楡の下
赫奕とした太陽に照らされている樹の下で、私は待っている。あの日約束した事。彼女は覚えているだろうか。
此処に佇立していると私は桟敷からオーケストラを見ている様に感じる。蝉は鳴き、葉叢は風に流され感慨深い曲を奏でる。宛ら、スメタナのモルダウを演奏しているかの様に。はじめてその曲を聴いた時は感動を通り越した深い虚無感を感じ、ただひたすらに高鳴る心臓の鼓動に身体を任せて小鳥達が求愛する時踊る様に私は欣喜雀躍となっていた。
大空を舞う鴎がだんだんと、鴉に変わっていく。太陽は沈み、東の空から月が昇る。皓々とした月光がこの私を穿つ。長い夜が始まる。私はふと思い出し鞄の中から一冊の本を取り出した。夜の書、と呼ばれている稀覯本を開き一行目を読むとそこには『riverrun』と綴られている。
夜には相応しい本である事は重々承知している。ここから、始まる意識の流れを私は何度も経験している。それは、沢山読んだからではない。かといって、一切読んでない訳でもない。何故かは、自分にも解らない。ただ、夜が明けるのを待つだけである。
雀達が鳴き始め雑草の匂いが朝が来た事を私に告げる。本を閉じ、横を瞥見すると彼女がいた。私は萎靡沈滞となっている膂力を振り絞り、彼女を抱きしめた。彼女は歔欷していて、私の存在に気がつかない。この逢瀬は無意味だったのか。彼女は私にまた来ます、と言ってこの樹の下から立ち去った。果たして、最後に言った言葉は誰に言ったのだろうか。私に言ったのか、この樹に言ったのか。しかし、また来てくれるのなら僥倖ではあるが、宛ら跼天蹐地の心境である。
足元に一葉の写真があった。そこには、彼女と私がこの楡の木の下で手をつなぎ写っている。ここには、記憶がある。二人で過ごしたかけがえのない時間。彼女は守ってくれた。私に会いに来てくれた。しかし、醜悪な写真がもう一葉ひらりと、鳥の羽の様に落ちた。そこに写っているのは私が写っている。それ以外誰も写っていない。ああ、そうか。そういう事だったのか。私は、私は。
静謐なこの草原の上には楡の木がある。記憶はそこで止まっている。そうしてまた、太陽が真上に登り物語は終わった。
はじめて此方のサイトで小説を書かせて頂きました。いつもは、原稿用紙で書いてそれをある小説家の方に見せていましたがもう少し、私の世界を広げていきたいと感じこの度投稿させて頂きました。
さて、今回のお話は主人公の独白形式で物語が進んでいく様に書きました。文も長くなく、手ごろに読めるとおもいます。しかし、スマホで書いているため誤字があると思います。その旨ご容赦お願い致します。それでは、感想をお待ちしております。