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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
9/68

9父娘

やっと書きたかった所まで到達できた…。

 騎士は馬上では槍、徒歩(かち)では剣を使う。

 もちろん他の武器もあるし、弓も騎士の嗜みとして一通り訓練はしている。

 ただ、徒歩の槍だけは雑兵の得物として忌避されている。

 だから騎士といえば剣術と槍術と馬術だ。


 ウィルレイン・アルフィス・クベールは今日も訓練所で剣を振っていた。

 ここ領軍の訓練所で剣を使っているのはウィルだけだ。

 本来新兵の訓練施設であるここで騎士の訓練を行っているのは彼だけである。

 騎士団の誰かが居れば稽古を付けてくれもするのだが、あいにく最近の騎士団は忙しいようで、新兵の訓練施設までトレーニングしに来るものは居なかった。

 それにクベール領の騎士は個人の武勇よりも士官としての能力を重視している。

 今日も部隊の再編制の指示や、兵卒を伴っての行軍訓練などの士官としての訓練に出向いているだろう。

 しかしウィルは騎士の武力としての側面ばかり追いかけている。

 目先の強さに拘って武力ばかり鍛えてるウィルは、父親(オーリン)からも騎士団長(ロベール)からも悩みの種になっている。


 領軍は騎士団長に任せて領政に専念してくれるか、武家としてクベール候家を背負うなら総司令官として指揮能力を磨いて欲しい。

 次期領主として前線に出るような行いは謹んで欲しい。

 オーリンに言わせると、何のために(マリー)が女の身で志願して出征したか考えろという。

 しかしウィルにはまだソレが解らなかった。

 自分が弱いから、不甲斐ないから(マリー)が代わりに陣頭に立ったと思っているのだ。


「若様、まだやっておられたのですか?」


「…ディネンセン騎士団長。

 うん、少しでも姉さんに追いつきたくてね」


 騎士団長には何度も稽古をつけて貰ったこともある。

 マリーも従軍のときは騎士団長に直接指導を受けたと、常々家族にも言っている。

 彼のクベール候家からの信頼は高い。


「失礼ですが、個人の武勇という意味では若様はマリー様をとうに追い越しておりますよ」


「そんなバカな…」


 幼いころよりマリーに勉強や武術を見てもらっていたウィルには信じがたいことだった。

 彼女に一度たりとも勝てるどころか、追いつけそうな気すらしなかったのだ。


「ですが、侯爵の一族としての考え方、軍の指揮、魔術、領地の政治に関しては若様はマリー様に遠く及びません」


 ロベール騎士団長は続けた。

 実際マリーの体を鍛え、その指揮と魔術を間近で見て、政治に対する意見を聞き、彼はマリーの力をほぼ把握していた。

 魔術に関しては、まったく想像の及ばない高さにある事が解っただけだったが。


「侯爵様もマルグリット様も、若様にはそちらの方にこそ期待されているのですぞ」


 騎士団長は背を向け、訓練に戻ろうとするウィルの背中に続けた。


「若様は自分がマルグリット様に勝りそうな部分しか見て無いのではないですか?

 たやすく並べそうな能力のみを頼んでいるのではないですか?」


 思わず動きを止めたウィルの肩が小刻みに震えてる。

 まさか騎士団長からこんな厳しい言葉が受けるとは思っていなかったのであろう。


「その先にあるのはご家族の失望だけです。

 どうしても騎士になりたい、武勇を頼んで生きて行きたいと言うのなら…エリオット様に家督を譲り、出奔されるしかないですな。

 マリー様は決して侯爵家の跡継ぎになることに首を縦に振らんでしょうから」


「侯爵家は姉さ…姉上が継いだ方がいい…。

 騎士団長が言うように、僕は姉上に遠く及ばないんだから」


 姉は誇りであると同時に(そび)え立つ巨大な壁でもあった。

 仮に兄であったならウィルはここまで悩まなかっただろう。

 姉であるから、彼女に継承権が無いから、彼女を差し置いて自分が跡継ぎとされている事にウィルは納得することが出来なかったのだ。


「あの方は若様と違って貴族家に生まれた事と、自分が女である事はちゃんと理解されてますからな」


 誰の命が自分より大事で、自分の血筋をどう使ったらいいか、マリーは自覚しているように見える。

 破天荒な性格だが、何よりもクベール候家と領民の事を考えている。

 破天荒な性格すら、自分が必要以上に領地の中心に据えられるのを避けるためとも見られるのだ。

 ウィルに甘すぎる事だけが唯一欠点だと、家中の者はみな思っていた。


「ちゃんと覚悟を持って、女だてらに出征する事を決めれておられましたよ。

 私も驚いたものです。

 あれほど、まだ齢8歳…今の若様と同じ歳…で、出征される事で自分の将来がどうなるかの覚悟と、自分が加わることで領軍が出来ることへの勝算をしっかり持っておいででした」


 それは3年前、まだマリーが光刃の(スプラデュール)戦乙女(ヴァルキュリエ)と呼ばれる前の事。

 王国がアーレオン戦役と呼ぶ、国境の防衛線があった。




    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇





 王国暦420年 至南の月(6月)。



 風雲急を告げる知らせがロッシュのベンウィック辺境伯からもたらされた。


「シュットルード帝国軍が国境の街アーレオンに集結しつつあります。

 さらに海岸部にも軍船が目撃され、本格的な侵攻の前兆と思われます!」


 ベルン=ラース王国とシュットルード帝国の間には、生産的にも拠点と言う意味でも魅力の乏しい荒野が広がっている。

 双方本格的に軍を動かしたところで、勝っても得るものが乏しく、軍を送り込んでも赤字になるだけなのは解りきっている。

 そのため、適当な数の軍で睨みあいの牽制に終始している。

 国境から双方に穀倉地帯が広がるサマルカンド王国と小競り合いが絶えないのとは対照的で、気は抜けないものの相手に侵攻を断念させるだけの兵力を見せ付けてさえいればよかったのだ。

 この知らせに宰相(フレドリッツ)は頭を抱えた。

 まず負ける事は無いだろうが、防衛に使われる費用と兵力の捻出がかなりのものに上るのは間違いない。

 しかも勝ったからと言って得る物も無いのだ。


「これは諸侯家から兵を出していただくしかありませんなぁ」


 元帥(ダンネル)の発言はそれほどおかしくは無い。

 同じ旗の元に集っているもの同志だ、ここは諸侯家にお願いするしかないのは宰相も理解している。

 もちろん褒賞は用意するべきだが、国軍を動かす余力が無い今は諸侯に命じるほかは無い。

 国軍はサマルカンド王国との国境に貼り付けておく必要はあるのだ。

 あの国なら好機と見て侵攻を企てる可能性が高い。


「ここはひとつクベール候とオランジュ候にご足労願いたいですな。

 なに、所持してる軍の規模と領地の位置からの判断ですが」


 自分に対して友好的ではない家をあからさまに選んでいるのがミエミエだが、そう偏った判断でもないのでまだ異論は出なかった。

 元帥から次の言葉が口にされるまでは。


「両侯爵家は侯爵自ら率いていただくことを希望する。

 事は国家の一大事、代官などに任せて置けませんからな!」


 そうきたか!宰相は元帥の狙いを読み取った。

 財務長官であるクベール候を王都から遠ざけたいのだ。

 主筋の家族であれば家長の代理として認められるが、彼の息子はまだ6歳で従軍に耐えられようはずも無い。

 さらに万が一が起きたらクベール侯爵家は跡継ぎを失うことになるのだ。

 ざわめきと非難の声が上がる中、そんな事は認められるかと宰相が反対を発言しようとしたとき。


「よかろう、王族からリモーヌにもアルタインを送り出す。

 諸侯家には家長を持って事に当たってもらおう」


 どうせ今回も「よきに計らえ」以外口にしないと思われていた国王ラーリ二世が、突然予想も出来なかった爆弾発言を投下したのだった。

 いかにムチャな理論でも、一度国王の口から出た言葉はそうそう撤回も反対もできない。

 財務長官のクベール侯爵は数ヶ月は王都を離れる事になるだろう。

 元帥はその間に軍部の隠し資金とか、横領横流しとかを企んでるに違いない。

 とはいえ天秤の片方に王子の親征を出されているのだ、拒否するわけにも行かない。

 たとえそれが今のところ動きの無いサマルカンド方面だとしてもだ。


 オランジュ侯爵にも出陣命令が出ているが、侯爵には18歳の息子と13歳の息子も居る。

 上手く行けば手柄を立てさせられるし、最悪でも跡取りはもう一人いるため、それほどのまずい状況ではない。

 問題はクベール候家だ。

 嫡子のウィルレインを出せないのであれば、オーリン・ハルカラ・クベール侯爵本人が出るしかない。


「陛下、両家には兵を出してもらわない訳にはいきませんが、何も侯爵本人が出陣するまでもないかと」


 決定の覆りはまず無い事は解っている。

 解ってはいるが、宰相としてはクベール侯爵を敵に回したくしたくない。

 自分は味方だとアピールするためには無駄でも反対を表明しておく必要がある。


「フレドリッツ。

 余の決定に不服があると申すか?」


 国王ラーリ二世はいつもどおり感情のこもっていない口調で答えた。


「いえ、決してそのような訳では…」


 元帥のニヤケ顔が目に入る。

 ヤツめいったいどんな手で短期間で陛下に言うことをきかせたのだ?

 これでクベール候は出陣を余儀なくされるだろう。

 一言も喋らないクベール候が怒りを堪えているのを見て取れる。

 そのまま財務長官を辞めてしまうかもしれない。

 彼をその地位につけるのにどれだけ苦労したかを思い出し、フレドリッツ・リノア・リッシュオール公爵は歯噛みした。

 せっかく財政改革の目処が立ってきたのに、元の木阿弥ではないか…。



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「私がまいりますわ」


 出征準備のために急遽帰国したクベール侯爵(オーリン)を待っていたのは愛娘のそんな言葉だった。


「馬鹿を言っちゃいけないよマリー。

 私は遊びに行くんじゃないんだ。

 だいたい君が戦場になんていって何ができると言うんだね?」


 もっとも魔術師としては充分役に立つだろうな…とは思えた。


「私が役に立つかどうかは特に問題はありませんわ。

 どうせ軍の指揮はディネンセン騎士団長がされるのでしょう?

 私はお父様の代理として同行すればいいだけです」


 勝気なマリーが静かに真剣な目で語りかけてくる。

 その瞳にはいままで見たことの無い意思の光りが揺れていた。

 これは覚悟のあらわれか?戦争に対するというより、なんとしても説得すると言う?


「しかしマリー、君は女だ…女性が戦場へなどと…」


「女だから、です。

 女だから、侯爵家の継承に直接係わりの無い女だからこそ、私が適任なんです」


「マリー…」


 その理屈は解る。

 クベール侯爵家のためと考えればマリーの意見が一番正しい。

 それはオーリンも重々理解しているが、理解しているからといって受け入れられる訳がない。

 確かに彼女が出陣しても戦死する可能性は低いだろう。

 怪我をする可能性も、重大な怪我ならまず無いと言っても問題じゃない。

 捕虜にされたら、家財が傾いても身代金を払うだろう。


「それに私は指揮官としては役に立たないですが、従軍魔術師としては役に立つ自身はありましてよ?」


 そうれはそうだろう…でもそういう問題じゃない。


「い、いやダメだ!お前を戦場になんてやれない!」


「お父様、いえ父上。

 それは私情ですよね?

 お父様は言ってられましたよね、王都でやる事がある…と。

 ここでお父様が長く王都を空けてしまったら、かの家(アルメソルダ)の思う壺ではありませんか?

 クベール候家が軽視されぬ様にも、アルメソルダ公爵の力を()いでおくためにも、お父様に出征していただく訳にはまいりません。

 もちろん、大事な跡取りであるウィルも論外です」


 その目があの日マリーに重なる。

 両親の言うことを素直に聞く良い子だったマリーが、初めて父に反抗した日。

 ウィルとオードリーを王都の侯爵邸に連れてきた日。

 あの日のマリーはこんな…こんな悲しそうな目をしていなかったか?


「私も死にたくないし、死ぬつもりもありませんが、万が一の事を考えると。

 ええ、私以外には適任者はいません。」


 そうか、あれは悲しみの目だったのだなと、今更になってオーリンは気が付いた。

 ずっと怒りの目だと思っていた…。

 悲しみ、であるならば、それは誰に向けられたものだろうか?


「もっと私と…いえ、騎士団長ならびに領軍の騎士を信じてあげてください」


「止めてくれマリー…お前を愛しているんだ。

 戦争になんて送り出せるわけがないだろう?」


「お父様…もし私が…このような家の危機に何もしないような娘でも、愛してくださいましたか?」


 オーリンは頭を殴られたようなショックを受けた。

 たとえどんな娘でも愛する自信はある。

 でも、もしマリーがベーシス侯爵の令嬢のような娘でも今のように愛せたか?

 小さいころの無邪気に甘えてくるマリー。

 オードリーとウィルを守る為に自分の足に蹴りを入れるマリー。

 ウィルを守る為に王子の前に仁王立ちするマリー。

 母を大事にするマリー。

 自分に意見をするマリー。

 領民の変人という評判に、それでいいと笑うマリー。

 悩む自分に「必要なら王宮にも上がります」と言ってくれたマリー。

 怒るマリー。

 笑うマリー。

 泣いたマリー…の顔は見たことがない。


 赤ん坊の時すらろくに泣かなかったマリーは、成長すると全く泣かなくなっていった。

 あのときの目を思い出し、今のマリーの目を見つめなおす。

 この目は…泣くことを我慢している目ではないだろうか?

 本当は怖いのかもしれないし、情けない私を憂いているのかも知れない。

 でも、たぶん、マリーならば、家族に、領民に不幸が降りかかるのが怖いのではないだろうか?

 クベール家を守るため…ではなく、家族やこの地のマリーに親しい人を守る為に。

 それこそがマリーの一番怖いことで、今彼女の瞳に悲しみを宿らせている感情ではないのか?


「…」


 オーリンはマリーのその言葉に返事を返すことが出来なかった。


「お父様。

 王宮や社交界で、娘を戦場に送り出した非道な父と呼ばれるかもしれませんが、それは我慢してくださいね。

 でも、お母様は私が説得しますから、安心してください」


「まて…マリー、まだ私は…」


 無理やり止める事はもちろんできる。

 しかしそれをやったらマリーとの間に修復できない溝を造りそうで、(オーリン)の言葉はまた虚空に消えた。

 お互い甘え甘えさせの関係だったのは確かだろう。

 恥ずかしい話だが、早くに両親を失ったオーリンはもしかして誰かに甘えたかったのかもしれない。

 自分を叱ってくれる唯一の存在であるマリーに甘えたくて、それが溺愛に繋がっていたのかも…。


「父は一家の中心とは言うが、ウチの中心は間違いなくマリーだな…」


 思えばこれも自分の慢心が招いたことだ。

 また(・・)マリーに尻拭いをしてもらうハメになりそうだが、この落とし前は必ずつけよう。

 アルメソルダ公家は敵だ。

 今回どんな小細工をしたか知らんが、今後小細工できるような余裕が生まれると思うな。

 ウチ(・・)に喧嘩を売ってくる相手にはとことん報復をする事にする。

 それが家族を、領民を守る事に繋がるのだから…。


「今私がすべき事は…マリーを万全の準備で送り出すことだ」


 自分が出陣する時なら準備にここまで気合が入らなかっただろうな、と思いつつ領主(オーリン)は執務室に向かった。


「取り急ぎ…マリーの出兵式用の衣裳か…仕立て屋を呼んでくれ」


 そこからかよ!…というツッコミを飲み込む家令のジェームズであった。


 実際には予算の算出、出せる兵馬の試算、兵糧や武器弾薬の準備。

 場合によっては徴兵まで視野に入れた出兵計画を、ディネンセン騎士団長や領政に係わる役人や代官たちを集めて夜通し協議を行った。

 兵員の輸送に船を使うのはまだ難しいということで、兵糧や備品のみををビビシュヌまで運ぶか、無理をしてロッシュまで運ぶかなど。

 打ち合わせをしなければならない事は山ほどある。

 行軍や実際の戦闘指揮は騎士団長に任せるとして、領地の防衛にも充分の人員を残さねばならない。



 全員がそんな感じで忙しく動き回っていたため、ウィルに対するフォローが疎かになったのは仕方ない事だろう。

 本来母であるオードリーの仕事かもしれないが、オードリーは政治や軍事には疎かった。

 何故今回クベール領から出兵がしなければならないとか、なんでマリーが指揮官と言う名目で陣頭に立たねばならないのか理解していなかった。

 まあそれはこの時代の婦人や令嬢としては当たり前の事で、むしろ自分から言い出すマリーが異常なのだ。

 よってウィルは誰にも詳細を教えられぬまま、父とは別に王都の侯爵邸に向かう事になる。

 彼が第三王子(ボルタノ)に。


「お前の代わりにマリーが出陣するハメになったのだ!」


 と間違った知識と八つ当たりを受けたのは、オーリンが出仕した隙を突いてボルタノが侯爵邸に押しかけた時だった。

 ボルタノはマリーの出征を止めようと侯爵邸に来たらしいが、あいにくお目当てのマルグリットは領軍と共に王都に向かっている途中であった。


「跡継ぎである貴様が情けないから、マリーは戦場に出なければならんのだ!

 彼女が傷つきでもしようものなら私は貴様を絶対に許さんからな!」


 後にその話を聞いたマリーは、フラウとアイシャが抱き合って震え上がるほど怒り狂ったという。

 彼はそれ以後マリーが出陣するまでずっと部屋に閉じこもり、誰にも会わなかった。

 自分の代わりに姉が戦争に行くという話がショックだったのか、誰も自分にそれを教えてくれなかったのがショックだったのかは本人も解らないだろう。

 ウィルは恐れた。

 マリーと顔を合わせることを…。

 ついには、そのまま王都から出陣していくマリーと顔をあわせることが出来なかった。

 顔をあわせなければ自分の中の恐れから逃げられるという訳ではないが、幼いウィルは逃避以外に身を守る術を知らなかったのである。

 この後、マリーをしっかり見送らなかった事を後悔し、彼女が凱旋してくるまでメソメソと泣き暮らしもした。

 この数ヶ月は明るくなったウィルを、また侯爵家に来たときのようなオドオドした性格に戻してしまった。

 この時から最初は人目を盗んで、剣の魔術の鍛錬を始めていた。

 父や護衛の騎士に頼めば槍や乗馬の鍛錬もできただろうが…実際それ(・・)を行うためにまた喋れるようになったという…当時の彼はまた母親以外に話しをする勇気を失っていた。


 実際、父が書斎で呟いた。


「私がもっと強くさえあれば、マリーを戦争に送らずに済んだのに…」


 という独白を聞いて、ますます鍛錬に逃げ込むようになる。

 父の言う強さというのが、どんな強さなのか考えも及ばなかった。

 ただ強くさえあれば姉を救えると、そればかり考えて鍛錬に逃げ込んだのだ。


 ウィルには才能があった。

 マリーに言わせると。


「魔術の威力は私以上ね」


 騎士団長に言わせると。


「天性のバネと判断力がありますな、それに見た目よりずっと強い膂力をお持ちだ。

 いち騎士として鍛えたら王国最強も夢ではないかもしれません」


 魔術と武術の第一人者二人にそう称されるほどのポテンシャルを持っていた。

 そのためか、逃げるように没頭した鍛錬は驚くほどの効果を生み。

 同年代であればウィルに勝てるものなど存在しないほどの力をつけた。

 ただ彼はまだ満足できなかったし、回りが彼に期待している事はそういった単純な個人戦闘力ではなかったのだ。

 彼に求められるのは騎士としての能力ではなく、侯爵としての能力なのだから。


 ただ彼は鍛錬に没頭し続けた。

 それはマリーが勇名を馳せ、無事に帰ってきてからも続いた。


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