路地裏の行為
車や人の行き交う道路の喧噪が段々と小さくなりながらも確かに響いてくる、細い路地裏。少しじめじめして、いつのものかも分からないパンの袋が土に汚れて落ちていて、錆びきった自転車が放置されている。
その少女は男に手を引かれながら路地裏に入っていった。紫色の浴衣を着た少女には似つかわしくない空間であったし、梅雨前の5月にはその浴衣姿が似つかわしくなかった。
「なんでこんな所に連れてくんですか……、近くにホテルでもあるじゃないですか」
「ホテルになんか言ったらお前の見た目で一発アウトで通報されるに決まってるだろーが。金も渡したのに、ダメなのか?」
男から無理やり持たされたくしゃくしゃの紙幣を持った少女は、戸惑い気味に返事をする。
「ここ、だって大通りからすぐそばなんですよ? 誰かに見られたりとか、しないんですか……?」
そんな少女の言葉に男はにやりと笑いながら返事をする。
「んだよそんな事か、心配しなくてもここに人なんか来やしねーよ。"今まで何回やってもそうだったんだ"」
「あっ、そうなんですね……じゃあ心置きなく」
少女は浴衣の薄い青の帯に腕を回し、ばらりとほどく。そして当たり前のように浴衣を脱いでいく。薄汚れて仄暗い路地裏とは正反対の、艶めく素肌と肢体が明かりのない中でも輝いて見える。そしてそのまま恥じらいも見せずに男の身体に腕を回した。
「……いきなりはいやだし、最初は」
少女は自らの腰に手を伸ばそうとする男に釘を刺し、背伸びをするように男と唇を重ねる。舌をねじ込んで来ようとする男の顔をじろりと見ながら、それを制する。
そして少女は"食事"を始めた。
男の後頭部に手を回し、逃さないようにしっかりと力を入れて、全てを、命を、魂を飲み込み始める。吸い上げられるような、引き抜かれるような、溶かされていくような、誰も感じた事のない強烈な虚脱感と悪寒と恐怖に襲われた男は少女を引き離そうとするが、もう身体の言う事も聞かず、ただ立ち尽くしたまま、"食べられていく"。少女の細い首は何かを必死に体内に運び、こくこくと嚥下を繰り返す。
そして最後に喉につっかえそうな程大きなその何かを呑み込んだ少女は、男から口を離し、ぷは、と息をついた。男は傍らの自転車にぶつかりながら力なく倒れ、動く気配もない。
「全く、人間ってものはこんな事で簡単に身体まで許してしまうんだから……」
少女は顎まで伝った唾液を腕でふき取り、浴衣を手に取る。
「この世で1番知的で魂の質が良い生物が、この世で1番簡単に魂を食えちゃう相手だなんて本当、滑稽だわ。そこら辺の蚊の方が必死に逃げようとする。……まあ、私にとっては好都合な事なんだけど」
再び浴衣を身に纏った少女は、魂を抜かれただの人形と化したその男に一瞥する。
「ありがとうね、私の"肉の衣"を保つ為の食料になってくれて。これで1週間は保ちそうよ」
そう言って、少女の姿をした何かは、路地裏を後にした。




