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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
8/68

8領地

 ラース半島の西方を貫く西大街道は、本来行軍用に整備された大街道だ。

 西方のいくつかの侯爵領を経由し、最西の拠点ラシュメーヌまで続く。

 行軍のための道であるから当然優先通行権は軍隊にあるのだが、軍が使っていないときまで一般に制限を課すものでもない。

 さて内陸の拠点ヴェンヌに向かうには大まかに二つのルートがある。

 一つは今言った西大街道で街道沿いの町オディーヌから通商街道を通って向かう陸路。

 もう一つは増水の季節を避け、ミリュレ湾にあるブルエヌからヴェール川を遡って港町ラピンから上陸する航路である。


 風がわずかだが温かくなってきて、そろそろ雪解けが始まるのを予感させる季節(ころ)

 クベール領の港町ラピンに一隻の商船が到着した。

 雪解けが始まるとそのまま春の雨季が終わるまで川が増水しっぱなしになる。

 そんな状態のヴェール川は帆船で遡るのは非常に困難になって、水上の流通がほぼストップしてしまう。

 だから今の時期に少しでも荷物を運ぼうと、商人たちはひっきりなしに船を走らせる。

 この船もそんな特急便の一つで、ここの荷物を積み込んだらしばらくはラピンには帰ってこれない。


「あー、もう陸に上がってもくらくらする」


 たった今ラピンに着いたばかりの商船から、一人の少年がおぼつかない足取りで船を下りた。

 少年と言っても当年15歳、この国ではちょうど成人と言われる年だ。


「ぼん、しっかりしてくださいよ。

 これからは王都との往復はほぼ船旅になるんですからね」


「分かってるよ船長、一日でも早く慣れるようにするさ」


 王都からヴェンヌまで陸路でだいたい8日、これは順調に行っての事。

 中継地で交換する馬がなければ余計に時間を食うし、天候にも大きく左右される。

 急げば7日の工程だが、はやくて8日と数える場合がだいたいである。

 それが海路、湖と川と海を駆使しての遠回りにはなるが、馬車と違って無理すれば昼夜進むことも出来る。

 そして何より輸送できる荷物の領が圧倒的に違う。

 だから商人は陸路よりも海路を好む。

 商人なら移動と同時に商品を運ぶ事がほとんどとなるからからだ。

 最新式の帆船で王都からラピンまでゆっくりで7日、ラピンからヴェンヌまで1日もかからない。

 ただこの国で最新式と言っても四角帆の2マストでしかない、効率的で応用力の高い三角帆が実用されるのは十数年後になるだろう。

 まあ馬車と違って強行軍はできないが…。


「たのみますよホント、ぼんが居る居ないでは船の航海速度がまったく違いますんで」


 そんな船長の声に背中向けで手を振ったジャンリュック・フォロール・クベールは、数度の伸びを繰り返し背筋を伸ばすとヴェンヌ行き用に常に用意してある馬車に乗り込んだ。

 彼が1年ぶりに故郷に帰ってきたのは商会の運営と方針について父であるドローリンに打ち合わせするためではあるが、同時に王都の侯爵邸より大量の手紙を預かっている。

 風の魔術を操るジャンリュックは帆船からすると喉から手が出るほどほしい人材である。

 正面からの風をガードし常に順風を吹かせれば、船の航海速度は倍近くにまでなる。

 実際、王都からラピンまで5日で到達している。

 途中で荷物の積み下ろしに1日かけているのを計算に入れると驚異的な早さだ。

 王都から交易用の港街レ・オルレンヌに寄り、王都からオリヴァ王国に送る商品を下ろし、オリヴァから届いた商品を積み込みここヴェンヌに持ってきたのである。

 ただ問題は、貴族で会頭の息子をあまりこき使う事は出来ないといったところか。

 侯爵の弟が立ち上げたクベール商会。

 元々は領内では乏しい輸入品を侯爵家向けに持ち込むための商会だったらしいが、現在は流通業から両替商までこなす。

 ヴェール川沿いに勢力を広げるかなり大きな商会に成長している。

 商会の発行する両替札は悪名高い王国銀貨よりも信用を得ているほどだ。



 王国暦423年 通東の月(3月)。


 雪解け間近の時期だった。



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 通信環境など禄に無い世界では、手紙や口頭伝達こそが最速の連絡手段になる。

 ジャンリュックが持ち帰った手紙はすぐさまクベール領邸に運ばれ、家族たちを喜ばせる事になった。

 便りがないのが元気な証とマリーは言ってはいたが、やはり手紙なのでしっかり元気を伝えられる事が家族には嬉しいだろう。


「マリーったら、オレンジケーキの準備して待ってるですって!」


 マルグリットの母ジェシカはまだ3歳の次女メリヴィエを膝に抱き、マリーからの手紙を読んで涙ぐんでいた。

 出征から始まって王立学校に入学と、ここ数年娘に禄に会えていない。

 メリヴィエに手がかかるころは忙しさで気も紛れもしたが、こうやって下の娘もおとなしくなってくると、とたんにマリーの騒がしさが懐かしくなってくる。


「メリーもお姉さまに会いたいわよね?」


 メリーが生まれたころはまだマリーも領邸で生活していた。

 彼女は生まれたばかりの妹にメロメロで、それまで愛情を独り占めしたウィルがやきもちを焼くほどだった。

 朝から夜までベビーベッドのわきに張り付き、泣けばすぐあやすわ、おむつは率先して替えるわ、お腹がすいたようだと乳母を呼び行って、それらは子守役の仕事だからとしかられもした。

 もちろんその時の事を産まれたばかりのメリーが覚えていよう筈もないが、マリーの前を出したときに自分に笑い返したような気がして、ジェシカついつい反応してしまう。

 実際には母親の笑顔に反応しているだけだろうが。


 クベール家当主(オーリン)からは雪解けをまって陸路で王都に向かうように指示されている。

 騎士団から護衛部隊を付けられ、新型の馬車3台で向かうことになる予定だ。

 馬車は黒い樹脂で塗装され、銀の飾りを入れられているのが2台。

 これはオーリンの趣味であり、クベール候家の紋章も入る。

 残りの1台は白色の顔料で塗装され、金のレリーフを入れる。

 王家に献上する用の馬車だ。

 移動中はカバーで覆われ、王都に到着後に車軸交換などのオーバーホールを行った上で王城に届けられる。

 クベール候家用の馬車はメリヴィエのお披露目もかねてしばらく王都に滞在する予定であるジェシカに預けられ、各所で宣伝してきてもらおうという腹だ。

 こういった宣伝活動は貴族の夫人の重要な仕事でもあり、王都の邸宅に移るたびに社交的なジェシカはお茶会や夜会で巧みな宣伝活動にいそしんでくている。

 もっともこういう事は第一夫人の仕事で、身分のうるさい家だと第二夫人以下は第一夫人の侍女として扱われる。

 第二夫人であるオードリーの生家はそういう方針だったようで、彼女は今でもジェシカやマリーに対して侍女のように振舞う。

 普通は跡継ぎの母親ともなればもうちょっと堂々としているのだが…。


「じゃあやっぱりクァンドロゥさんは行かれないのね?」


 出立の支度をしながら夫人二人は仲良く会話をしていた。

 第三夫人のクァンドロゥは自分の産んだ双子を男女を寝かしつけているので今は居ない。


「はい、エリオットさんとエルフィナさんがまだ手のかかる歳と言うことで、王都までの旅は辛いそうです。

 それで、ですね…私も残って彼女を手伝いたいと思っているのですが…」


 男爵家の庶子であったオードリーは、子爵家の令嬢であったクァンドロゥに対してもついつい敬語で接する。


「まあ、じゃあウィルはどうするの?」


「申し訳ありませんが、奥様にウィルをお願いできないでしょうか?

 あの子はもう手がかからないのですし、本人はどうしてもマルグリット様に会いたいと…」


 伯爵家の血筋であるジェシカは、貴族の義務として政略結婚によって侯爵家に嫁いできた。

 当時西方の侯爵家達は地盤を固めるため、積極的に近隣の伯爵家や子爵家と交友を結んでいたのだ。

 当然彼女も愛のある結婚などを期待しての輿入れではなかったが、長女であるマルグリットを儲けた後はそれなりに幸せな結婚生活を送っていた。

 だがそう思っていたのは彼女の方だけだったようで、夫であるオーリンは他に女を作って何人か渡り歩いていたらしい。

 それが発覚したのはマリーが5歳のころ、長男を生んだ男爵家の庶子であるオードリーをその子ウィルとともに侯爵家に迎え入れようと言い出したときだった。

 当たり前だがジェシカとしてはそれを許容できるはずも無く、離婚の危機にまで発展した。

 オーリンに連れられ侯爵邸に現れたオードリーの頬を平手で打ちもした。

 だがそれを収めたのは5歳のマルグリットだった。

 マリーは父親の脚にガンガン蹴りをいれつつ。


「おとうさま!ごじぶんがなにをしたかわかっていますの?!

 せいさいであるおかあさまにむだんで、よそでほかのごふじんといちゃいちゃすることで!

 それは"うわき"というんですよ!

 このかたをあいしてるならちゃんとじぜんにおかあさまにそうだんして、だいにふじんとしてむかえるべきではないですか?!

 わるいのはぜんぶおとうさまだってじかくしてますか?

 なんですかそのたいどは!わるいことをしたらちゃんとあやまらないといけないってふだんいってるのはだれですか!」

 

 そう叫んだ後、あっけに取られている母親とオードリー親子の手を引いて部屋に篭ってしまった。

 一転、自分一人が悪役にされ、屋敷中から総スカンを食らったオーリンがジェシカに謝罪するまでさして時間がかからなかった。

 その間にマリーは突然できた弟にメロメロになっており、子供パワーを駆使してジェシカとオードリーを和解させていたのだ。

 もっともオードリーの方は最初から申し訳ないという感情に押しつぶされかけていたので、息子共々率先して受け入れてくれたマリーに今でも頭が上がらない。

 未だに愛称呼びもできずに敬語で話しかけてきて、マリーを困らせている。

 

 もっとも、この4年後にまた父親(オーリン)がやらかす事になるのだが…。

 ちょうどマリーの出征と重なって大変なことになった。

 9歳になったマリー蹴りは5歳のときとは比べ物にならないぐらい鋭かった事と、汚物を見るようなウィルの目は心身両方からオーリンを追い詰めたのだった。


 ウィルなら母親同伴ではなくとも行くと言うだろう。

 当のウィルはマリーから手紙が届いたことも知らずに、軍の詰め所で新兵として扱かれている。

 明日には騎士団長に伴われて屋敷に帰ってくるだろう。



         ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 クベール領軍の指揮官代理であるロベール・ディネンセン騎士団長は、その日も領軍の編成と訓練という実務をこなしていた。

 指揮官代理であるが、本指揮官は貴族家当主が勤めることになっているので、実質の軍務最高責任者である。

 彼は数日中に一隊を率い、侯爵夫人や子息令嬢を護衛して王都に行くことになっている。

 夫人の護衛に指揮官である彼が同行する必要は無いのだが、王都で侯爵と今後の領軍についてなど打ち合わせしなければいけない案件などが溜まってきていた。

 財務長官を任されている侯爵(オーリン)は王都を離れることができず、ここ数年は領地に帰れない。

 だから領主である彼と話し合いをするには部下であるロベールが出向くしかない。

 王都に行くのは先の凱旋以来で、マリーと一緒に帝国軍を撃退して以来である。

 とはいえ王都に特に楽しい事はないが、マルグリットと話ができる事は密かな楽しみであった。


 クベール領軍は2年前の国境防衛戦に借り出された後、マリーの発案で2つの新規部隊を編成し、訓練に明け暮れていた。

 一つは弓騎兵で、もう一つは軽弩歩兵である。

  魔術による攻撃は強力といっても、戦力に見込めるほどの強力な魔術師は少ない。

 だいたい魔術師やその血筋はほとんど王家か貴族が囲い込んでいて、民間にはほぼ残らないのだ。

 戦場に出てくる有用な魔術師は軍務についてる貴族子弟ぐらいなもので、そんなものが数人いたところで戦力として期待は出来ないだろう。

 となればやはり一般の飛び道具は有用で、特に訓練期間が短くて済む(クロスボウ)は弓兵の主力になりつつある。

 とはいえ弩にも欠点はある。

 連射が利かないだけではなく、射程や威力は長弓に劣るところだ。

 取り回しの悪さにより機動力も落ちる事も大きな欠点だろう。

 だからクロスボウ部隊は防衛線で強力な戦力になる反面、攻める時や遭遇線では役立たずになる事も多いとされている。

 そこを押さえてマリーが発案したのは騎兵に短弓を持たせた弓騎兵と、小型化したクロスボウを持たせて機動力を上げた軽弩歩兵である。

 どちらも機動力を重視した射撃部隊で、いままでの戦に無かった概念である。

 もちろん弓騎兵などどれほどの修練の元に実用化できるか未知数であったが、騎馬による移動と停止した馬上での射撃はほとんど問題なく行えるまではそれほど時間はかからなかった。

 次の課題は移動しながらの射撃である。

 この新しい部隊の訓練成果も今回侯爵に報告したい案件のひとつである。

 使い物になるのか、机上の空論に過ぎなかったのか、また国に出兵を要求される前に目処(めど)をつけておきたい。

 できれば今日中に担当者から報告を受け、書類にまとめて置きたいのだ。



「これが難しくてですね、狙いどころか、ただ矢を撃つだけでも上手く行かんのですよ」


 弓騎兵隊の隊長であるファンデリックは汗を拭きつつ報告を行っている。

 本人も朝から訓練のし通しで、かなりの疲労もたまっているだろう。


「走ってる騎馬の上はかなりの振動だって事は説明するまでもないですが、その振動で矢が弓から外れたり、振動で暴発したり、弦を空弾きしたり…」


「ふむ、騎馬の移動速度を持つ弓兵というだけでも十分には有用ではあるのだがな、武器が短弓なので敵の射撃部隊に当たったときが怖い。

 こちらが少数編成の部隊で移動しながら撃てれば敵の反撃も怖くないのだが」


 やはり難しかったと、残念な気持ちになる。

 弓騎兵が実用されれば戦術の幅が広がる。

 何より先行して訓練をしていれば、他の軍がその有用性に気づいたころには大きなアドバンテージを得ることが出来る。

 だがそれも絵に描いた餅なら意味が無い。


「ただこうやって訓練をしていますと、最初のころに感じた"絶対無理"という感じは無くなってきましたなぁ」


「ほぉ?」


 続く意外な言葉にロベールは思わず身を乗り出した。


「実際数名は何とか的の方向に弓を飛ばせるようになってきていますし、馬上の揺れにタイミングを合わせることで射程も止まって撃つ時の4/5ぐらいには持っていけそうです」


「同じは無理か?」


「出来たものがまだ居ないので断言は…それでも有効射程30クォート|(約75m)ほどはありますかね?

 威力も重装の連中には効果薄いですが、重装の連中に接敵されるほど遅くはないですからな」


 ディネンセン騎士団長は自慢の髭を撫でながら目を細めた。

 これは嬉しい誤算かもしれん。


「つまり充分に使い物になると?」


「まだ断言はし難いですね、今できかけてる連中は行けそうですが、ダメな連中は全然ダメでして」


「それは仕方ない。

 最初から部隊に振った全員が出来るようになるとは思っていないからな。

 半数が使い物になれば相当な戦力になる」


「それでは半数を再編成しますか?」


「とはいえ多ければ多いほどいい。

 もう少し今の体制で頼む・・・騎兵として使えるなら編成しなおしても戦力として期待できるしな」


 話を聞きながら手元の羊皮紙にモノになりそうな騎馬の数、数字だけを書き込む。

 概算ではあるが、これを元に変成を行えるだろう。


「了解しました」


 これでやっと昼飯にありつける。

 ファンデリックは汗を拭きながら詰め所を辞した。



「で、シャンブル、軽弩部隊のほうはどうだ?」


「ファンデリック殿には申し訳ないのですが・・・非常に好調です」


「ほぉ?流石に意外だな…牙人(ガルー)向きな兵装だったのか?」


 シャンブルは牙人(ガルー)である。

 亜人と蔑まされる彼らは人より恵まれた体躯と感覚を持っており、クベール領軍では優秀な斥候として彼ら牙人(ガルー)を少なくない数部隊に組み込んでいる。

 

「いえ、人間の部隊でも問題ありません…移動力などは牙人に劣りますがね」


軽弩(ライトクロスボウ)の扱いには問題ないと?」


「はい、射撃も装填も運搬も。

 若干のミス等はまだ残っているようですが、演習の度に軽減しております。

 私見ではもう実戦投入に耐えると思いますよ」


「射程や威力を犠牲にした分、取り回しは圧倒的に良くなっていますから…それこそ女子供でも訓練しだいで」


 本当に女子供に試させた訳ではないが、新兵でも問題なく扱えるのは確認済みだ。


「それほどまでか…」


「あとは短矢(ボルト)の携帯量をもう少し増やせないか訓練中です」


「そうか、だからお前はさっきから涼しい顔をしておったのだな」


 牙人の表情は人間からはわかりにくい。

 それは彼らの顔が人間とはまったく違う作りをしているからで、彼らから言わせると人間の表情のほうがわかり難いそうだ。

 だが牙人との付き合いの長いディネンセンは、彼らの表情の変化を普通に読み取ることが出来る。


「仰るとおりです。

 それとこれは訓練してて思ったことなのですが、斥候部隊にも軽弩の装備を許していただけないでしょうか?

 もちろん迂闊に射撃しないように厳命は徹底します」


「なるほど考えてみよう。

 とはいえ軽弩の生産しだいだがな」


 これは相談事が増えたかと、髭をなでる。

 なんとか領主(オーリン)を説得して軽弩の増産を行って欲しいところだ。


「了解しました。

 報告は以上です」


「お前に任せていた訓練兵は全部使えるということだな?」


「はい、もちろん」


 (クロスボウ)は習得が容易な弓として開発されたが、残念ながらあまり普及はしなかった。

 それは長弓(ロングボウ)に近い性能を出すために、大型化され、弦をセットするのも担いで移動するのも訓練を要する大きさになってしまったからである。

 しかも訓練を重ねても長弓ほどの性能は引き出せないので、軍としては製造に手間のかかる弩を敬遠しだした。

 拠点防衛用にある程度は用意してある場合がほとんどだが、戦術の幅を広げてるとは言いづらい状況である。


 ただ今回試作して量産に入ってる軽弩は大きく発想を変えたものだった。

 最初から長弓レベルの性能は諦め、使いやすさ重視の軽量化を行ったのだ。

 まず弓部分を小型化し、張力を弱めた。

 威力も射程も2/3ほどに落ちたが、弦を引くのが楽になり簡単にセットできるようになった。

 強すぎる張力に耐えられるように大型化、強化していた台座も小型化軽量化が可能となり、重量は半分以下になった。

 当然軽くなれば運搬も楽になるし、射撃時に角度をすばやく変えられるようになる。

 前に出て撃ち、後ろに下がり短矢(ボルト)をセット、また前に出て…という動きを伴う射撃も訓練次第で容易に行えるようになる。

 さらに弓や弩よりも近距離での射撃に向いていることが訓練してて解ってきている。

 本当の意味で習得が容易な弩の完成である。


 そしてシャンブルが申請したとおり、森や山道を突っ切るときでもそうそう邪魔にならないため、斥候にも使わせることが可能だ。

 これがあるだけで情報を持っての帰還率はかなり上がるだろうと考えられた。

 もちろん短弓を使いこなせるものならそれに越した事は無いが、斥候の訓練にはほかに重視したいこともある。

 訓練に費やせる時間は有限なのだ。


「よし、こんなところか」


 騎士団長は報告書をまとめると蜜蝋で封をし、鉄箱にしまった。


「ご子息はまだ訓練所か?」


 侯爵家の長男ウィルレインはここ数日兵舎に泊りがけで訓練に参加している。


「はい、今日も体力作りを新兵と一緒にやっておられます」


「出兵に同行を許されなかったのは本人の強さとは関係ないのだがな」


 侯爵家の跡取りであるウィルを守る為に、マルグリットが領軍とともに従軍したのがよほど堪えたらしく、時間が出来るたびに領軍の訓練所で共に汗を流している。

 とはいえ9歳の少年にできる事は限られているが、時間が空けばロベール騎士団長自ら剣と馬術を教えたりもする。

 騎士団長からすれば次期領主であるウィルには騎士のような切結ぶ技を身に着けるより、有事の際に身を守る技を身に着けて欲しいとは思っている。

 だが少年のうちの熱病のようなもので、彼はひたすら騎士を目指す訓練に没頭していた。


「よし、馬を用意しろ。

 馬術の鍛錬ついでに領邸に送ろう。

 数日中に王都に向かうことになるのだからな」


 鉄箱をかかえ、自分とウィルと馬車の護衛騎士の馬を用意させると、騎士団長は訓練所に向かった。


「マルグリット様のように戦いは我らに任せて、後ろに控えつつ有用な魔法を使っていただける方が助かるのだがな」


 剣術馬術槍術に関しては、ウィルレインはとっくにマルグリットを陵駕しているのだ…。


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