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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

甘くないチョコレート

作者: 岩岸佐季


 今年のバレンタインはやめよう。そう言ってきたのは彼女からだった。




「どうせ毎年贈りあいっこになるし、とっくに三十過ぎた女同士でバレンタインもなにもないだろ。」


「しかし軍曹どの」


「誰が軍曹だ」


「しかし閣下。わたしはこれまで秘密にしておりましたが、実は食い意地が張っているのであります」


「秘密……」


「閣下は隠れ食通でありましょう。実は毎年毎年小官は閣下が選んでくださるチョコを楽しみにしていたのであります。……うっ」




 そのしゃべり方をやめろ。


 と、彼女はわたしのほっぺを指でえぐる。




「そろそろ知ってる店もネタ切れなんだよ。毎年毎年、あたしの知ってる店はナオに紹介してきただろ。もう新しい情報はねーよ」


「……そうなんだ。じゃあ、仕方ないね」




 真剣に言われては、こちらとしても納得するしかない。


 普段は凛としたイケメンアイドルみたいな顔を、妙に弱らせて困ったように言われてはな!




「ああ。……だから、今年のバレンタインはなしで。そのかわり、土日にどっか食べに行こうぜ」


「さんせーであります! ……うぐ」


「だから、やめろってーの」


「ふへへ」


「なんで楽しそうなの」




 べっつにー、と私はいつもの調子に戻って、返す。


 そうか。そうか。


 ついにネタが切れたか。むふふ。




「じゃあさーわたしあの店行きたいなー。ほら橋のところにできたバーあるじゃんあれあれ」


「ナオって、普段は女の子女の子してるくせに、ああいうクラシックな雰囲気の店ばっかり好きだよね」


「ふへへ」




 毎年、彼女がくれるチョコレートは、しゃれていて、いかにも大人! という感じで、たしかにおいしかったし、うれしかった。


 けれど、


 けれど、それをもらいながら、嫉妬していたのも事実だ。私の今の恋人は、どういう経緯でその店を知ったのか? 昔付き合っていた恋人にも同じチョコを贈ったのかしら。それは男? それとも女?


 もちろん、こんなことを考える私は嫌な奴なんだろう。けれど、どうしようもなかった。重い女。身勝手な女。毎年わたしは手作りでチョコレートを作りながら、そんなことばかり考えていた。


 けど、今年からは、そんな風に考えなくてもよくなるんだ。




「あそこの店は、バーテンダーがイケメンだったのですよ」


「あっそう」




 アラフォーはじめてのバレンタイン。わたしは幸せな気分で、それを迎えられそうだった。





  ☆ ☆ ☆





 今年のバレンタインはやめよう。そう言ったのはあたしだった。


 あたしの恋人はきょとんとして、一度振り向いて、壁に貼られたカレンダーを見た。二月十四日。火曜日。




「え? どうして? ホワイ?」


「どうせ毎年贈りあいっこになるし、とっくに三十過ぎた女同士でバレンタインもなにもないだろ。」




 あたしは彼女に説明した。毎年贈りあいになるし、自分の持ちネタももう尽きているということを。


 正確に言えば、あたしの持ちネタは数年前にとっくに尽きている。


 それを、知人や同僚などの伝手で、今年まで延命してきたのだ。彼女の期待する「ちょっと大人びていて、男っぽくて、かっこいいチョコ」を贈るのは、そろそろ難しくなってきていた。




「そのかわり、土日にどっか食べに行こうぜ」




 そういうと、妙に様になった敬礼をしながら、「さんせーであります!」などという。


 お前みたいな女性自衛官(WAC)がいるわけないだろ。ナオみたいなふわっとした女があそこにいたら、あっという間に食われて骨も残らないよ。


 彼女自身は三十を過ぎてもかわいらしい、いかにも少女然としたルックスのくせに、かっこいいものに憧れてこういう言動をよくするのだ。


 ふざけてやっているつもりだとは思うが、自分とは違うものにあこがれているのかもしれない。あたしみたいなオトコオンナと付き合っているのも、きっとそういうことだろう。




「じゃあ、夜は中華。で、そのあとバーでどう?」


「いいよー。この間少し覗いたら、あそこの店はバーテンダーがイケメンだったのですよ。期待値あがるわ〜」




 へえ。


 イケメンか。あたしは興味ないけど、ナオは本当にそういうのが好きだね。


 あたしだって嫉妬くらいはする。


 たとえば毎年彼女が作る定番のガトーショコラ。高校の頃からお菓子作りが趣味だったという彼女が、高校のころはいったい誰にそれを渡していたんだろう? なんて、思ったりしないわけじゃない。


 けれど、ある時気づいたのだ。ナオが用意してくれるお菓子はいつも私の好みに合わせて、彼女の好みより少しだけ甘さを増していること。


 それを知ってから、毎年毎年、ほんとうに幸せだった。


 わたしにはもったいないほどの、素敵な彼女。


 けれど、ナオの今の仕事の納期は、二月十五日。きっと彼女はいつも通りお菓子を作る予定でいたのだろう。そんな無理は、させられない。




「楽しみだね~」




 そうかい。あたしはちょっぴり残念だよ、ナオ。




 ああ、でも。


 自分で言い出しておいて、なんだけど。


 やっぱり、少しくらいはナオだって、バレンタインを楽しみにしている部分があったかもしれない。


 そうだ。当日はチョコを注文しよう。


「ウィスキーに合うんだってさ」


 なんて、知ったようなことをナオに教えて、二人でそれを分けよう。


 そうすればきっと、彼女も満足してくれるとおもう。なんといったってウィスキーと一緒なら、彼女の期待する「ちょっと大人びていて、男っぽくて、かっこいいチョコ」にちがいない。




 ただ、お互いもうそろそろいい年だから。


 甘くないやつを。ほんのちょっぴりにしておこう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 岩岸様、読ませて頂きました。 『どうせ、キスして終わりなんでしょう? 知っているんだから』にもあった二つの視点、心の底で互いに想い合っているところがいいです。 レズは違和感なく読めますね。…
2017/08/19 07:49 退会済み
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