第6話
ノエルさまを探して裏庭までやってきたリースさまとわたくしは、ポプラの木のそばのベンチに腰を掛けて、空を仰いでいる彼女の姿に気付いて足を止めました。
隣で、ぼっちゃまが息をのむのが分かる。
わたくしは彼の方を振り向くと、にっこりと微笑み、それから体ごと向き直ってこう続けました。
「ぼっちゃまなら、絶対に大丈夫ですわ」
大きく背伸びをし、わたくしより頭一つ分背の高いぼっちゃまの額に軽く口づけをする。それは、幼い頃に母がわたくしたちによくしてくれた、一種のおまじないのようなものでした。
ノエルさまと喧嘩されたぼっちゃまを慰めたり、落ち込んでいるわたくしを励ましたり、母は決まってそういうときに、わたくしたちのもとへ屈んで「大丈夫よ」と優しいキスをくれたのです。
ぼっちゃまもそれを思い出したらしく、わずかに顔を赤らめながら、小さく頷きました。
「わたくしがここで見ていますから、大丈夫です。ぼっちゃまなら、ちゃんと言えますわ」
もう一度、ぼっちゃまが頷く。今度は、力強いものでした。
わたくしに背を向け、ノエルさまのもとへ近づいていくぼっちゃまの御姿を、わたくしは物陰からそっと見守っていました。どうか、うまくいきますように。
「……隣、いいか?」
リースさまが、遠慮がちに声をかけます。ノエルさまはそれに小さく頷きながらも、若干の距離を取ったように見受けられました。
――やはりまだ、怖がっていらっしゃるのだろうか。
ノエルさまの反応を見たリースさまは、わずかばかり身構えたように見えましたが、すぐに腰を下ろし、それから自分の気持ちを落ち着けるかのように、一、二度深く息をつきました。
沈黙が続き、やがて、ひとつの決心をしたらしいリースさまが、ノエルさまを振り向いて言います。
「ずっと、あんたが好きだった。本当は、タンザナイト伯爵から結婚の話を聞いて、舞い上がりそうだった」
驚いたように、ノエルさまが顔を上げ、リースさまを見る。
「嘘でしょう!」
信じられないと言わんばかりのノエルさまの御声は、今にも張り裂けそうだった。
「あなたは、わたしを嫌っていらっしゃるのではなかったの? いいえ――確かにそのはずだわ、だってあなたはホリーを」
「言えなかったんだ」
絞り出すような声で、リースさまはおっしゃる。
まるで、苦しい胸の内をすべて打ち明けたときのような――。
「私を拒んでいるあんたに、実は幼少期からずっと想いを寄せていたなんて……そんなこと、言えるはずがなかった」
でもずっと好きだった、それは今も変わらない、と彼は続けました。わずかに頬を染め、それでもノエルさまの目をじっと見つめながら。
「ホリーに言われて、ようやく気付いた。私は、あんたを――ノエル・タンザナイトを愛しているのだと」
「でも」その続きを、ノエルさまは口の動きだけでおっしゃる。
あなたは、ホリーを愛していらっしゃるのでしょう?
そして、ホリーもまた、それと同じように、リースさまを愛していらっしゃるのでしょう?
「違う。私が本当に愛しているのは、あんただけだ」
力強く言い放ったリースさまは、もう、御自分のお気持ちにちゃんと気づいていらっしゃいました。その上で、ホリーへの気持ちは、また別の『愛』なのだと、優しくフォローしてもくださいました。やはり、ぼっちゃまはお優しい方です。
お二人の間に沈黙が続き、やがて、ノエルさまが呟かれました。
「……わたしも、ずっとリースさまをお慕いしておりました」
白い頬には、わずかに赤みが差し、それは、おととい久しぶりにお会いしたときの元気なノエルさまの御姿そのものでした。
おずおずと、右手を差し出す。そしてその手で、そっとリースさまの手にお触れになりました。
「大人の男の人の手だわ」
そう、あの幼かったリース・タンジーは、今やもう立派な大人の男性なのです。そして、彼が熱い眼差しを送るただひとりの女性――ノエル・タンザナイトもまた、今では立派な大人の女性へと変貌していました。
リースさまの右手が、触れているノエルさまの手をそっと握り返す。そして反対の手で、ノエルさまの白く、ふっくらとした頬を優しく撫でました。
「美しくなったな、ノエル」
ノエルさまの顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。言ったリースさまの顔もまた、同じくらいに真っ赤でした。
二つの影が重なり、どちらからかは分からないが、やがてその二つの唇が重なり合った。こうなるときを待ちかねていたように、二人の熱い口づけは長い間続いていました。
――おめでとうございます、リースぼっちゃま、ノエルさま。
建物の陰で一部始終を見届けながら、わたくしはそっと微笑みました。永いこと想い続けた、苦い初恋の記憶に蓋をして。
制作期間:2014年5月6日~11月25日(約7ヶ月)
第1弾のときに一読者として楽しませてもらっていた企画が、時を経て第2弾として帰ってくると知り、ぜひやってみよう!と参加した企画です。
どなたか分からない状態でいただいたプロットも、どなたなのか推理してみたり、設定を付け加えて妄想を広げてみたりと、とてもおもしろかった記憶があります。
また、執筆にあたり、キャラクターやストーリーの流れから、文体を主人公の語り口調(です・ます調)にするという縛りを自分で設けたため、自分で自分の首を絞めることが多々ありましたが(;^_^A
話の流れで「だ・である調」になっている場面もありますが、これ以上は、限界でした。すみません。
企画でお世話になった方々、そして今回、読んでくださったそこのあなた。
ありがとうございました!!