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クロニクル アンド マギグラフィ  作者: 根菜類
第二部・メリヴィエ編
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24晴天の霹靂



「お前を故郷に返してやろう」


 さすがにその台詞に対して、メリーはすぐさま言葉をを返せなかった。

 自分に敵対的とも思えるこの帝国の皇族(カールハインツ)の言葉の真意を掴みかねたのもあるが、ありえないぐらい都合のいい話に猜疑心が拭え切れなかったのだ。

 人間はまったく予測していなかった事にはどうしても反応が遅れる。

 それがショッキングな内容であればあるほどそうだ。


「…ほんとうに?」


 だから(かす)れがちにこの一言を搾り出すことすら、少なくない精神力が必要だった。


「ふん、態々嘘を吐きにここを訪れるわけはないだろう?」


 そう言いながらもカールハインツの顔には"してやったり"の笑顔が浮かんでいた。

 メリーをヴェンヌに帰すのは彼にとってもリスクが非常に高い。

 だが彼女をヴェンヌに帰し、クベール家とのパイプを作ることは今後帝位を望むには必要なことになるだろう。

 何よりヴォルフガングの計画を妨害しつつ、帝国の利益を損なわないというのは魅力的なアイディアであった。

 今後ベルン=ラースに進行する予定の帝国にとって、半島一丸となって抵抗されるのは避けたいところだった。

 だからこそラキニアを落として直接ベルン=ラースと対峙する前に、東部と西部を仲たがいさせ、西部との有効を築いておきたいところなのだ。

 そのためにはメリーは絶好の餌であり口実だとカールハインツは考えていた。

 もし、カールハインツがメリーの侍女(アイシャ)が一足先にヴェンヌへの帰路に付いたと知っていたら、一足遅かったと地団駄を踏んだだろう。

 だが彼はその事実を知らなかった。

 彼の計画はクベール家に現状が伝わるよりも先に動く必要があったのだ。

 メリーの後ろに控えるのが猫耳娘(アイシャ)から帝国人(ミヒャエラ)に代わっていることも


 侍女の顔など一々覚える必要など無い立場の人間なのだから無理も無いのだが。


「もちろん私の利益になるからであるが…まあ感謝してくれてもかまわんぞ?」


 表だってカルナリアス家がメリーを保護してるならともかく、そうでないならカールハインツを非難するいわれはない。

 貴族対策に秘密裏に事を運んでいたことが完全に裏目に出ていた。

 もっともこうなったらカールハインツもその秘密主義に付き合ってやる気はさらさらない。

 なぜなら彼の行動は表立って行ったほうが都合がいいからだ。


「なんだ?やはり帰りたくはないのか?」


 帝国人の感覚では花の帝都から帰りたくなっても当然だ。

 カールハインツからみても、この田舎娘が帝都に魅せられていたとしても何の不思議は無い。


「帰りたいわよ!

 でも私が…例えば逃げるように帝国を後にした場合、ヴェンヌに実家に迷惑かからないか心配なだけよ」


「はっ!それは無いな。

 なぜならこれは帝国にとって有益な行為だからだ。

 それに真っ向から反対してしまえば、ヴォルフガングの立場は決定的に悪いものになるだろうな?

 たとえば…次期皇太子に認められないとか」


「殿下が?」


「奴め、1人でカルナリアスの利益と帝国の利益を天秤にかけようとしていたようだが、そうそう都合よく立ち回られても困る。

 お前を半島に帰すことでカルナリアス家としては利益を独占できず都合が悪いだろうがな…。

 お前1人を奪うために軍は出せんだろうし、今は半島西と敵対すべきときではないぐらいアイツはわかっているだろう。

 だからこそお前を大事にしているのだろうしな」


 その言葉に少しメリーの胸が痛んだ。


(そうよね当たり前よね、皇族なんだもの)


 乙女心としてはヴォルフガングには政治関係なしに優しくして欲しかったのは間違いない。

 当のヴォルフガングは政治抜きでもメリーに好意を持っているのだが、もちろん彼女はそこまで気が付いてはいない。


「さて理解できたら荷物をまとめよ。

 船の準備はできている…流石に出港は明日になるがな。

 ここに残っていたら家に帰りそびれるぞ?」


 この時ゲラルドの指示で急ぎ知らせが王宮に走ったが、残念ながらそれは無駄足に終わる。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 南の離宮のスタッフは親カルナリアス皇家で占められていたため、メリーをこのままむざむざとカールハインツの手にゆだねるのに抵抗が無かったわけではない。

 だが皇族の命令…しかもオルスペクト家の党首の命令とあっては逆らうわけにはいかない。

 彼らは親カルナリアスとはいえ、立場上は皇族の配下という立ち位置なのだ。


「メリヴィエ様、お気持ちは変わりませんか…?」


 すがる様に尋ねるラッツェルにメリーは目を合わせることができなかった。

 カールハインツに押し切られるような形にはなってしまったが、事あるごと帰して欲しいといっていた自分の言葉に縛られてしまっているメリーは。


「私は帰らなくちゃいけないの…ごめんね」


 それではまるで望みではなく義務感のようだとラッツェルは感じたが、それは口に出さなかった。

 メリーは自分を恩知らずの薄情者だと責めつつも、もはや軌道修正ができない。

 心のどこかではヴォルフガングが駆けつけて来て止めてくれるんじゃないかという、都合のいい期待をも持っていた。


「従事長、私がメリヴィエ様に同行させていただきます」


 メリーが馬車に乗り込もうとした時、彼女の後ろを荷物を持って付いてきていたミヒャエラがラッツェルにとんでもない事を言い出した。


「ミヒャエラ?」


「メリヴィエ様のそばに信用の置ける(・・・・・・)侍女が控えていたほうがよろしいでしょう?」


「待って!

 …あなたがヴェンヌについてきちゃったら二度と帰れないかもしれないのよ?」


「わかっております…ご心配なく、私は家中ではさして期待されていない身ですので」


 これは政略結婚の駒として期待されていないという意味だが、ミヒャエラが考えている以上にコースフェルト家はミヒャエラの婚姻に期待していた。

 もっとも魔力も無い上に庶子であるミヒャエラに上級貴族への婚姻…とまでの高望みはしていなかったが、あわよくば皇族の御手付きにと考えていないわけでは無かった。 


「そういう問題じゃないでしょ?!

 二度と故郷に…帝国に戻れないかもしれないのよ?」


「わかっています」


 ミヒャエラは笑顔でそう答えた。

 だがやはり心の中ではそんな事にはならないだろうと楽観視はしていた。

 ミヒャエラは政治に明るいとは言いがたい。

 ヴォルフガングが愛する(とミヒャエラは見ている)メリヴィエを決してみすみすはるか辺境に帰したりすまいと…。


「何をもたもたしてるのだ?

 まさかヴォルガングが帰ってくるのを待っているわけではあるまい?」


 痺れを切らしたか、それまで黙って見ていたカールハインツが口を挟んできた。


「侍女は誰か付けるべきであろう?

 その者が志願するというのであれば好都合だ」


 彼の感覚では身の回りの世話をする侍女または侍従は必須で、それが高位貴族へ付くものなら身元がはっきりしてる貴族出身者をつけるのは適当だ。

 ただこの場合半島からの帰郷はおそらく叶わないため、強制しにくいのも確かだった。

 だからこそ志願者が出てくれるのはありがたい。


「お前の家名はなんだ?

 この度の献身はお前の家に返してやろう」


「ご配慮には及びません。

 わが家は私に何の期待もしてないでしょうから」


 もし、いやたぶんヴォルフガング駆けつけてカールハインツの思惑が水泡に帰した場合、腹いせにとして実家に何かされるかもしれない。

 遠慮ではなくそう警戒した対応であったが、カールハインツは感心めいて鼻を鳴らした。


「せめてお前が向こうで不自由しないように取り計らっておこう。

 クベール令嬢の世話を頼むぞ」


 オルスペクト家の再興のための使命感での余裕の無さが態度に表れて勘違いされがちではあるが、カールハインツは尊大ではあるが狭量ではない。


(惜しいな、これほど皇族に忠誠心があれば永く…いや言うまい、おかげで信頼できる侍女を付けてやれるのだから)


 彼は初めてメリーの侍女に目を留めたのではあるが、彼女への印象はかなり良好だった。


「ダメです!ミヒャエラ!考え直して!本当に帰ってこれないのよ?」


「ですからわかっています」


 ミヒャエラは静かにメリーの言葉を遮った。

 たとえ思い込みであろうと信じるものにはそれなりの迫力がある。

 声を上げなくてもそれは感じ取ることができる。

 メリーは彼女の言葉を待つかのように息を呑んだ。


「それに先ほどのメリー様のお話でヴェンヌに興味がわきました。

 行ってみる事ができるなら幸いです」


「そんな観光じゃないんだから…それにたいした話はしてないでしょ!」


「それとも、私ではご不満でしょうか?」


「そんな…不満なんてあるわけ無いじゃない。

 そういう事では…」


「ではよろしいですね?

 私は実家に帰っても役目無く、臣下に下賜されるのがいいところの立場です。

 せめて私が望むことは今の仕事(・・・・)をできるだけ続けること…そう考えれば今回のことはチャンスなのです」


 そう言われたらメリーにはもう返す言葉は無かった。

 政略結婚は貴族の義務みたいなものだが、望まない結婚をしたがるものなど居ない。

 それぐらいの事はメリーもわかっていた。


「結論は出たな?

 では早く出発するぞ」


 カールハインツに急かされるまま2人は馬車に乗り込もうとした2人は、馬車の中があまりにも暗いのに眉をひそめた。

 メリーは何か言いかけたが、不機嫌そうに2人を急かすカールハインツの顔を見て言葉を飲み込んだ。


「馬車の大きさの割には中は狭いのね?」


「何か言ったか?」


「なんでも…」


「ふんっ」


 結局2人は不機嫌を露にしつつあるカールハインツに追われるように、その暗い車内にそのまま入るしかなかった。


 メリーはこのまま家に帰ると思った。

 ミヒャエラはヴォルフガングが駆けつけると信じていた。

 だが二人の予想は裏切られることになる。

 カールハインツが馬車から離れるのを待っていたかのように雷霆が閃いたからだ。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「あの馬鹿勝手なことを…」


 ルートヴィッヒは近くに止めてあった馬車の中で天を仰いだ。


「とにかく急いであの方に知らせを出さねばならんな…」


 彼の取り巻きは侍従にいたるまで全て魔術師で固められている。

 そこまで徹底しているのも真理の学徒の中ではルートヴィッヒだけだった。


「エデルトルードめ、そんなにヴォルフガングにご執心だったとはな」



「もしあの娘(メリヴィエ)が死んだとならばあのお方も落胆されることだろうに。

 そんな事もわからんのか…」


 炎上する離宮の馬車を眺めながらルートヴィッヒは忌々しげに呟いた。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 ぱちぱちと炭化した馬車が火花を散らしながら燃え上がっている。

 晴天の中(・・・・)馬車を落雷が直撃した。

 あまりにありえない事に数秒唖然としたラッツェル達とカールハインツであったが、あまりにの惨状を認識するに慌てて動き出した。


「ばかな!落雷だと?そんな筈があるか!

 これは魔術による攻撃だ!」


 カールハインツにはこんな事をする…いや、こんな事ができる魔術師に心当たりがあったため、必死で彼女を見つけようと周囲を見回した。

 ラッツェルは慌てて燃える馬車からメリーたちを救おうとして、そして火の手に阻まれた。


「消火用の砂を急げ!」


 バケツリレーの要領で職員が総出で砂を運んできては燃え盛る馬車に振り掛ける。

 延焼自体は魔術的なものではないらしく、砂をかける度にその火力は弱まっていく様に見えた。

 だがどう見ても中の2人が生きているようには思えなかった。

 御者は既に黒焦げで、放電のショックか馬も4頭とも崩れ落ちている。

 もしかしたら死んでいないのかも知れないが長くは生きられないだろう。 

 崩れ落ちた馬車の屋根の金属板は熱でひしゃげ、ボコボコに変形していた。


「くそっ!なんという事だ!」


 カールハインツは呆然と馬車の燃え跡を見つめることしかできなかった。


「急げ!瓦礫をどけろ!」


 ラッツェルの指示で鉤爪の付いた棒が運ばれ、男手がそろってまだ熱い燃え残りをどかしていく。

 離宮の住人だけではなく、オルスペクト家の従卒たちも競うように瓦礫を馬車から運び去っていく。

 一縷の望みはメリーが魔術を使って身を守っている事だが、あんな状態では流石にそれは難しいだろうということは魔術師ではない彼らにも判断できた。

 最後に壁が突き崩され、車輪が燃えて地面に崩れ落ちた場所の底面があらわになったが、そこにあったのは折り重なる様に倒れた二人分の炭化した遺体だった。


「おお…メリヴィエ様…ミヒャエラ…なんという事だ!」


 ラッツェルにとってはメリーは重要な客人で、ミヒャエラはかわいい部下だった。

 2人とも違う意味でだがこんな唐突に死を与えられていい訳が無いと、汚れた白い手袋を握り締めた。


「王宮へ使いを出せ!

 クラウゼヴェッツ公爵令嬢を…いや、エデルトルード・クラウゼヴェッツをこの離宮を襲撃した罪で捕縛するように騎士団と陛下に伝えよ。

 これは…死罪に値する暴挙ぞ!」


 カールハインツの手勢が慌てて無事な馬を選別し、王宮に向かって数騎が飛び出していった。

 カールハインツは忌々しげに2つの遺体を睨みつけると、天を仰いだ。


「これは…私が何か誤ったのか…?」 


 カールハインツの知らせを受けた近衛騎士団はすぐさま出撃し、貴族院とクラウゼヴェッツ侯爵家を半包囲し皇帝の指示を待った。

 これは皇家の権威が以下に高いかという事であり、皇家頭首が皇帝に告ぐ権力を持っていると証明でもある。

 カールハインツの命令は皇帝でないと取り消せないほど強いものなのである。

 もっとも、だからといって他の貴族や皇族をないがしろにする様な命令を出していればすぐ彼の、いや彼だけではなくオルスペクト皇家の権威は地に落ちるだろう。

 だがこの場合は彼の命令に疑問を挟む余地はない。

 皇族の住まいに襲撃をかけたのだ、たとえ標的が皇族でなかったとしても反逆罪に相当する。

 いかなクラウゼヴィッツ侯爵家といえど改易は免れないだろう事態といえた。

 主犯の独断だとしても降爵で済めば御の字である。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



 大騒ぎの王宮の中に、今から慌てて離宮に戻ろうとしていたヴォルフガングの姿もあった。


「何の騒ぎだこれは?」


「近衛が出撃するようですが…貴族院に何かあったのでしょうか?」


「殿下!」


 緊急事態にかこつけて本来走るのが憚られる王宮の廊下を駆け寄ってきたのは顔も服も煤で汚れた、とても王宮にふさわしくない格好のゲラルドであった。


「ゲラルド?

 どうした…お前はメリヴィエ嬢の護衛を命じたはずだ…」


 ヴォルフガングの脳裏に確信に近い嫌な考えが浮かんだ。

 彼はゲラルドを勝手に持ち場を離れるような人間ではないと信頼していたから、そのゲラルドが王宮にいるということは考えられることは2つ。

 王宮に押しかけるメリーを止められなかったのか、それともその持ち場そのものが…。


「申し訳ございません!」


「何があった?!

 お前が止められなかったような事が起きたというのか?」


 ギリッとゲラルドの歯を食いしばる音が聞こえた気がした。

 彼は自分の主人の前に膝を付くと、頭を下げたまま声を絞り出した。

 とても主人に合わせる顔が無かったからである。


「オルスペクトの御頭首がメリヴィエ様を連れにいらしたのは先の報告のとおりなのですが、メリヴィエ様が馬車に乗られたタイミングで魔術による襲撃を受けました。

 馬車に乗られてたメリヴィエ様とミヒャエラ、それとオルスペクト家の御者がその犠牲に…」


「なん…だと…」


 倒れそうになるヴォルフガングを慌ててアンゼルムが支える。

 ヴォルフガングと長い付き合いのアンゼルムであったが、主がショックで崩れ落ちそうになるのを見るのは初めてだった。


「お前が付いていながら!…いや、違うな」


 ヴォルフガングが部下に対する言葉に激しい感情を乗せようとするのを見るのも初めてだったが、彼らの主はその言葉を飲み込んだ。


「お前が付いていて防げなかったのなら誰でも無理だったろう。

 …すまなかった」


 搾り出すようにそう発したヴォルフガングの顔は蒼白だった。


「それで、犯人は?」


「魔術の攻撃のみで襲撃者の姿は見えませんでしたが、オルスペクトの御党首はクラウゼヴィッツ侯爵令嬢と断定されたようです」


「つまり視認できない遠距離からの雷撃による攻撃だったわけだ。

 確かに帝国でそれができるのはあの女だけだろう…もしくは彼女(メリヴィエ)の兄か…まあ、これはありえないな…」


 顔面蒼白なヴォルフガングを支えながら、アンゼルムは少しでも情報を集めようとゲラルドに問いただした。


「近衛の出撃はクラウゼヴィッツ家に対してか」


「おそらく…。

 今別のものを向かわせていますが、近衛が素直に教えてくれるかどうかはわかりません」


 当然ヴォルフガングの周囲には近衛にコネのある者もいるが、だからといってそうそう秘密を漏らすようなら近衛など意味がない。


「ゲラルド…詳しい報告を頼む」


 搾り出すような弱々しい声を出しながらヴォルフガングがようやく顔を上げた。


「はっ」


 ゲラルドの報告によってヴォルフガングはさらに色を失うことになる。

 馬車から出てきた二つの遺体が、メリヴィエとミヒャエラの死の決定的な証拠と言えたのだから。

 この時ヴォルフガングは、心底今朝の船でメリーを帰してやらなかった事を後悔していた。

 もちろんそれは彼の一存でかなうことではなかったのだが…。


「カールハインツを恨むのはお門違いなんだろうな…」


「殿下…」


「だがあの魔女は見過ごすことはできんな。

 私も近衛に合流する」


「殿下!危険です!」


「私抜きでは近衛にも少なくない被害が出るだろう。

 なに、雷の魔術対策はある。

 彼女が教えてくれた情報の中にヒントがあったんだ」


 ヴォルフガングはアンゼルムの手を押しやると、奮い立たせるように1人で王宮の床を踏みしめた。


「敵討ちなどとは言わんよ。

 帝国にあだなす反逆者を法廷に引きずり出すだけだ」


 そう言いつつも彼の目には暗い怒りの炎が燃え上がっていた。



          ◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇



「申し訳ありませんブライトクロイツ卿。

 道案内までしていただいて…」


「ふん、お前を頼むとノルベルト殿に頼まれたからな!

 それに…帝都を訪れたとなれば大聖堂に礼拝は帝国貴族の義務といってもいいだろう」


 オズワルドは気が付いていないかもしれないが、彼の考えは帝国ではかなり古風な部類に入る。

 帝都では宗教は平民のもので、貴族はあまり大聖堂に懇意にはしていない。

 これは教会と皇帝の表面的の反目がそうさせているのだろう。

 もっともそう考えるのは帝都とその近辺の人口密集地ぐらいで、まだ辺境…いかに大きな港町とえどドルグバッハもそれにあたる…はまだ貴族にも信心深い者は多かった。


「というか、お前はこれからどうするんだ?」


「大聖堂には僕の先生がいるはずですので、尋ねて協力を仰ごうかと」


 オズワルドは端正な自分の顔をなでる様に手で覆い隠した。

 神の前で教会に疑念を持つのに後ろめたさを感じたのだろう。


「それだが、大聖堂が果たして協力してくれるのか?」


「協力してくれますよ…大聖堂にとってヴェンヌは重要な橋頭堡です。

 これで大聖堂の力でメリヴィエ様がヴェンヌに帰ることができるのなら、半島西部の貴族の支持を一気に集めることができるでしょう」


「そういった事はあまり好かんな。

 宗教家が政治の事を口走るときは、たいがい碌でもないことが起きると相場が決まっている」


「す、すみません…」


 レオンはオズワルドのこの潔癖さと実直さが嫌いではなかったが、将来上級子爵家を継ぐかと思うと少し心配に感じていたが。

 そこまで考えて、オズワルドがブライトクロイツ家の嫡男かどうかを知らない自分に気が付いた。

 家を継げない次男や三男に騎士位を与える事は帝国ではよくあるので、レオンはそう結論付けて考えるのをやめた。


「ほれ、大聖堂の僧侶達はあちらの通用門を使う。

 お前が身内だというのならあちらを使うべきだろう」


「重ね重ねありがとうございます」


「本気でありがたいと思っているのならノルベルト殿に礼状を書くように!

 私はもういくぞ?」


 レオンは頭を下げ、正面門をくぐるオズワルド一行を見送った。


「さ、行こうか。

 暑いと思うけどもうちょっと我慢して。

 建前では認められているけど、帝国じゃ角人は奇異の目で見られちゃうからね」


 無言で頷く黒マントに笑顔で微笑むと、レオンはオズワルドに指された通用門に向かって歩き出した。

 わずか1日前にメリーが潜ったその門を、いまレオンがくぐろうとしていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 人が生きてます。ゴミのように人が、サブキャラが、モブキャラが死んでいく作品が多い中、この作品はそのような事がなくちゃんと人が生きています! [気になる点] 所々打ちミスがあります。 [一言…
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