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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第一部・マルグリット編
7/68

7決闘

 しばしの沈黙の後、アルウィンはマリーを忌々しげに睨み付けると、彼女を指刺してこう言った。


「マルグリット・ウル・クベール!

 俺は貴様に決闘を申し込む!」



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 騎士服の少年が派手に倒れこむと同時に、闘技場にどよめきが走る。


 何故か学校に存在していた闘技場は、こういう場合の…生徒間の決闘に使用されるためだと初めて知った。

 騎士や兵士の訓練などの科目がない学校になんであるのかおかしいとは思っていたが、まさか決闘の予行練習用とは思わなかった。

 実際の貴族の決闘すら既に形骸化してるのだから仕方ないが、なるほど学校で怪我をしない…というより遺恨を残し(づら)い決闘の方法が教えられていたとなれば納得できる。


「か、家宝の剣が…っ!」


 闘技場の床に這い(つくば)りながら、アルウィン・スタードは刀身の中ほどから切断された剣を呆然と見ていた。

 スタード家の家宝と、王から賜ったと教えられた剣が、まさか侯爵令嬢の一撃で切断されるとは全く考えていなかった。


「…もしかして、その家宝の剣とは客間あたりに飾ってあったのを持ち出したのですか?」


「だったら何だって言うんだ…」


「なら安心なさい。

 家宝をそんな誰が来るともわからない所になんか飾りはしませんよ、そういう場合はだいたいレプリカで、本物は厳重な場所に隠してあるものよ。

 もっとも、王下賜の宝剣となればレプリカと言っても貴方に弁償できる金額ではないと思うけど…」


 マリーは代名詞とも言われる光の剣の発動を収めると、立会いを勤めていた公爵家子息(オリオルズ)に終了の合図を促した。


「そうだね、これはもう決着でいいかな。

 この試合…」


「待ってくれ!俺はまだやれる!」


「その剣で?

 …この試合、マルグリット・ウル・クベール侯爵令嬢の勝ちとする。

 いや勝つとは思ってたけど、まさかここまで一方的とはね」


 騎士礼装に身を包んだマルグリットに黄色い声援があがる。

 この決闘騒ぎのために態々仕立て直すはめになった、出陣式用に作った礼服だった。

 2年前の服そのままではもう袖が通らない。


「だいたなんだその魔道具は!卑怯だぞ」


 決闘の直前、実家から持ち出してきた宝剣(レプリカ)を使う交換条件として、マリーの使う武器に件の魔道具を了承したのはアルウィン本人だった。

 一見短剣にしか見えないそれが、長剣に変わるなど聞いていないと言いたいのだろうが、これは魔道具だと事前に自己申告されていたにもかかわらず了承した本人の落ち度であろう。

 卑怯だとか汚いとか、アルウィン以外にこの場でそう思っている者などいない。


「練習用の剣を使わないって貴方が言い出したことよね?」


「この剣はレプリカだぞ!」


 たった今マリーに指摘されるまで本物とは疑っていなかったのだが、彼は既にその事を忘れている。

 だいたいマリーに指摘されただけで、レプリカと判明したわけではないのだが…。


「最初からそういう話なら、こちらも訓練用の剣でよかったのですけど…それにその剣。

 レプリカと言っても真剣ですわよね?」


 そもそも武器の性能の問題でもなかったのだが。

 体力的にはアルウィンの方がはるかに勝っていただろうが、それ以外はマリーの方が上回っていた。

 自分が取れる最小の動きで大振りなアルウィンの剣撃を避わし続け、動きが止まった隙に光刃を振りぬいたのだ。

 宝剣(レプリカ)の刀身に向かって。

 もちろんマリーに振り下ろされる真剣に合わせて剣を振るう技量などあるはずもないが、しかしその刀身が止まっているなら込める魔力の高さで焼き斬るのもなんとか可能だ。

 あとは剣を切断されたアルウィンが驚いて派手に転べば、勝者と敗者は周りの目にもはっきりと見分けられる。

 勝者には歓声が上がり、敗者には野次が飛ぶ。

 彼の悪行は在校生みんなに認知されている。

 この結果を喜ぶ生徒は居ても嘆く生徒は居ない。


 決闘の観戦が娯楽だった時代は既に昔となったが、噂を聞きつけた観客たちが闘技場の観覧席を埋めていた。

 これからの彼は暴力をもっても学園で影響力を持つ事は難しくなるだろう。

 もともと強いわけでなく、暴力を振るおうとする事に抵抗が無いために幅を利かせていただけのチンピラでしかない。

 反抗したら簡単に返討ちにできると思われた時点で、もう彼の言うことを聞く者はいまい。

 女生徒に絡もうものなら、いい格好をしたい男子生徒が颯爽と割って入ることだろう。

 なにせこの学校の貴族生徒は出会いを求めて入学してくるのだ…庶民は違うのだが…。

 後ろ盾(アルタイン)を失った上に腕っ節でもなめられては、他人の出会いの機会を作り出すキューピットにしかなるまい。


 くだんの噂を振りまいたのはオリオルズに(そそのか)されたアルウィン自身だから、全くの自業自得だが本人はそう認識してはいないだろう。

 唆した者(オリオルズ)の所為だとも思っていない、全部卑怯なマルグリットが悪いと変換されている。

 マルグリットさえ居なければ自分がこんな惨めな目に会う事はなかったと信じて、彼女を睨みつけるその目には狂気すらはらんでいた。


 人付き合いの悪いマリーは決して他の生徒に受け入れられていたわけではないが、この決闘騒ぎで在校生たちの間でヒーローになってしまった。

 本人には不本意だとしてもだ。

 好きでボッチをやっていたわけで、貴族同士の付き合いとかはご遠慮願いたいのだ。

 むしろマリーの方がアルウィンに苦情を申し立てたいくらいの気持ちだ。

 もっとも言っても無駄だろうから、新入生に見られてないだけマシと自分を慰めるしかない。


 今この場にまだ新入生はいない。

 正式に入学を終えてない彼らは、まだ特別施設への立ち入りを制限されている。

 第三王子(ボルタノ)が居たらまためんどくさい事になっただろうが、彼らは入学式の準備もあってここに居ない。


「では立会人殿(オリオルズ)、これで私は失礼させていただきますわ」


「うん?

 彼に何も無しでかい?」


「何を言えというんですか?

 だいたい貴方も入学式で挨拶をしなくてはいけないお役目でしょう?

 私も早く着替えて参加しないといけませんから」


 着替えるという言葉に反応して観衆の、主に女生徒から残念がる声も上がるが無視する。

 騎士礼装(これ)で学園の式典に参加するわけには行かないだろう。


「これじゃ宝塚みたいじゃない」


 2年前に着た時はもっと学芸会っぽかったが、2年で体ばかり成長してもね…と自嘲が漏れる。


「ああ、確かに君が居ないと殿下(ボルタノ)が臍をまげるかもね」


「…急に気分がすぐれなくなりましたわ…部屋で休んでいてもいいかしら?」


 残念ながらそれは許してはもらえなかった。



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 宝剣(レプリカ)の弁償は受け付けない事だけを言い残し、マリーは急いで自室に飛び込んだ。

 新入生を巻き込みたくなく、大急ぎ4日で仕立て直してもらった騎士服はかなり無理があり。

 内側を布でぐるぐる巻きにしないといけなかったり、本来繋がってない部分をヒモでつなげたりしないと乱れる部分が少なくなかった。

 その分脱ぐのにも時間がかかるのだ、余裕は無い。

 これもボルタノに余計なことに首を突っ込んで欲しくない一心で、強行軍作業(デスマーチ)したのだった。


 アルウィンは最初新入生のなかに居る弟を立ち合わせたくてごねたが、結局は立ち合わせなくて正解だっただろう。

 彼の家の兄弟仲がどうなのかマリーは知らないが、良かろうが悪かろうが兄の醜態を見せ付けられたら良い方に転ぶとはとても思えない。

 それが飛び火するのも避けたい。

 だいたい決闘を受けるのも不本意であった。

 アルウィンが散々ごねたのにウンザリしてた所に、オリオルズに「これでコテンパに負かしてしまえばもう絡んでこないと思うよ」と言われてついついその気になってしまったのだ。

 今では後悔してる。

 アレは今後もまたグダグダ絡んで来るであろう。


「入学式は午後からですから、なんとか準備間に合いそうです」


「大丈夫、お昼ご飯食べる時間もある」


 フラウとアイシャが手際よくマリーの服を剥がしていく。

 着るのに3時間かかった服だが、30分足らずで脱ぎ終わってくれた。

 パンツルックではあるが、ズボンはダボついて内部を布で膨らましてある。

 下半身のラインを出すような服装は庶民からすら敬遠されるため、女の男装はかなりめんどくさくなる。


 ベルン=ラースでは古来より。

『女性が(くるぶし)より上の脚を見せるのははしたない。

 男性が踝より上の脚を見せるのは見苦しい』


 と言われ、パンツルック自体には問題無いのだが、ぴっちりしたズボンなど穿いていると襲われかねない。

 そんな服装をしてると誘ってると取られても仕方ないと言う文化だ。

 娼婦すらベッドに上がる前は脚を隠す。


 逆に上半身に対してはゆるく、男性は夏など上半身裸でも珍しくなく。

 女性も胸さえ隠していればよく、涼しい服装はむしろカッコイイと誉められる事もある。

 さすがに貴族がそんな格好をすれば醜聞になるのだが…。


 そんな事を考えながら着替えていると、アイシャが朝食の残りを暖め直すいいにおいが漂ってきた。

 お昼ごはんと言えば、やっぱりアルウィンも朝食は食べなかったのかしら?とふとそんな事を考える。

 何も食べないで決闘なんて、そりゃあすぐバテる筈だわ。

 自分はしっかり朝食を取って挑んだマリーは思った。


「戦う前から勝負はついてたってところよね…」


「それはもうマリー様に決闘(ケンカ)を挑んだ時点で負けは確定でしたよ?」


「そういう事だけじゃなくてね…朝食は大事ねって事」


「ああ、そういう事ですか。

 私もスタード騎士子息は朝食食べて来なかったと思いますよ」


 マリーは今朝は気合を入れる意味でも、ちょっと重めの朝食を食べて挑んだ。

 ミートボールのスープに固焼きパン。

 野菜はサラダ用の葉野菜をさっと湯がいて消化を良くし、塩の利いた刻みベーコンとモルトビネガーで食べやすく味付けした。

 調味料の種類が少ない王国では、いかに食材に味付けするかが腕の見せ所になる。

 だいたいが塩味をただ足しただけとか、良くて酢や加工肉の塩味や適当なスパイスで食べさせるものがほとんどで、マリーのように食材に合わせて調味料を組み合わせる料理人は極わずかだ。

 これでも本職である侯爵邸の料理人達は、さらに上手に調味料を組み合わせる。

 マリーが新しい調味料を紹介したりすると、あっという間に使いこなせるようになってくれるのだ。

 おかげで随分と食生活が改善された。

 体長にあわせた味付けをしてもらえるだけでも、健康管理が随分楽になるものだというのに。


「なんとかして唐辛子系の植物が手に入らないかしらね…茄子科の野菜も欲しいわ。

 とりあえず今度ウスターソースを試してみようかしら?」


 ウスターソースと言えば揚げ物だが、王国ではあまり普及していない。

 貴族なら大量の油を用意するのも問題ではないだろうが、パーティ等でも揚げ物は稀だ。

 味付けに困ってるからか?やはりクドく感じるのであろうか?

 そういえば(ビネガー)も好きじゃないと言う人が少なくない。

 ラース半島ではもっともバリエーション豊富な調味料だというのにもったいない…。

 塩も海塩と岩塩程度にしか使い分けされず、砂糖は輸入に頼る黒砂糖のみ。

 一番使用されるのはベーコンやハムなどの塩を大量に使った加工肉で、スープなどにはこれらを入れるだけで味が調うので重宝されている。

 酒類はそれなりにあるが、料理に使おうと考えるのは一部の料理人だけだ。

 乳製品は豊富だが、チーズは量産できていない。

 つまりどんな料理もだいたい似たような味になってしまう。

 唯一の醗酵調味料の酢も、他の味に飽きたからしかたないと言った感じで使われる。

 まあ元々酒を作る過程の失敗作から作られたもので、ちゃんと酒ができたほうが喜ばれるから仕方ないと言えば仕方ない。

 上手い料理人は多種の酢を使いこなしてくれるのだが、そんな料理人は中々居ない。

 マリーが知る限り4人というところか?


「じゃあマリー様、後はお髪を編みなおせば終わりです」


「ありがとう。

 お昼食べる時間は充分にありそうね」


 朝はしっかりと取った分、お昼は軽くしよう。

 ウェストが気になるマリーとフラウはそんな事を考えていた。



    ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「聡いようで意外と単純なんだよねあの()


 第三王子用に用意されたサロン…去年まで第二王子が使用していた部屋だが…で一人お茶を飲みながらオリオルズは独り呟いていた。

 独り言は悪癖とは自覚していたが、考えをまとめるにはこれが一番だという開き直りもある。


「騙しあいとか好きじゃないんだろうなぁ…いいよねぇそれなりに頭いいのに無駄に余計な策謀とかめぐらせるような性格じゃないのって。

 うんうん友達になってほしいなぁ…なーんてね、僕はもう彼女に嫌われちゃってるから、望むべくはないんだよね」


 彼にとっては周りの人間全て手駒でしかなく、使える駒と使えない駒にしか区分されない。

 長年使えない駒だったアルウィンの使い道をようやく見出し、今はちょっと上機嫌だった。


「使う機会はあるか怪しいけど、これであのバカ(アルウィン)はちょっと煽れば強攻策に出るようになるだろうね」


 新年パーティーでのボルタノの爆弾発現にはイラつきはしたが、すぐさまこうやって計画の修正をしていた。


「どうせ国王が変わったら近衛騎士団長なんて即時挿げ替えされるし、スタード家との関係は惜しくはないんだな。

 それよりもどうせならクベール侯爵を引き込みたい、出来れば当代じゃなくて未来の…ね」


 彼の照準は来年入学してくるマリーの弟、ウィルレインであった。

 第二夫人の子ではあるが彼は長男で、正夫人であるマリーの母親からは女の子しか生まれていない現状、彼が後取りになると目されている。

 現侯爵のオーリンはもとより、弟の身代わりで遠征出兵まで行った正夫人の娘(マルグリット)も彼を跡継ぎと見ているだろう。

 当然侯爵家のガードは固いだろうが、別に彼とお近づきになりたいわけではない、状況を作って巻き込んでしまえばいいだけだ。

 立ち居地を明確にしているクベール候家は、オリオルズにとって最も利用しやすい駒と言える。


 ボルタノに王位をくれてやるか、アーノルドの方が都合がいいかまだ判断できるレベルでないが、第一王子の立太子だけは阻止しておきたい。

 中立派で上級貴族のクベール家はそれに利用するにはうってつけだ。

 カルアンクスの方も動いて来るだろうが、学園内での事なら介入はできまい。


「僕以外の影響力は拮抗させとかないとね」


 もちろんその影響力の中には彼の実家も、父や兄も入っている。


アルメソルダ公家(ウチ)が一番御しやすいのがなぁ。

 まあ楽でいいけど」


 遠くから入学式が始まる時間を知らせる鐘の音が響いてくる。

 オリオルズはそれを聞くと静かに立ち上がった。


「さて、じゃあボルタノを迎えにいかないとだね」


 しばらくはかいがいしく世話を焼いてやろうとは考えている。

 自分の言う事は素直に聞いてくれる程度までは信用して欲しいものだ。

 侯爵令嬢(マルグリット)を餌にしたら効果的かもしれない。


「アルタインの取り巻きはほとんど卒業しちゃったからここも寂しくなったけど、またすぐにボルタノの取り巻きでウルサクなるね」


 一新された最高級の調度品が並べれれている様を見て、冷笑が浮かぶ。

 兄弟そろって高級志向だが、物の価値がわかっているのかあやしい。


「一年間おとなしくしてくれるかなぁ?」


 彼の望は叶えられる事になる。

 しかし1年後に動き出した流れは彼の予想を完全に陵駕していた。


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