってきておる。これより先はその者と暮らせ』
『待て、我は【永遠さま】の竜だ』
『その【永遠さま】をお前は御独りにした。事が終わっても、その者を選んだ』
フォレストがグッとロードを見下ろす。
『戦いの神に裏切られ、元の風の王に欺かれ、フォレスト、お前までとは』
閻魔が深いため息を吐いた。
『そうではないっ!』
『結果を見るが良い。お前の望んだ結果をな』
閻魔はフォレストが守るロードを見た。
『無理に魂を戻した歪みで、その者は2度と転生の流れには乗れぬ。お前の頼みと言え酷な仕打ちよ』
フォレストは震えながらロードを見下ろした。
こんな結果を望んでいたのではない。
【永遠さま】なら、と奇跡にすがる思いが言わせた言葉だった。
『お前がその者に掛かりきりの間【永遠さま】がどう過ごしていたか、めくらになったお前は知るまい』
フォレストは目を閉じた。
『その者の未来を歪めたのは【永遠さま】だと、お前はその者への情に流され思っていたな』
閻魔の責める口調にフォレストは何も言わない。
『【永遠さま】はお前に罰は与えぬと申されたが、我はそうはいかぬ』
閻魔はフォレストとロードに光の結界を張った。
『時と共に歩け。時の壁を通り抜ける事は許さぬ』
『何故だ!』
フォレストの体が怒りで赤くなった。
『時を戻り、お前はその者と出会う前に戻りたいのだろうが、それを【永遠さま】は御許しにならぬ』
『閻魔!』
ロードを床に降ろそうとするフォレストに、閻魔が手のひらを向けた。
『【永遠さま】が何度転生の流れに乗せろとお前を諭したか覚えておるか?おるまい』
『我は…』
フォレストに動揺が走った。
『【永遠さま】が御一人で生きる道を選ばれたのは、その者の魂を消すのが忍びなかったからよ』
内に秘めた怒りに震える閻魔を、フォレストは正視できなかった。
『黙して孤独を受け入れた【永遠さま】の御辛さ、【永遠さま】が止めなければお前を焼き殺しておる』
閻魔の言葉にフォレストが力尽きた目を天に向けた。
『その者と共に永き時を歩け、死ねぬ苦しみの中生き続けるが良い』
『ロードに罪はない。罪は我独り』
『その者の負の思いを、【永遠さま】が気付かぬと思っておったのではあるまいな。怨念のように【永遠さま】が居なければ、の呟きは我にまで聞こえていた』
フォレストが苦しそうに息を吸い込んだ。
『何時か、許される奇跡が有るやも知れぬ。懺悔の旅を続けるのだな』
閻魔の手の光がフォレストを長身の青年に変えた。
『竜の姿だけでは不自由であろう、と【永遠さま】からの心尽くしよ』




